「1年前に予約した機械がいまだ届かず」新紙幣発行で町場の事業者、チェーン店にあふれる「悲鳴」総直撃

新紙幣発行に町場の事業者から届いた悲鳴<レトロ自販機>部品交換は自分で作業も手を付けられず

7月3日、新紙幣が発行される。これまで、一万円札は福沢諭吉が、五千円札は樋口一葉が、千円札は野口英世の肖像が描かれていたが、新紙幣ではそれぞれ、渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎に変わるのだ。

すでに、新紙幣に対応している業態も多い。財務省によれば、5月初旬の見通しでは、発行開始までの更新完了の割合は、金融機関のATMで9割以上、鉄道会社の券売機、大手コンビニやスーパーのレジでは8~9割にのぼるとされていた。

しかし、2024年に紙幣が刷新されることは2019年に発表されていたが、発行直前のいまも、町場の店舗などでは未対応の店も多いようだ。券売機の新しい購入にかかるお金事情を、飲食店や駐車場などの券売機を製造・販売している企業、エルコムの担当者に聞いた。

「券売機の価格は、紙幣の種類を識別する装置が違うので、一万円札が使えるかどうかで価格がまったく変わります。いちばん安い千円札だけに対応した機種は、設置費込みで70万円くらいですが、一万円札が使えるものでは120万円ほどになります。ちなみに両替機は40万円ほどになります。最近売れているものは、100万円を超えるタイプの券売機ですね」

新札に対応するためには、新品の購入ではなく、部品の交換で券売機をバージョンアップする方法もある。

「機種によって違いますが、今回の新紙幣に対応するのに必要な部品交換は、弊社だと約15万円からです。ただ、交換では対応できない機種もあります。5~7年で新台に交換するケースが多いですが、7年前に購入したような台だと、古すぎて部品交換では追いつかず、壊れても修理ができません。モデルの製造中止から5年たてば、部品がなくなるので、買い替えるしかなくなります。『いま部品を交換しても、どうせ数年後には同じ金額がすぐに必要になるのだから、新品に買い替えてしまおう』という方も多いですよ」

目前に迫った新紙幣発行だが、同担当者は「世間が新紙幣に順応するのにはもう少し時間がかかる」とみていた。

「半年ほどはかかるでしょうね。20年前の新紙幣のときは、11月に発行されましたが、世間一般で困難なく使えるようになったのは翌年の春ごろでしたから」

新紙幣の「経済効果」国民への利益は?

事実、町ではまだまだ新紙幣への対応に時間がかかっているようだ。本誌は、券売機等を使用している店に、対応の進み具合を総調査した。そこから聞こえてきたのは、否応なくコストが必要になってしまった事業者の悲鳴だった。

「そもそも、新紙幣発行での『経済効果』という言い方がまやかしなんです」

こう語気を強めるのは、元ゴールドマン・サックスのトレーダーで、「お金の向こう研究所」代表の田内学氏だ。財務省が2019年当時に発表した試算によると、紙幣のデザイン刷新への対応で、約1兆2600億円もの資金が動くほか、ATM新札対応の需要は約3700億円と試算されており、新札発行への経済効果は合計で1.6兆円ほども期待できるとされている。これにより、年間の名目GDPは0.27%押し上げられるというのだが……。田内氏が続ける。

「そんな試算は、全体を見ない、まやかしにすぎません。経済効果というと聞こえはいいですが、結局、新札に対応するために、町場の店舗や大手企業が券売機などを購入するコストのことです。それだけの大規模なコストが消費者に押しつけられているにすぎません」

実際、本誌が取材すると、新紙幣対応の券売機を購入するために値上げを断行したラーメン店や、そもそも大きなコストを払ってレジを新調することを断念したガソリンスタンドもあった。

「消費者にしわ寄せ」新紙幣試算のまやかし

「偽造防止などの観点から、新紙幣を発行することにはメリットもあるのだと思います。しかし、それによる負担を強いられているのは事業者の方たちでしょうし、それがまわりまわって、僕たち消費者にしわ寄せがきていると感じます」(田内氏)

一方、新紙幣の発行によって、タンス預金が引き出されるという見立てもある。タンスにしまった旧紙幣が消費にまわされる、というのが、この予測の根拠だ。しかし、田内氏はこの可能性についても明確に否定する。

「そうはなりませんよ。紙幣というのはそもそも、銀行に持っていけば何年たっても新しいものに替えてもらえるわけです。タンス預金が多いのは、銀行に預けても金利がつかなくなっているからです。新紙幣発行自体に、タンス預金を引き出す効果があるかは大いに疑問です。また、全国的にキャッシュレス化が促進されるという予想もありますが、キャッシュレス化が進めば、店側が数パーセントの手数料を決済会社に取られることになります。日本のキャッシュレス業者は、外国に比べて手数料の割合が大きく、ただ決済形態が変わればいいわけではないのが実情です」

渋沢栄一は、著書『論語と算盤』で「一人だけ富んでそれで国は富まぬ」と述べた。国を繁栄させるためには富が独占されてはならない、という考えだが、はたして新紙幣の発行で、国の思惑どおり日本全体が富むことになるのだろうか。

新紙幣発行に町場の事業者から届いた悲鳴

<ラーメン店>新台購入で値上げに踏み切った

多くの店舗が券売機を採用するラーメン業界にも打撃が。個人経営する店主はこう漏らす。「新札対応券売機の導入で、値上げを決定しました。キャッシュレスに移行しようにも、数パーセントが手数料で持っていかれてしまうので、結果として損失は免れません。新紙幣発行で、損することばかりですよ」

