【インタビュー】杉咲花は信頼できる座長ー『朽ちないサクラ』原廣利監督

県警の広報職員という、本来は捜査する立場にない主人公が親友の変死事件の謎を独自に調査し、事件の真相と、次第に浮かび上がる“公安警察“の存在に迫っていく。杉咲花主演の『朽ちないサクラ』は柚月裕子の同名小説を原作とし、『帰ってきた あぶない刑事』(5月24日公開)の監督に抜擢された期待の新鋭、原廣利監督がメガホンをとった。公開を前に原監督にインタビューを敢行。制作におけるコンセプトなどについて話を聞いた。(取材・文/ほりきみき)

桜を不穏な空気感のモチーフに

──監督を打診されたとき、ご自身のこれまでのキャリアのどんな部分がこの作品に活かせると思いましたか。

初めてドラマのチーフ監督をやったのが、MBSの深夜ドラマ枠「ドラマ特区」で放送された「RISKY」でした。この作品は本作
でプロデューサーをしている遠藤里紗さんも一緒でしたが、復讐モノだったので、そのときの経験はサスペンスミステリーに活かせると思いました。

その後に撮ったWOWOWの「ウツボラ」はサスペンスミステリーでしたから、警察モノとしてもっと骨太なものにできると思いました。

──原作は柚月裕子さんの同名小説ですが、映画化に向けて、どのようなコンセプトを立てられましたか。

どんな作品でも自分が読んだときのファーストインプレッションは大事にして撮りたいと思っています。原作は文字で綴られているので、想像するしかなく、そこに見えない怖さがあります。もちろん、柚月先生は泉が後悔から立ち上がって頑張る姿を描いていらっしゃいますが、それだけでなく、裏で何が行われているかわからないという不穏な空気も感じられる。それがこの作品ではすごく大事なのではないかと思い、コンセプトとしてちゃんと取り入れていきたいと思いました。そこでモチーフとして使ったのが桜です。

原作ではあまり桜の描写はありませんが、映像にしたときは桜がただきれいに咲いているというのではなく、泉の感情の変化とともに桜が不穏な感じで、恐ろしく見えてくる。そんな桜に囲まれて、見られているような印象を与えるというコンセプトを持って撮影をしていました。ですから、撮影時期も桜の開花を逆算して、咲いていないときから始めて、満開までの期間に撮っていました。

──冒頭で作品の核になる事件が映し出されます。画に不穏な空気感があるのですが、すごく端正な感じもあり、見ていてとてもゾクゾクしました。

カメラマンの橋本篤志くんとの共通認識として、画がきれいなのは当たり前。ただ、光の見せ方は現場でしかできないことなので、今回、さらに照明にこだわってもらいました。

基本的にはシーンに合わせて照明や画角を決め、その上で色味をどうするか、カラコレで調整しています。青くすると冷たいイメージに仕上がり、オレンジっぽくすると温かみが出るので、ちょっと気持ちか高ぶっているときは肌に赤味を足してみるとか、キャラクターの感情に応じて細かい作業をしています。

──シーンごとに色味にこだわっていらっしゃったのですね。屋上シーンが何回か出てきます。いつも空が快晴で乾いた感じがしましたが、最後の屋上のシーンだけは太陽に薄雲がかかっていて、何か隠しごとが感じられました。

屋上のシーンは潜在的にどんどん青くしています。最初はちょっと白っぽい感じ。それが少し青くなって、次はさらに青くなる。ただ、最後だけ夕方で赤味を帯びています。事件が進んでいく状況を表現しました。

──青さが増しているのは気が付きませんでした。もう一回見るとわかるでしょうか。

そのシーンを取り出して、比べて見ないとわからない程度の差です。でもそのくらいがいいんです。あまりに差をつけると“いかにも”という感じになってしまいますから。何となくそんな雰囲気をつかんでもらえればといった感じです。

──捜査員たちが大部屋に籠って、一斉に防犯カメラなどの映像を調べているシーンは真っ暗な中、机のライトだけがついていて、不穏な感じが漂ってきました。

リアルだったら捜査室は蛍光灯が全部ついていると思います。しかし、あのシーンだからこその不穏な感じを出したかったのです。

全体が明るいと人物に目がいかなくなるので、照明はちょっと落とし気味にしようということになり、捜査員の机にデスクライトを並べました。デスクライトが縦に並ぶことで、人が見ていることを強調付けたいという意図もあります。

──「こんなにたくさんの捜査員が夜を徹して捜査しているんだ」ということが伝わってきました。

よく見るとそんなに多くないんですよ(笑)。印象の問題ですね。みんな同じような姿勢でじっと見ているから、何かを見つけた人の動きにすぐ気が付きます。

人物の感情に合わせてカメラを動かす

──全体的にカメラワークに動きを感じました。特に寄っていったり、引いていったりという前後の動きは多かった気がします。

僕の作品は普段からそうですね。物語が動いていないときにカメラも動かないというのはもちろんありだと思いますが、人物の感情に合わせてカメラが動いてもいいんじゃないかと思っているのです。人物の感情の昂りはトラックイン、気持ちがさーっと引いていく感じはトラックバックが有効だと思っているので、意識して使いました。

