『違国日記』瀬田なつき監督 初めて会った時から新垣さんは槙生ぽかったです【Director’s Interview Vol.414】

二次元の漫画が持つ空気感を実写にするなんてことは出来るのだろうか。しかし瀬田なつき監督が手がけた『違国日記』は、それに見事に成功しているように思われる。何故うまくいったのか。漫画に似せようとして映画を作ったようにも思えないし、原作が持っているものと、瀬田監督がつくるものの方向性がたまたま一致していただけかもしれない。ただ一つ言えるのは、同じ空気を纏った漫画と映画が存在するということ。

瀬田なつき監督はいかにして『違国日記』を作り上げたのか。話を伺った。

『違国日記』あらすじ

両親を交通事故で亡くした15歳の朝(早瀬憩)。葬式の席で、親戚たちの心ない言葉が朝を突き刺す。そんな時、槙生(新垣結衣)がまっすぐ言い放った。「あなたを愛せるかどうかはわからない。でもわたしは決してあなたを踏みにじらない」槙生は、誰も引き取ろうとしない朝を勢いで引き取ることに。こうしてほぼ初対面のふたりの、少しぎこちない同居生活がはじまった。人見知りで片付けが苦手な槙生の職業は少女小説家。人懐っこく素直な性格の朝にとって、槙生は間違いなく初めて見るタイプの大人だった。対照的なふたりの生活は、当然のことながら戸惑いの連続。それでも、少しずつ確かにふたりの距離は近付いていた。だがある日、朝は槙生が隠しごとをしていることを知り、それまでの想いがあふれ出て衝突してしまう――。

完結前の原作を映画化


Q:原作漫画の「 違国日記」は元々お好きだったとのことですが、前から読まれていたのでしょうか。

瀬田:はい。読んでいたときは、まだ完結する前だったのですが、映画の企画のために読んだのではなく、おもしろそうだなと元々読んでいた漫画でした。

Q:それが今回の企画になったのは、どのような流れだったのでしょうか?

瀬田:「漫画の『 違国日記』に興味はありませんか?」と、東京テアトルの企画プロデューサーから声を掛けていただきました。それで改めて読み直し「是非やってみたいです」とお返事しました。そこから原作の許諾をあたるという流れでした。

Q:許諾が取れて映画化が決定したときも、原作の方はまだ完結していなかったのでしょうか。

瀬田:そうですね。ただ、映画化が決まった時に、原作者のヤマシタトモコさんと話をする機会があったんです。そこでまず「どのようなかたちで終わるのですか?」と質問すると、「終わりは決めずに描いているので、映画は映画として作って下さい」と。それで「どうしよう…」と脚本を考え始めた感じでした(笑)。

Q:連載漫画の多くは終わりを決めずに描かれていると聞きます。

瀬田:そうなんですよね。この原作も次々と良いエピソードが色々出てくるので「どう終わるのだろう?」と想像がつきませんでした。

『違国日記』全国公開中Ⓒ2024 ヤマシタトモコ・祥伝社/「違国日記」製作委員会

Q:原作漫画から脚本に落とし込む作業はいかがでしたか。

瀬田:どのエピソードもすごく良いし、刺さるセリフや好きな言葉もたくさんあったので、そこの取捨選択がいちばん大変でした。映画の中では、槙生と朝を繋ぐ実里(朝の母親であり槙生の姉)という二度と会えない存在を軸にして二人の関係を描くことに決め、その二人に関係してくる人たちとのエピソードをつないでいきました。そのなかで、二人にとっての他者や世界の見え方が少しずつ変化していくという形にしました。

Q:執筆時間はどれくらいかかったのでしょうか。

瀬田:キャストに出演依頼をする際に脚本が必要になるので、そのスケジュールに合わせて書く必要がありました。プロットは何度か打ち合わせしながら2〜3ヶ月くらい時間があったのですが、脚本の初稿は、時間がなくて3週間ぐらいで書き上げ、そこから修正していきました。

Q:漫画の登場人物を実在の人間として描くことに難しさなどはありましたか。

瀬田:言葉を文字で読むのと、言葉が声として聞こえてくるのでは、頭への入り方が違う。言葉の強度のあり方も違ってくるのかなと。漫画の言葉を日常で違和感なく言えるかたちにしつつ、キャラクターとしても存在させるところが難しかったですね。原作では言葉が選び抜かれていたので、そこを生かしつつも、現実世界で喋っても違和感がないところを探りました。モノローグや心の声はほとんど外し、だれかの視点ではなく客観的に物語っていければとも思っていました。

最初から槙生ぽかった新垣結衣


Q:新垣さん演じる槙生は漫画の登場人物ならではのキャラクター性を持ちつつも、しっかりと実在の人間として存在していました。新垣さんとはどのようなことを話されましたか。

瀬田:最初にお会いしたときに、結構ラフな格好でフッと現れたんです。その姿を見た時点で「槙生っぽいなぁ」と思いました。それから、脚本の感想やキャラクターのこと、気になったことなどを伺ったのですが、すごく丁寧に言葉を選びながら真摯に話してくださいました。その飾ることのない感じも槙生っぽいなぁと。

