経営者が持っている「借金返せ」のトラウマ体験…上念司が考える日本企業に“内部留保”が増加した理由

新NISAがはじまり、投資への関心が高まっている昨今。

本格的なインフレが到来している今、経済評論家・上念司さんは「お金はなにかで運用しなければ目減りします」と話す。

だが、運用しようと思っても正しいことや間違っていることを理解している人は少なく、だまされてしまう人もいる。

著書『経済学で読み解く 正しい投資、アブない投資』(扶桑社)では、資産を防衛するために最低限必要な知識を解説。そこから経営者が内部留保を増やすワケについて、一部抜粋・再編集して紹介する。

内部留保は“企業の貯金”ではない

経営者は、ボーナスは上げても給料を上げることにはとても慎重です。

なぜならボーナスはいつでも下げられますが、日本の労働慣行から給料は一回上げたらなかなか下げることができないからです。

日銀と財務省が、いま一つ信用がおけない。そういう状況下において、給料を上げることに慎重になるのは当然ではないでしょうか?

私も経営者の一人として日銀と財務省をなかなか信用することができませんでした。これは多くの経営者の共通見解ではないかと思っています。

それから企業の内部留保の問題も全く同じ理由ではないかと思います。

よく内部留保を企業の貯金と勘違いしている人がいますが、実際には違います。

企業はその年に出た利益を配当として株主に配るか。企業の中にとどめて留保するかの選択を迫られます。

留保したお金が貯金で残っていることは稀で、大抵の留保金は設備投資などに回っています。

この流れがわかっていれば、内部留保が増えた理由は簡単です。

「借金返せ」のトラウマ体験

バブル崩壊のときにある日突然、借金を全額返せと銀行に迫られたトラウマ体験が多くの経営者の頭には残っています。

政府と日銀が裏切れば再び景気は悪化し、デフレに戻ってしまいます。

そのとき、銀行はまたバブル崩壊のときのように手のひらを返して借金返済を求めてくるかもしれない。

だから、経営者たちはなるべく銀行に借金をつくらないように行動を最適化させたわけです。

そして残念ながらデフレが続いている間、このような行動を取った経営者が生き残りました。

リスクを取った経営者は無惨に裏切られ、大抵の人は市場から退場させられてしまいました。

おそらく、これこそ内部留保が増加した理由です。

私も経営者の一人としてこれと全く同じ理由に基づいて内部留保を増やした、実際にそうしたことによって生き残ったと思っています。

たとえば、2020年のコロナショックを内部留保なしに乗り切れたかというと、かなり疑問です。たしかに、政府はゼロゼロ融資など資金繰り支援をしてくれましたが、私からすればその手続きはtoo little, too lateでした。

事業再構築補助金などは審査業務がパンクしており、実際に申請してからお金が振り込まれるまで2年近くの時間がかかった例もザラです。

その間の資金はどうやって繫ぐかというと内部留保なわけですから、本末転倒です。

コロナや戦争で本格的なインフレに

このように、黒田日銀は大変頑張りましたが、バブル崩壊のトラウマを完全に払拭するまでには至らず、日銀は物価目標を安定的に達成できない状態でした。

ここに襲ったのがコロナショックであり、そのあとのロシアによるウクライナ侵略という戦争ショックです。

物流の混乱やエネルギー価格の高騰により、サプライチェーンにショックが走りました。

コロナショックで全世界的な金融緩和によってお金が溢れているときに、戦争によって国
際商品市況が高騰。お金が余って、モノが足らないという典型的なインフレモードが本格
的に始まったのでした。

さすがに、この波を被った日本人も目を覚ました。もはやデフレを心配している場合じゃない!

2022年ついに日銀は生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価指数(コアコアCPI)でも物価目標である2%を達成したのです。

まともに解除された金融緩和

しかし、日銀はここでいきなり金融引き締めに走ることはしませんでした。金融緩和を止めても物価が安定的に2%以上で推移することができるかどうか1年以上かけて慎重に検討したのです。

そして、2024年3月19日の政策決定会合でマイナス金利解除とイールドカーブコントロール撤廃が決定されました。約四半世紀の年を経て、ついに量的緩和政策が出口を迎えたわけです。

とはいえ、このタイミングで金融緩和を解除したことにはさまざまな批判がありました。

3月では早すぎるとか、焦っているとか、まだデフレ状態だとか…しかし、どの批判もいま一つ説得力に欠けます。

たとえば、金融緩和の解除を急ぎすぎるとデフレに戻るリスクがあると批判する人がいます。たしかにデフレに戻る可能性はゼロではないでしょう。

しかし、それは一体何か月後に何%の確率で発生するのでしょうか?

日本が破産すると警鐘を鳴らし続けている人に、私はこれと同じ質問をしていました。

そして、そんなに破産する可能性が高いならあなたの持っている日本円は紙くずだから私
がもらってあげましょうと言っておりました。典型的なゼロリスク信仰、経済評論として
は0点です。

上念司
1969年、東京都生まれ。中央大学法学部法律学科卒業。在学中は創立1901年の日本最古の弁論部・辞達学会に所属。日本長期信用銀行、臨海セミナーを経て独立。2007年、経済評論家・勝間和代氏と株式会社「監査と分析」を設立。取締役・共同事業パートナーに就任(現在は代表取締役)。2010年、米国イェール大学経済学部の浜田宏一教授に師事し、薫陶を受ける。金融、財政、外交、防衛問題に精通し、積極的な評論、著述活動を展開している。

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