映画って2時間の中でキャラクターが何をするのかを見せないといけないので、ファーストインプレッションがすごく大事。泉、磯川、富樫、梶山のファーストカットはインパクトがあるようにしました。例えば、泉の場合はタイトルが終わってすぐの黒味からドンと映したショットをドキドキした感じで見せています。磯川と富樫はバックショットから回り込んでいく。梶山はペンをカチカチやってキャラクターを表現しています。

──そのカメラワークのおかげで物語の展開がとてもわかりやすかったです。

この作品は裏設定がわかりにくい。小説では想像させてくれますが、それは文字だからこそできること。映像はちゃんと見せないと理解してもらえないので、見せることを意識しました。

──キャラクターに原作にない設定を加えたことで、映画ならではの深みが加わりました。

それぞれの正義、基本的には泉と富樫の正義ですが、ただ“怖い”、“裏があった”というだけではなく、その人物にもこんな過去があったからこうなったみたいなことを感じられた方がいい。誰が正しいというわけではなく、それぞれの人物に正義と信じることがあった方が僕自身、映画として見たいと思えるのです。

ストーカー殺人の犯人も脚本の我人祥太さんがある設定を提案してくれて、面白いかもしれないと思って足しています。

──主演の杉咲花さんとは初めてですが、いかがでしたか。

主演としてご一緒したいと思っていました。ご自身のところだけでなく、作品全体を見てくれていて、座長として信頼できる方でした。例えば親友のお葬式のシーン。お母さん役の藤田朋子さんが泣くのですが、助監督を通して、エキストラの方々に「お芝居をしている人、特に藤田さんを意識して見ることがないようにしてほしい」と声掛けをしていました。藤田さんはそんなことを気にしないくらいトップギアで泣いてくれていましたが、僕もはっとさせられました。すごく現場の空気を大切にする方でもありました。

最後に富樫と対峙するシーンは台本で20ページ以上に及びますが、ロケ地の関係で、インターバルをはさんで、前半後半に分けて撮らないといけなくなりました。他も探したのですが、場所として、あそこ以上にいいところがない。「分けて撮らせてほしい」とお話したところ、杉咲さんから「このシーンはすごく大事なので、全部一気に撮らせてほしい」と言われました。安田さんからも「空気感が知りたいので、引き画のテストでいいから、1回、ちょっとやってみませんか」と言われて、1回休まずに流れでやってみたのです。やってよかった。インターバルを早めに入れて、後半の撮影時間を長くする形で撮ったところ、いいシーンになりました。

ほかにもいろいろ提案してくれました。泉の見せ方としては大きなリアクションは取らず、沸々と感情が昂っていき、最後に感情が爆発するようにしたいとおっしゃっていました。また、親友が亡くなっているので、ので、泉は笑えないのではないかと言っていました。実際、最後と回想シーンしか笑っていません。演じるご本人は大変だったと思います。

<PROFILE>
監督:原廣利
2011年BABEL LABEL加入。 ドラマ『日本ボロ宿紀行』(19/TX)では監督に加え撮影監督を務める。以降、『八月は夜のバッティングセンターで。』(21/TX)、『真夜中にハロー!』(22/TX)『ウツボラ』(23/WOWOW)などを演出。『帰ってきた あぶない刑事』(2024年5月24日)が公開中。

『朽ちないサクラ』2024年6月21日(金)公開

<STORY>
愛知県平井市在住の女子大生が、度重なるストーカー被害の末に、神社の長男に殺害された。地元新聞の独占スクープ記事により、警察が女子大生からの被害届の受理を先延ばしにし、その間に慰安旅行に行っていたことが明らかになる。県警広報広聴課の森口泉は、親友の新聞記者・津村千佳が約束を破って記事にしたと疑い、身の潔白を証明しようとした千佳は、1週間後に変死体で発見される。自分が疑わなければ、千佳は殺されずに済んだのに…。自責と後悔の念に突き動かされた泉は、自らの手で千佳を殺した犯人を捕まえることを誓う。

<STAFF&CAST>
原作:柚月裕子「朽ちないサクラ」(徳間文庫)
監督: 原廣利
脚本: 我人祥太、山田能龍 
出演: 杉咲花、萩原利久、森田想、坂東巳之助、駿河太郎、遠藤雄弥、和田聰宏、藤田朋子、豊原功補、安田顕 
配給:カルチュア・パブリッシャーズ 
© 2024 映画「朽ちないサクラ」製作委員会

朽ちないサクラ

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