【ミャンマー】定住共同体、強靱化求めて[社会] タイ緬国境の狭間で生きる(上)

少数民族のカレン族が住む、ナムディップボーンワーン村=4日、タイ・ターク県メーラマート(NNA撮影)

タイ北西部ターク県はミャンマー東部カイン(カレン)州との長い国境線を接する。ミャンマーでの2021年2月の軍事クーデター以降は国内の混乱から逃れるミャンマー人にとっての玄関口となっている。一方、それ以前から少数民族や難民、一時的避難民などさまざまな背景を持つミャンマーの人々が住み続けてきた場所でもある。成り立ちの異なるターク県の二つのコミュニティーを訪れ、農村経済のありようを探った。

ターク県メーラマート郡で、キリスト教徒のカレン民族が定住するナムディップボーンワーン村の一地区。ミャンマーとの国境沿いを流れるモエイ川からわずか500メートルほどの距離だ。キャッサバやサトウキビの畑に囲まれた一般的な田舎の風景が広がるが、集落に至る道には検問所があり、住民は外出を厳しく制限されている。

カレン民族はもともとミャンマーとタイの山岳地域にまたがって住んでいた。タイ側では国境が策定された後も国籍が付与されなかった。定住地区はあるが、事実上の「軟禁状態」に置かれている。どの国からも国民と認めてもらえない「ディアスポラ」と言える人々だ。タイのIDを持たないため銀行口座をつくれず、病院も受診しづらい環境。そんな中で住民は、支援の手を借りながら共同体内で相互扶助する仕組みを整えようとしている。

ナムディップボーンワーン村の貯蓄基金グループの会合=4日、タイ・ターク県メーラマート(NNA撮影)

住民グループが導入したのは、毎月定額を拠出し、使途を出資者同士が相談して決める「貯蓄基金」だ。この地区で2021年から支援を行う国際労働財団(JILAF)のタイ拠点であるJILAFタイランドの関係者が現地を訪問。仕組みを紹介すると、すぐに賛成の声が上がり、今年2月に運用が始まった。約600人の住民のうち24人が貯蓄基金グループに加入し、毎月150バーツ(約640円)を積み立てている。

JILAFやその作業委員会のメンバーも参加する貯蓄グループの会合では、参加者が車座になって意見を出し合う。やりとりは、通訳を介してカレン語とタイ語で行われる。

この日の議題は、貯蓄の進捗(しんちょく)確認と将来の使途について。JILAFタイランドの関口輝比古所長が対話を促すと、参加者からは「未加入の住民をどうやって誘うか」「農業資金を外部から高金利で借金している住民がいるが、加入したら基金から低金利で借り換えができないか」など、活発な意見が出される。

関口氏は会の最中、「方針は皆さん自身が決めることだ」と繰り返していた。貯蓄グループの参加者同士で話し合い、結論を出すことが連帯の強靱化(きょうじんか)につながるという考えからだ。関口氏は、「公共のセーフティーネットが届かない人への、自前のセーフティーネット」となるよう、参加者の冠婚葬祭への費用給付や災害補償などを行う、共済型の貯蓄基金が理想だと語った。

貯蓄が順調に進んでいるため、会合は終始前向きな雰囲気が漂い、閉会時には自然と参加者から拍手が起こっていた。

■共同プロジェクトが頓挫

自活手段の獲得に迷走するコミュニティーもある。ミャンマーとの国境から7キロメートルほど離れたポッププラ郡キリラート町の一集落。ビルマ語を話すイスラム教徒の住民が定住している。電気は通っているものの、れんがを基礎にした簡素な家が並び、ごみが道端に散乱しており、雰囲気はやや雑然としている。

住民はミャンマーから逃れてきた人々。ここに住み始めた時期ははっきりしない。集落にモスクが建ってから住民が徐々に増えたという。21年に発生したクーデター後に避難してきた人も加わり、現在の人口は600人ほどだ。

トウガラシの収穫など、農業や建築業の日雇いで1日200バーツほどのわずかな収入を得ていた住民に、自活手段を得る道としてJILAFがキノコの共同栽培を提案。住民6人がプロジェクトグループのメンバーに志願した。JILAFが初期投資の一部を支援し、昨年12月には2棟の栽培用キノコハウスを導入した。だが、今回の訪問時には1棟が跡形もなく消え、もう1棟は住民が家具を持ち込み住居と化していた。

メンバーの女性たちはJILAFとの会合で、「コミュニケーションがうまくできないのが原因なのは自覚している」とキノコ栽培が頓挫した経緯を気まずそうに打ち明けた。何度か収穫して販売したものの、キノコの盗難や地区内の人間関係が原因で、続ける意欲を失ってしまったという。

グループのある女性は、キノコ栽培をやめた後、「菓子を作って近くの農場で販売して生計を立てている」と言い、1日500バーツ以上の収入を得ていると話した。別の女性は収入がなく、娘夫婦に頼っていると明かした。

この地区では経済的格差などから住民の間に心理的障壁があり、共同体としての協力を妨げている。今のところ、住民には世帯ごとに収入を得る道しかないようだ。

キリラート町、キノコ栽培グループの会合=5日、タイ・ターク県ポッププラ(NNA撮影)

■タイ当局、線引きも一部支援

タイでは内務省管轄のコミュニティー開発局が県・郡レベルで置かれ、ナムディップボーンワーン村のような貯蓄基金グループを立ち上げて地域の相互扶助を支援するという枠組みがある。登録コミュニティーには同局の職員が定期的に訪問し、アドバイザーの役割を務める。

コミュニティー開発局は、タイ国籍を持たないグループに対しては明確に線引きを設けるが、完全に見捨てるわけでもなく、距離感を測りながら共生の道を探っている。ターク県のコミュニティー開発局長を務めるシティチャイ氏は、「法律上、コミュニティーの登録にはタイIDを所持する代表者が必要だ」と言う一方、同局が貯蓄基金の運営に役立つセミナー実施などをしに行くことはできると説明する。ナムディップボーンワーン村にも「視察に行きます」と約束した。

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