単なる正装ではない…結婚式・葬式で日本人が「紋付」を着る深い理由【呉服店経営者が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

日本のほとんどの家庭にあるといわれている「家紋」。戦国時代の武将をイメージする方が多いと思いますが、現代でも紋付袴に家紋を入れるなど、日本ならではの文化として残っています。そもそも家紋とはいつごろなんのために生まれ、どんな意味が込められているのでしょうか? 山陰地方で呉服店を経営、和と着物の専門家である池田訓之氏が、意外と知らない「家紋」について解説します。

平安時代から続く…家紋の由来

家紋とは家のシンボルです。家紋をどの家も備えているのはおそらく日本だけで、家紋は日本が世界に誇れる文化のひとつなのです。

家紋の起こりは、平安時代。宮中に公家が通う牛車に誰が乗っているのかを判別するために、目印としてつけだしたのが始まりと言われています。

時代は移り、公家から武士が世の実権を握るようになっていきますと、武士も公家にならい家紋をつけだします。戦の折などに、敵味方の判別をつけるのに便利ということで武士階級に広まりました。天下泰平の江戸時代、士農工商という身分制度の支配者であった武士はほかの階級に、苗字を名乗ることは禁じましたが、家紋をつけることは積極的には禁じませんでした。そこで庶民のなかでも家紋をつける者もでてきました。たとえば、歌舞伎役者の衣装には大きな家紋が入っていますね。

誰もが家紋をつけるようになった決定打は、明治6年の苗字必称令だといわれています。時代は明治になるも、民を明治政府はうまく治めきれない。そこで、明治政府は国民の戸籍を整理する前提として、苗字を皆が備えるように命令したわけです。この命令により、家という単位への意識が高まり、家の紋をみんなが備えるようになったのでした。

なぜほとんどの家紋のモチーフは「草木」なの?

日本人には、ご存じのとおり、和の心が流れています。それは、万物に神様を感じて感謝する心です。そして周りの人や物のすべてに神を感じるから、自己主張よりも調和、つながりを重んじます。

分家すれば新しい家紋をつけますが、本家からの流れがわかるように本家の家紋を少し改変した新しい家紋をつけるというのが、暗黙の改変ルールになっています。家紋は5,116種類あるといわれていますが、わずかな違いのものがほとんど。まとめていくとたったの241種類に凝縮できるそうです(ウィキペディアより)。

そのなかでも、特に人気の10大家紋はといえば、

・柏紋

・片喰紋

・桐紋

・鷹の羽紋

・橘紋

・蔦紋

・藤紋

・茗荷紋

・木瓜紋

・沢瀉紋

を指します。紋はもともとその時代の権力者が備えていたものなのに、ほとんどが草木なのです。鷹の羽(たかのは)は、鷹という強い動物を表しています。しかし、あとの9個は、草木です。

柏は、新しい葉が生えないと古い葉を落とさないということで縁着がいい。片喰の三つの葉は、人柄、知力、子孫繁栄を指す。桐は鳳凰という気高い伝説の鳥がとまる神聖な木。橘は理想卿にある果実で長寿と元気な子供をもたらす、蔦や藤はつるが伸び広がるので子孫繁栄、茗荷は薬草で身を守る、木瓜も鳥の巣で卵がたくさんできることから子孫繁栄、沢潟は葉の形が槍の先に似ているので勝ち運をひきよせる、といったそれぞれに意味があります。

つまり、権威や偉ぶるために家紋の柄を選んだのではなくて、ほとんどが家の繁栄や健康、幸運を祈って家紋を選んでいるということなんです。

ヨーロッパのエンブレムとの違い

家紋と対比できるものとしては、ヨーロッパのエンブレム(紋章)があげられるでしょう。

こちらは、貴族などもともとは身分の高い人だけが身に付けることを許されていた特権でした。コロナ前に筆者がロンドンで着物専門店を営んでいた折に、お客様がエンブレムを彫った指輪をしておられたので、エンブレムを褒めると、お客様は得意げにご自分の家のルーツを語ってくれたものでした。エンブレムの柄は、宝冠、龍や獅子といった、戦う、強いというイメージの柄が多いです。まさに権威、支配を象徴しています。

かたや家紋は、家族の健康や子孫繫栄です。日本人って奥ゆかしいですよね。

この違いを生み出しているのは、ヨーロッパと日本の価値観の違いだと思います。ヨーロッパは、厳しい自然環境の地が多く作物が育ちづらいので、人々は狩りをして生活をしてきました。地続きのなかで移動を繰り返すと、どうしても争いが絶えません。そのなかで生まれた考え方とは、「絶対的な神がこの世を創り(一神教)、できたこの世はサバイバル。強いものが生き残り、全体としてみれば進化向上していく」というもの。だから自己主張、権威を重んじるのです。

かたや、日本は温暖で種をまけば作物が得られ、移動する必要もない。また島国なので外敵に荒らされることもなかった。だから、万物に神の存在を感じ、人間同士や自然とのつながりを重視する和の心が育まれたのでした。

着物に入った家紋の意味

礼装着としての着物には、家紋を入れますね。これは、家紋を通じて、互いに家柄を確認しあい暗黙に礼を尽くしあうためです。

また、着物に家紋を入れるときには、正式には、背中と両方の胸と両方の外袖とに、5つ入れます。背中や胸の家紋を入れるところは急所ですよね。家紋には急所を守るお守りの意味があるのです。外袖の紋には外敵から着る人を守るという意味があります。

そして、背中の紋にはご先祖、両胸は父母、外袖には兄弟姉妹が宿ると言われ、ご先祖から兄弟姉妹までが団結して着る人を守ってくれるのです。だから、結婚式に5つ紋の入った留袖を着るということは、ご先祖様にも、新郎新婦を披露しているということになるのです。実際、昔は、結婚式でのお色直しの折には、花嫁だけでなく、親族も先祖が着ていた留袖に着替えたそうです。ご先祖様にも、新郎新婦を披露し、祝福してもらったというわけです。

また、お守りということで、女性は19歳の厄除けに向けて、黒紋付(喪服)を揃えるという習慣があります。最近は、お葬式に紋付を着る方が少なくなりましたし、着てもレンタルが多いし、そもそもお家の家紋すらご存じでない方が増えました。

これは、戦前はこのような習慣が母から娘へ孫へと、代々語り継がれていたのですが、敗戦後の連合軍主導の教育により日本の伝統文化の伝承は完膚に分断され、また戦前世代がほぼいなくなってきたためでしょう。日ごろ弊社の着物店の店先に立っていて、昨今は目に見えて、日本の伝統文化が風化してきているのを感じ、危機感すら覚えます。

冒頭のとおり、家紋の文化は日本が世界に誇れる伝統文化のひとつです、子や孫に語り継ぎ、大切な場面には家紋入りの着物で参加する伝統を守っていきたいものです。

池田 訓之
株式会社和想 代表取締役社長

© 株式会社幻冬舎ゴールドオンライン