同い年の藤井八冠を“カド番”に追い込む…叡王戦の挑戦者・伊藤匠七段の素顔「タイトル戦を経るたび強く」

2024年6月20日、同い年の藤井聡太八冠と伊藤匠七段が、叡王戦の第5局に臨む。5番勝負のため、勝った棋士が叡王のタイトルを獲得する。

これまでタイトルの防衛は全て成功してきた藤井八冠を追い込んだ伊藤七段。その素顔に、師匠や幼少期のライバルの証言をもとに迫った。

■タイトル戦負けなしの藤井八冠を追いこむ同い年の伊藤七段

5月2日、名古屋市で行われた叡王戦第3局は、藤井八冠と挑戦者の伊藤七段が1勝1敗で迎えた。

第3局は藤井八冠が得意の角換わりでペースを握っていたが、勝ったのは伊藤七段。タイトル戦負けなしの藤井八冠が、初めて先にカド番に追い込まれた。

藤井八冠:
ちょっと厳しい状況になってしまったんですけど、開き直って頑張りたいと思います。

伊藤七段:
スコアは王手をかけることができたのですけれど、次局まで少し間が空きますので、しっかり振り返って臨めればと思います。

そして迎えた5月31日に行われた第4局、崖っぷちに立たされていた藤井七段が勝って2勝2敗とし、タイトル争いは6月20日の第5局に持ち込まれた。

■趣味は野球観戦…小学2年の時に語った将来の夢は「名人になること」

伊藤七段は藤井八冠と同い年の21歳で4年前の2020年、17歳11カ月でプロ入りした。

伊藤七段:
趣味は野球観戦くらいで。中日ファンなんですけど、両親が名古屋出身ということもあって。

2002年10月10日、名古屋出身の両親のもとに生まれた伊藤七段。何かを極める人になってほしいとの思いで「匠」と名付けられた。

5歳の時、クリスマスに将棋盤をもらったことがきっかけで、将棋にのめりこむ。

伊藤七段が生まれ育ったのは東京都世田谷区だ。

家から最も近い将棋教室で、のちに師匠となる宮田利男八段(71)に出会った。

宮田利男八段:
お母さんが自転車の後ろに乗せて、ほっぺたがぷっくらしてかわいい子供だったんですよ。将棋のセンスというよりは、頭の良さが飛び抜けているという感じ。あとはやっぱり負けず嫌いですからね、強い人にボコボコにされたら、どうすれば勝てるかどうすれば強くなれるかを自分で考える。

2010年、伊藤七段が小学2年生の時に撮影された動画には「将来の夢は名人です」と答えていた。

伊藤七段は、指せば指すほど強くなり、大会でも好成績を収めるようになった。

■藤井八冠とは小学3年時に“初対局” 当時のライバルが振り返る伊藤七段の人となり

小学3年生の2012年1月、東京で行われた将棋の全国大会。小学3年生の部・準決勝で藤井八冠と初めて対戦し、勝利する。藤井八冠は大泣きして、ゲストの棋士がなだめる一幕もあったといいう。

伊藤七段:
親とかから当時の話を聞くことはありますけど、自分の記憶には残ってはいないです。

この大会では伊藤七段も準優勝で、優勝したのは川島滉生(こうせい)さんだった。

伊藤七段と同じ将棋教室にいた、当時のライバルだ。

川島滉生さん:
彼以外に見ていなかったというか、本当にライバルは彼1人だったので。少なくとも同い年では彼は抜けているんだろうなと思っていましたね。(伊藤七段は)寡黙ですね。自分から話しかけることはしないし、プライベートな話とかもほとんどしないんじゃないですかね。むこう(伊藤七段)が負けたとしても、こっちに変な手があったらそれを指摘するんですよ。「お前そこミスだろ」みたいな感じで。で、指摘したのに「もう1回やろう」と言ってくる。

川島さんはプロ棋士を目指さず、早稲田大学法学部に進学し、部活で将棋を続けている。

川島滉生さん:
才能がある人がすごい努力をして、やっとプロになれるかどうかの世界なわけで、そこに行くのだったら一般社会で普通に生きていた方が楽だろうな。我ながら賢明な判断をしたと思っています(笑)

