キスマイ藤ヶ谷、グループとして活動する中で“特に難しかった”こととは?「捨ててきたものと…」

キスマイ藤ヶ谷、グループとして活動する中で“特に難しかった”こととは?「捨ててきたものと…」

6月18日、元A.B.C-Zの河合郁人が自身のYouTubeチャンネル『かわいたちチャンネル~Purple Rain~』を更新。ゲストとして登場したKis-My-Ft2・藤ヶ谷太輔が、過去に経験した“メンバー格差”について語った。

今回の動画では、同い年の河合と藤ヶ谷がさまざまなトークを展開。この中で、藤ヶ谷は自身が24歳でデビューしたことに触れつつ、「30(歳)までは覚えてもらうためにもカッコつけのキャラクターやろうと思って。30(歳)までは、やりきったつもり」と振り返った。

その上で、「特に難しかったのは」と前置きすると、派生ユニット“舞祭組”としても活動していた横尾渉・宮田俊哉・二階堂高嗣・千賀健永について、「『おまえら衣装暗いな!前の3人と違うな』みたいななった時に(舞祭組の)4人は『ちょっと、ちょっと!』それと対比で(他の)3人はスンとしてるのがグループのバランスだっていうんで」と、当時のグループ内の役割分担について語った。

その一方で、そうした振る舞いをする自身に感じの悪さがあったとしながらも、「例えば俺も前の列で『それ言わないであげてくださいよ!』って言うと、構図がわけ分かんなくなっちゃう」「だから俺はずっと、4人が『ちょっと、ちょっと!』とか言ってる時に、自分の中で“俺はもう、絶世の美男子だ。絶世の美男子だ”ってずっと言い続けてたもん。俺は絶対そっちに参加してはいけないし」と、自身の役割を貫き続けていたと説明。

さらに、「きっと4には4の生まれたものとか、知ってもらえた4の良さももちろんあるけど、捨ててきたものもあるし」「前3人は3人で、やっぱ捨ててきたものと、でもそれで得るものもあったし。だからグループってすっげえ面白いなと思うんですよ」と語っていた。

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