唐沢寿明「ネットでたたかれる。なんだかなぁ、と思いますよ」コンプライアンスにがんじがらめの現代への思い明かす

唐沢寿明 撮影/有坂政晴

16歳で芸能界に足を踏み入れた唐沢寿明のプロフィールは、THE CHANGEに満ちている。『仮面ライダー』シリーズなどのスーツアクターを経て、ミュージカル『ボーイズレビュー・ステイゴールド』でデビュー。NHK朝の連続テレビ小説『純ちゃんの応援歌』、大河ドラマ『春日局』(NHK)で注目を集め、『愛という名のもとに』(フジテレビ系)でブレイク。以来、代表作を並べるだけでページが埋まってしまうほどのキャリアを重ねてきた。最新作の映画『九十歳。何がめでたい』で、昭和気質満載の編集者を演じる唐沢のTHE CHANGEとは──。【第1回/全4回】

昭和、平成、そして令和……常に〝唯一無二の俳優〟として映画、テレビドラマ、舞台で活躍してきた唐沢寿明。映画『九十歳。何がめでたい』で演じた中年編集者「吉川真也」は、時代の変化に対応できない……しようと思っていない言動でパワハラ・セクハラをくり返す。昨年還暦を迎えた唐沢自身は、時代の変化を感じることはあるのだろうか?

「なんだか、小さい人間が増えたように思いますよね。コンプライアンス、コンプライアンスって言うけど、その言葉を隠れみのにして小さくまとまってる人間ばかりになってきている気がする」

──それは、撮影現場でも感じる?

「うん、ちょっと気にしすぎだと思うことは多いね。例えば車に乗るシーンでは、どんな状況でも必ずシートベルトを締めなくてはならない。もちろん、恋愛物やファミリードラマだったらそれでいいんだけど、刑事ドラマで犯人がそんなことしてたら、捕まっちゃうよね(笑)。でも、やらないと苦情が来る。ネットでたたかれる。だから予防線を張るために〝シートベルトを締めましょう〟となる。なんだかなぁ、と思いますよ」

確かにネット社会の現代では、ドラマの放送中からSNSでさまざまな意見が飛び交い、ささいなことを指摘して非難する声も多い。

「匿名で発言できるというのが、問題だと思う。ぼくらが子どものころは、誰かの悪口を言うと〝あいつがこんなことを言ってる〟ってすぐに広まって、友だちがいなくなったよね。汚い言葉で人を非難するような人間は、誰も仲良くしてくれなかったし、そうやって人や社会との付き合い方を学んでいった。
だけど、子どものころからインターネットやSNSを使うようになって、面と向かって人と関わることが減ってしまい、〝悪口を言わない〟という、人として基本的なことが身につかないまま大人になってしまうんじゃないかな」

映画『九十歳。何がめでたい』では昭和の男、編集者の吉川真也を演じている

まわりからどう思われるのか臆病になりすぎて口を閉ざし、その反面、匿名で悪口を言う現代。だからこそ堂々と「これはおかしい!」と言ってくれる佐藤愛子氏のエッセイ『九十歳。何がめでたい』(小学館)は、幅広い人々から圧倒的な支持を受けてベストセラーになった。

「佐藤先生は若いころにとても苦労されていて、その経験を描いた『戦いすんで日が暮れて』(講談社)はリアリティがあったし、本音を書いたエッセイが支持されてきたんだと思うんです。まして、コンプライアンスやら忖度(そんたく)やらにがんじがらめの今、90歳の佐藤先生が〝こんなのおかしいわよ!〟と声を大にしてくださったのは、痛快だったと思いますね」

映画は、断筆宣言をして家にこもっていた佐藤愛子に、大手出版社の女性誌編集者・吉川真也がエッセイの執筆を持ちかけるところからスタートする。

「ぼくが演じた吉川という男は、仕事人間で家庭のことは妻に任せっぱなしにした結果、妻と娘から愛想を尽かされるわけだけど、昭和の夫としては特に珍しくないんだよね。でも、女性の方が時代に対応する能力に長けているから〝こんなのおかしい〟となる。だっていまは、女性が生き方を選択できる時代だから。もっと言えば、女性の方が社会に必要とされている感じがする、男性より」

唐沢寿明(からさわ・としあき)
1963年6月3日生まれ、東京都出身。’87年に舞台『ボーイズレビュー・ステイゴールド』でデビューし、映画、テレビドラマで活躍。主な出演作は、大河ドラマ『利家とまつ〜加賀百万石物語』(NHK)、『白い巨塔』(フジテレビ系)、『ルーズヴェルト・ゲーム』(TBS)、『フィクサー』シリーズ(WOWOW)、映画『ラヂオの時間』、『20世紀少年』シリーズなど。声優としてはアニメ映画『トイストーリー』シリーズでウッディの声を務める。

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