『くる恋』生見愛瑠の“軌跡”が凝縮されていた「好き」 大きな愛に包まれた最終回に

まこと(生見愛瑠)の記憶のトリガーとなった、沈丁花の花言葉には「永遠」といった意味があるそうだ。火曜ドラマ『くるり~誰が私と恋をした?~』(TBS系)では、そんな花言葉が似合うような「いつまでも続いてほしい」と思うカップルが誕生した。まことの自分探しの旅は、大切な人たちからの愛に包まれながら、ついに終わりを迎えた。

律(宮世琉弥)と再び付き合い始めたまことは、失った記憶が戻ったことを公太郎(瀬戸康史)に伝えた。律がまことの指輪の相手だったと悟った公太郎は、心中の葛藤を押し隠しつつ「まことが幸せならそれでいい」と優しく微笑み、もう会わないと決意の言葉を口にする。「じゃあ、元気で」「公太郎さんも」という短い別れの挨拶が、切なく響く。

しかし律と水族館デートをしていても、どこか浮かない表情のまこと。ツーショットの写真を見ても「楽しそう」とどこか他人事っぽさが漂う。それは、まことが記憶を失う前の“モノトーンな自分”を思い出す時のテンションに少し似ているようにも見えた。記憶を失う前の自分と、今の自分の間で揺れ動くまこと自身がやはり1番の辛さを抱えているのだろう。

一方、律の会社に観葉植物を届けに行った公太郎は、律がまことの元カレであったことを知る。まことが事故にあった日に、律が着ぐるみを着てお花見の会場にいたのは会社のメンバーに「泣いた顔を見られたくなかった」からだった。「まぁみんな、嘘つくくらいまことさんのこと思ってたってことだけど」と語る律の言葉はまさにその通りで、答え合わせが済んだ今も、皆一途にまことのことを思っている。例え恋愛関係になれなかったとしても、三者三様の愛の形が、まことにはきちんと届いているに違いない。

まことは、「律といた頃の自分」になれないことに薄々気がついていた。「本当の自分」なんてないんじゃないかと話すまことは、もう以前の自分のように律と一緒にいられないことを告げる。今のまことが好きだと律が告白をしても、その思いは届かない。2人の最後のハグは切ないものだったが、まことにとって必要な決断だったのだろう。

沈丁花の花の香りで記憶を取り戻したまことは、記憶をなくす前から公太郎に想いがあったことを思い出す。まことの心の奥底に眠っていた感情が、香りをきっかけに呼び覚まされたのだ。そしてまことが大切にしてきたあのリングは、公太郎へと渡される予定のものだったことが明らかになる。

一方、朝日(神尾楓珠)は事故現場でひとり佇んでいた。同じ頃、事故当日のことだけがどうしても思い出せずにいたまことは、事故現場へと足を運ぶ。記憶をなくす前、リングをラッピングしてもらったまことは、朝日がハンカチをポストに入れた主だと知った。ハンカチを渡したかっただけだった朝日は、自分が怖がらせてることに気が付かなかっただけだった。

つまり最初から、“ストーカー”は存在しなかったのである(とはいえ、あのように追いかけられてはまことが誤解をしたのも無理はない)。今まで時折影のある表情を見せては、SNSで「ストーカー疑惑」をかけられていた朝日だが、彼らしい空回りが原因だったこととなると納得がいく。

そして、朝日へと真摯に向き合ったまことの元に最後に現れたのが、公太郎である。記憶をなくす前、モノトーンの世界にいたまことだが、桜の花を見て「綺麗だ」と感じることができた瞬間は、少しだけ彼女の世界が色づき始めた瞬間だったのかもしれない。

記憶をなくしたまことは、人の気持ちだけでなく、自分の「好き」にも向き合っていくことになる。最終回まで、多くのファンが生見愛瑠のナチュラルな演技を絶賛していたが、その中でも特に印象的だったのは、公太郎への想いがつい溢れたような「好き」という言葉だった。その一言に、まことの成長と変化の軌跡が凝縮されていたのではないだろうか。自分をようやく取り戻したまことが、公太郎に「好き」と自分の口から伝える展開は、観る人の心を揺さぶる場面となった。

さらに、その後の植物に囲まれてのデートシーンでの公太郎のバックハグでの「好きだよ」が、多くの視聴者の心を鷲掴みにしたことは言うまでもない。本作において瀬戸康史と生見愛瑠の織りなす繊細な感情の交流が、ドラマ全体の大きな魅力となったのは間違いないだろう。

現代社会において、「自分らしさ」という言葉はよく聞く言葉だ。しかし、本当の自分らしさとは何なのだろうか。まことが3人の男性との関係性の中で見せた様々な表情は、自分らしさという概念の多面性を見せてくれた様に思う。人に誇れる好きなことや強い個性があること以上に大切なのが、“その人らしさ”を一緒に大切にしてくれるような誰かと、自然体でいられる関係性を築くことなのだろう。このドラマは、そんな優しいメッセージに溢れていた。

最終回を観終えた今、「くるり」と世界の見方を変えてみると、普段の日常にも幸せへの道標が隠れているのかもしれない。

(文=すなくじら)

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