新垣さんに槙生をやっていただけて本当に良かったですし、すごい安心感がありました。私からは漫画に似せてくださいとは特に言ってはいませんでしたが、新垣さん自身が原作を読まれて、脚本を読み込んでくださった上で、槙生というキャラクターを自身の中に落とし込んで、演じてくれました。

『違国日記』全国公開中Ⓒ2024 ヤマシタトモコ・祥伝社/「違国日記」製作委員会

Q:早瀬憩さん演じる朝は感情のうねりを中に秘めつつも、それが直接表に出てくる部分は多くはありません。そこを見事に表現されていたように思いましたが、早瀬さんとはどのようなことを話し演出されたのでしょうか。

瀬田:早瀬さんとはオーディションでお会いしました。脚本を読む力や、こちらが伝えたことを掴んでくれる聡明さがあり、朝が持つ楽観性やどこか達観した感じ、ふとした瞬間に見せる親を亡くした喪失感など、そういった雰囲気が出せる感じもありました。まだまだ染まっていなくて、柔軟に、こちらが言ったことを吸収して挑戦してくれる若さもありました。撮影当時の本人も朝と同じ15歳だったので、朝という役を自分に重ねてくれていました。思い切ってやってくれた部分もあり、一緒にやって楽しかったです。

Q:リハーサルや本読みなどは行われたのでしょうか。

瀬田:新垣さん、早瀬さん、夏帆さんとは一度だけ本読みをやりました。一方で、早瀬さんとえみり役の小宮山莉渚さんとは、やれる限り何度もやりました。撮影時は時間が取れないので、事前に本読みをした方が色々と相談できてすごく良かったです。

エドワード・ヤンとスピルバーグ


Q:撮影の四宮秀俊さんとは映画では初タッグかと思いますが、撮影はいかがでしたか。

瀬田:四宮さんとは「 セトウツミ」(17 TV)「 声ガール!」(18 TV)といったドラマや、ミュージックビデオなどでご一緒したことがあり、お互いの好きな映画なども何となく知っている間柄です。そういったこともあり、今回の撮影でも事前に雑談みたいな感じでアイディアを出し合い、膨らませていきました。普段の現場でも、そんなに固め過ぎずに、その場で思いついた動きや、登場人物達の自由な動きを制限することなく撮影することが多く、今回も私の演出を柔軟に捉えられる体制にしてくれました。とはいえ、脚本の流れはあるので、それをきちんと追えるように、シーン毎に方向性を探りつつ撮っていきました。

Q:槙生の部屋がリアルでしたが、あれはセットだったのでしょうか。

瀬田:あの部屋は全部ロケセットです。本当にあるマンションの広い一室に、引き戸や壁などを追加して作り込んでもらいました。普通の家よりはちょっと広かったのですが、いろいろ物が多いし、スタジオセットと違って壁も外せないので、カメラポジションを取るのが大変でした。でもその部屋で繰り広げられる二人のお芝居を見ているのは、楽しかったです。

『違国日記』全国公開中Ⓒ2024 ヤマシタトモコ・祥伝社/「違国日記」製作委員会

Q:編集も担当されていますが、いつもご自身で編集されるのでしょうか。

瀬田:編集は自分でやったり、やらなかったりです。今回は自分でやった方が編集期間を長くとれそうだったので、それで自分でやることにしました。その方が、素材を何度も見ていろいろ試せるので。ただ、自分だけでやり続けていると、客観的な視点がなくなっていく気がして、今回は、大川景子さんという三宅唱監督の『 夜明けのすべて』(24)などの編集をされている方に何日か入っていただいて、一緒に編集をしました。

Q:影響を受けた好きな作品や監督を教えてください。

瀬田:映画を作ってるときに思い出したのは、エドワード・ヤン監督です。『 ヤンヤン 夏の想い出』(00)のように、いろいろな世代の人のエピソードが重なっていくことにより、風景が多層的に見えてくるところが好きなんです。そういうところに影響を受けているかもしれません。あとはスピルバーグも好きです、宇宙人のような異物が、さらっと現れて、いつもの暮らしが突然歪んで物語が進んでいく感じ。そこがいいなと。いつの間にか一緒に暮らしていたり。今回の朝とETを重ねるわけじゃないですが(笑)、ちょっと壊れている家族の日常に何かが入ってきて、何か新しい発見があるという。スピルバーグはそんな話が多いですよね。そこも好きなところです。

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監督/脚本/編集:瀬田なつき

1979年生まれ、大阪府出身。横浜国立大学大学院環境情報学府修了後、東京藝術大学大学院映像研究科を修了。2009年、修了制作『彼方からの手紙』が話題になり、『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(11)で商業長編映画デビュー。主な監督作品に、映画では『PARKS パークス』(17)、『ジオラマボーイ・パノラマガール』(20)、『HOMESTAY』(22)。ドラマでは「セトウツミ」(17/TX)、「声ガール!」(18/ABC)、「カレーの唄。」(20/BS12)、「あのコの夢をみたんです。」(20/TX)、「柚木さんちの四兄弟。」(24/NHK)など

取材・文: 香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

撮影:青木一成

『違国日記』全国公開中

配給:東京テアトル ショウゲート

Ⓒ2024 ヤマシタトモコ・祥伝社/「違国日記」製作委員会

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