<アダルトグッズ自販機>総費用240万円「国はひどいですよ」

アダルトグッズ、DVD、本などを販売する大人の自販機オーナーは、国への怒りを隠せない様子だ。「メーカーに改修の発注をかけていますが、まだ進んでいません。3カ月は待つことになるとメーカーには言われています。準備できたら連絡するとは言われていますが、いつになることやら……。部品交換には1台3~6万円ほどかかりますが、全部で40台あるので、合計240万円ほどですね。少しずつ、交換していきます。改修には補助金も出ないし、本当、国はひどいですよ」

<コインランドリー>新札対応導入は「交換する部品の仕入れ次第」

コインランドリー用の洗濯機などを製造・販売する企業の担当者はこう語る。「オーナーによって異なりますが、地方だとキャッシュレスに慣れていないお客さんもいるので、どうしても現金決済端末がついた機種を希望する方もいます。新札に切り替わるのはもう仕方ないので、対応するしかないんです。かかった費用は安くはないですね……。新札対応は、機械内の紙幣識別機など、部品を交換することになりますが、部品自体が品不足ですから。当社でも導入は仕入れ次第という状況です」

<バス会社>新札発行に対応間に合わず

5月、熊本バスは、全国交通系ICカード決済の廃止方針を決めた。機器更新費用が約12億円かかるからだ。では、新札についてはどうなのか。「新紙幣に対応する機械に変更する予定ではありますが、7月3日の新札発行には間に合いません。すべての更新には数カ月かかります。やはりいちばんの懸念点としては、費用ですね……。ICカードも更新を見送りましたが、両替でお札を使う方もいるので、さすがにこちらは対応しますよ。どれくらいかかるかはさすがに言えませんが、とにかくたいへんです」

<レトロ自販機>部品交換は自分で作業も手をつけられず

神奈川県の人気スポット、中古タイヤ市場相模原店には、「うどん、そば」「ハンバーガー」「たこやき」などのレトロ自販機が100台以上並んでいる。もっとも古いものは、50年ほど前のガムの自販機(現在は故障中)だという。人気台を含む約9割が硬貨専用で、中古タイヤ店内で両替可能だ。「自販機の一部部品を交換する予定ですが、現時点では手をつけていません。1台につき2万5000円ほどの部品交換になるため、3台ずつ自分で作業をしていきます。そもそもお札より硬貨主流の自販機が多いので、お客さんも理解していてくれています。暇を見つけて交換していきます」(斉藤辰洋社長)

<動物園・水族館>新紙幣発行「好意的には受け止めず」

券売機を利用するアミューズメントパークも、対応に追われている。上野動物園の担当者はこう語った。「新紙幣導入に対する券売機の改修はすでにすんでいます。利用者のサービス向上のためには 必要な経費と認識しています」。一方、関西の大規模水族館のある職員は、こう漏らす。「新紙幣の発行を好意的に受け止めているところはないのではないでしょうか。うちではすでに新紙幣対応をしていますが、当然、持ち出し資金になるので経費としてはかなり痛いところです。かといって、これを機に完全キャッシュレスにするだなんて、高齢のお客様もいることですし、踏み切れませんよ……」

<銭湯>1年前に注文した機種がいまだに届かない

創業75年を迎える大黒湯など、4つの銭湯を経営する新保卓也さんは、券売機メーカーの多忙ぶりをこう推察する。「3軒で5台の券売機を設置しています。じつは、もう1年以上前にメーカーに新札に対応した部品の交換を予約しているのですが、まだ届いていないんです。交換には5台分で30万円近くかかります。もし届かなかった場合は、応急的に番台で両替をさせていただくしかないと思います」。2021年に新500円玉が発行された際も、対応する部品に交換するのに、同じ金額がかかったと嘆く。「同時期だったらかかるコストを考え、数台を新しい券売機に交換したほうが得だったのでは、と考えてしまいます。ガス代の高騰で、1軒で月に100万円ほどかかっているので、追加の出費は大打撃です」

<飲食チェーン・富士そば>「店舗当たり数十万円の費用が……」

「ほとんどの店舗で完了していますが、一部で未完了。店舗あたり数十万円単位の出費になりますが、やむを得ません。富士そばに現金を禁止にする度胸はありませんが、キャッシュレスの魅力が上がる一件だと思います」(ダイタン商事株式会社担当者)

<ゲームセンター大手・タイトー>新札対応両替機1台ずつ各店舗に

「利便性向上のために、かねてよりキャッシュレス決済を導入しています。新紙幣についても、対応した両替機を各店舗に1台ずつ設置しています」(株式会社タイトー・広報担当者)

<飲食チェーン・松屋>発行日に全店で対応「コストは致し方なし」

「新紙幣切替日に全店で対応いたします。券売機交換についてのコストは、かからないに越したことはありませんが、今後も現金を使えなくなるような決済システムは検討しておらず、致し方ないと考えます」(松屋フーズ担当者)

<コインパーキング大手・タイムズ>未対応の駐車場も7月以降順次対応

「新紙幣対応は一部で完了しており、未対応の駐車場は7月以降も順次、機器の入替えなどをしていきます。7月3日以降も、クレジットカードによるキャッシュレス決済および現金決済をご利用いただけます」(パーク24担当者)

<パチンコ大手・マルハン>部材製造遅れで一部未完了

「全102店舗で、新紙幣対応の為ソフトウェアバージョンアップと部品交換を進めています。一部部材の製造が遅れており、切替え日には、すべての作業完了とはなりません。コストがかかりますが、利便性を第一に対応していかなければならないと考えております」(株式会社マルハン 東日本カンパニー担当者)

写真・本誌写真部

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