『虎に翼』和田庵が体現する危うさと幼さ 理想と現実の間で揺れる会話がリアル過ぎる

『虎に翼』(NHK総合)第58話で、寅子(伊藤沙莉)は、はる(石田ゆり子)の了承を得て、道男(和田庵)を猪爪家に居候させた。寅子の判断は職場でも反対されてしまう。物語冒頭、東京少年審判所・所長の壇(ドンペイ)が放った「家で引き取った!? バカか、お前は」という言葉は、少しきつい言い方ながらも周りから“問題児”と称される子供を引き取ることへの苦労をうかがわせる。家庭裁判所・所長の浦野(野添義弘)も反対した。汐見(平埜生成)、小橋(名村辰)、稲垣(松川尚瑠輝)との会話で登場した、小橋と寅子の言葉が印象深い。

「現実問題、一人の人間ができることに限界があるんだって」
「現実ばかり見てちゃ子供たちを救えないでしょ」

目の前の課題を解決するためにはどうすべきか、理想と現実の間で考えを巡らせる人々のリアルな会話だ。きつい言い方をした壇も、呆れる様子を見せた浦野も、寅子の判断を心配そうに見守っていた汐見や稲垣も、現実的ではないと主張する小橋も、皆それぞれ孤児たちの問題に自分の意見を持ち、どうすればよいのかを考えているのだ。

そんな中、第58話では、はると道男のやりとりが心に残った。素行が悪い道男と猪爪家の人々との間にはどことなく緊張感が漂う。けれど、はるは純粋に道男を気にかけている。寅子が帰宅した時、はるは道男を引き連れてお風呂の沸かし方を教えていた。はるの心を開く姿勢が通じたのか、はると話す道男の口調が心なしか柔らかい。寅子には「何?」と反抗的な口調なのだが、はるに「ばあちゃん、それくらい教わんなくてもできるから」と呆れる声は決して威圧的ではなかった。

一度ははるの財布を盗んで逃げようとした道男だが、はるに「はした金盗んで逃げるより、この家の手伝いをして三食食べて、暖かいお布団で寝る方がお得じゃありませんか?」と諭される。道男を演じている和田は、第57話での花江(森田望智)に対する「おばさんきれいな顔してるな」という言葉を筆頭に、その佇まいから危うさを感じさせる。

だが、道男自身は本質的にはまだ子供だ。はるとの場面で見せた表情から、道男が求めているのは“親愛”だとうかがえるからだ。財布を盗むところをはるに見られ、道男が気まずそうに顔を見上げた時、その面持ちには幼さが感じられた。食事中、道男がはるを箸で指して「このばあちゃん、頭いいよ」と言うと、当然はるは「やめなさい、お行儀が悪い」と叱りつけるが、この時の道男はムッとしつつも歯向かわない。はるが言っていたように、道男は誰かに優しくされることに慣れていないのだ。だからこそ、何と言えばいいのか、どう行動すべきなのか、反抗する以外にまだ分からないのだろう。

道男に疑いの目を向けてしまったことを悔やむはるの姿は切なかった。道男が出て行ってからずっと後悔していたと思われるはるは倒れてしまう。花江の呼びかけに応えないことが不安感を煽る。はるの心と体が心配だ。
(文=片山香帆)

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