そんな中、2016年には史上最年少で藤井聡太さんがプロになった。

川島滉生さん:
たっくん(伊藤七段)より強い人いたんだ、同い年で。恐ろしいなと思いましたね。

■初タイトル戦から直接対決は10連敗も過去のライバル「強くなっています」

伊藤七段の最初のタイトル挑戦は、2023年の竜王戦。八冠達成で、日本中が藤井フィーバーに沸いていた時だった。

伊藤七段(2023年10月16日 竜王戦第2局前夜祭):
藤井竜王は先日八冠を達成されまして、本当におめでとうございます。

同学年同士の初タイトル戦。伊藤七段は静かな闘志を燃やすが、結果はストレート負けだった。

その後、立て続けに棋王戦の挑戦者に。第1局は互いに玉を詰ます見込みがなくなり、引き分け。伊藤七段は入念な戦略で、不利な後手番をしのいだ。

藤井八冠:
結果的に伊藤七段の手のひらの上というか、そういう将棋になってしまったのかなと思います。

しかし第2局以降は敗れ、この時もタイトル獲得はならず、伊藤七段は棋王戦までで藤井八冠に公式戦10連敗となった。

伊藤七段:
中盤でこちらがバランス崩す展開が多かったので、前回の竜王戦から課題でもあったんですけどなかなか修正できなかった印象ですね。

しかし、かつてのライバル川島さんはその強さを見逃してはいなかった。

川島滉生さん:
タイトル戦を経るたびに、伊藤段七段が強くなっていますよね、明らかに。それに伴って藤井さんも対策を変えている印象を受けるので、藤井さんの伊藤七段に対する警戒の度合いが、徐々に高まっているのだろうというのは推察されます。

川島さんは、タイトル挑戦のたびに伊藤七段にメッセージを送っている。

川島滉生さん:
おめでとうございます、ありがとうございますくらいです。

LINEのメッセージ画面を見せてもらうと、伊藤七段のアイコンはドラゴンズのマスコット、ドアラの画像だった。

川島滉生さん:
一時期、ドラゴンズが勝たないから見ないと言っていた気もする。

■叡王戦第2局で遂に初勝利 運命の第4局前に師匠「『やれよな』と思っているだけ」

棋王戦の挑戦失敗から3週間後、伊藤七段は叡王戦でも挑戦者になった。

伊藤七段:
前の二つの番勝負の時は、タイトル獲得に期する思いが強かったんですけど、過去の藤井叡王との中盤戦辺りの局面を、より深く重点的に振り返るということはしていました。

先に3勝すれば「叡王」のタイトル獲得。伊藤七段は第1局で敗れたが、第2局は課題としていた中盤で競り勝ち、藤井八冠に公式戦で初勝利を収めた。

伊藤七段:
勝てていなかったので、ひとつ結果が出たことはよかったです。

名古屋で迎えた第3局は、伊藤七段は不利な後手番。藤井八冠に得意の角換わりでペースを握られるが、難解な中盤戦を乗り切り逆転へ。

その後、藤井八冠が何度も罠をしかけるが、冷静に対応する。そして伊藤七段が勝利。藤井八冠はタイトル戦で、初めて先にカド番に追い込まれた。

藤井八冠:
まあカド番にはなってしまいましたが、やることは変わらないので、第4局もまた、しっかり準備して頑張りたいと思います。

伊藤七段:
本局は課題が残る内容だったと思うので、しっかり振り返って臨みたいと思います。

伊藤七段の師匠・宮田八段は…。

宮田八段:
(藤井八冠に)勝ったのが初めてでしたからね、2連勝というのはちょっとびっくりしましたけどもね。ちょっとずつ伊藤が藤井さんに近づいてきている感じだと思うんですけどもね。自分なりの中終盤という感じがしますね。

叡王の獲得まで、あと1勝。宮田八段に、勝った際のお祝いについて聞いてみた。

宮田八段:
プレゼント、家宝にした方がいいような将棋盤もあるのですけれどもね、それは(渡す)可能性あります。

宮田八段の師匠の師匠、金易二郎(こん・やすじろう)名誉九段が揮毫した、貴重な将棋盤だ。

宮田八段:
将棋頑張るのは名声、お金が出てくるんじゃないんです、彼らは。本当に将棋好きなんですよね。ドキドキドキドキするだけです。「頑張れよな」と思っているだけ。この手が良い手悪い手なんて見ていないです。それよりも「やれよな」と思っているだけ。

しかし第4局は藤井八冠が勝って2勝2敗とし、タイトル争いは第5局に持ち込まれることになった。

伊藤七段のタイトル初獲得か藤井八冠の防衛か、運命の第5局は6月20日、山梨県甲府市の「常盤ホテル」で行われる。

(東海テレビ)

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