『朽ちないサクラ』原廣利監督 現場だからこそ生まれるものがある【Director’s Interview Vol.415】

つい先日、伝説の刑事ドラマ『帰ってきた あぶない刑事』の映画版が公開されたが、現代風にアップデートされた見事なエンタメ作品となっていた。同じく警察を舞台にした映画ながら、本作『朽ちないサクラ』は骨太なミステリードラマとして仕上がっている。驚くべきはこの2本を同じ監督が手がけているということ。前者はアクションコメディの趣のある作品で、後者は人間ドラマにフォーカスしたミステリー。当然アプローチは違えども、どちらも映画的面白さを追求している点では共通している。手がけたのはBABEL LABEL所属の注目株・原廣利監督だ。

奇しくもこの2本が続けて公開する形となった原監督は、如何にして『朽ちないサクラ』を作り上げたのか。話を伺った。

『朽ちないサクラ』あらすじ

「疑いは絶対に晴らすから」そう言って立ち去った親友は、一週間後に変死体で発見された――。愛知県平井市在住の女子大生が、度重なるストーカー被害の末に、神社の長男に殺害された。地元新聞の独占スクープ記事により、警察が女子大生からの被害届の受理を先延ばしにし、その間に慰安旅行に行っていたことが明らかになる。県警広報広聴課の森口泉(杉咲花)は、親友の新聞記者・津村千佳(森田想)が約束を破って記事にしたと疑い、身の潔白を証明しようとした千佳は、1週間後に変死体で発見される。自分が疑わなければ、千佳は殺されずに済んだのにーー。自責と後悔の念に突き動かされた泉は、自らの手で千佳を殺した犯人を捕まえることを誓う。そしてストーカー殺人と警察の不祥事に、かつて大事件を起こしたカルト宗教団体が絡んでいることを知り......。

警察を舞台にした全く違う二つの映画


Q:『帰ってきた あぶない刑事』と続けての公開となりましたが、制作時期などは離れていたのでしょうか。

原:公開が重なったのは本当に偶然ですね。オファーの順番は、まず『帰ってきた あぶない刑事』で声をかけていただき、その後すぐに『朽ちないサクラ』の話をいただきました。撮影も『帰ってきた あぶない刑事』が先で、次に『朽ちないサクラ』の順番でしたが、『帰ってきた あぶない刑事』の方は神戸の埠頭で撮影していたんですが、寒波の影響で急遽船が入ってきてしまうというトラブルがあって一旦撮影が中断したんです。結果として、その合間に『朽ちないサクラ』を撮った形となりました。

『朽ちないサクラ』©2024 映画「朽ちないサクラ」製作委員会

Q:気持ちの切り替えが大変そうですね。

原:そこは意外とすんなり出来ましたね。全く違う内容だったので、使う脳みそも全く違う。思い切って切り替えられました。『帰ってきた あぶない刑事』で出来なかったことを『朽ちないサクラ』でトライしてみるような、違う楽しみ方もありました。

Q:内容やテーマは全然違いますが、警察モノという大きな共通点がありました。そこで意識したことはありますか。

原:違いを出すことは意識しました。『帰ってきた あぶない刑事』はエンタメ全開で、笑いでも何でもありで思い切り自由にやっていました。一方で『朽ちないサクラ』の方は、リアリティが重視されて、骨太のサスペンスミステリーにする必要があった。取材もしっかりと行いましたし、いろんな事実を知った上で少し崩しつつも、リアリティがあるように心がけていました。

バックショットに込めたもの


Q:脚本としてはクレジットされていませんが、脚本作りには携わられているのでしょうか。

原:基本的に携わっています。僕自身は書きませんが、初稿が上がってから決定稿まで、脚本打合せには毎回参加していました。

Q:原作を脚本化するにあたり、何かリクエストは出されましたか。

原:脚本に関してはそこまでリクエストは出しませんでしたが、『朽ちないサクラ』というタイトル通り“桜”を印象的に見せたかったので、その時期に合わせた撮影を希望しました。原作では桜の描写がほぼ無かったのですが、映像ではしっかりと見せていきたかった。そこはすごく気にしたところですね。

『朽ちないサクラ』©2024 映画「朽ちないサクラ」製作委員会

Q:撮影監督もやっていた原監督らしく、カメラワークやアングルにこだわりを感じました。いつも画コンテなどを作られているのでしょうか。

原:コンテはまったく描きません。絵が下手なので(笑)。『帰ってきた あぶない刑事』は佐藤匡さんというカメラマンにお願いしたのですが、彼と僕は日本大学藝術学部で一緒に映画を作っていた同級生なんです。お互いプロになってからも一緒にやっていて、すごくコミュニケーションが取れる相手。僕らは1シーンに対して引き画を撮って、寄り画を撮ることが多いのですが、ほぼそれしか言いませんね。あとは言っても「ここでトラックインしたい」くらい。カメラマンの気持ちでやって欲しいので、結構お任せしています。そういう信頼している人にお願いすることが多いので、あまり細かいことはいつも言っていません。

『朽ちないサクラ』の撮影は橋本篤志さんにお願いしました。彼とは「RISKY」(21 TV)という深夜ドラマで初めてご一緒しました。彼のこれまでの作品を観て「すごくいい画を撮る人だな」と、お声がけさせてもらったのですが、想像通りとても良かった。そこからまた「真夜中にハロー!」(22 TV)という、ハロー!プロジェクトの歌を題材にした、PVと物語とリンクさせる形のドラマもお願いしたのですが、それもまた良かった。「次は映画を一緒にやりたいですね」と言っていて、今回お願いすることが出来ました。

Q:人物を背中から捉えたショットが度々出てきて印象的ですが、何か込めたものはありますか。

原:バックショットって表情が見えないから、人物が何を考えているか分からない。だからこそ背中で感情を語ることが出来る。それを各人物に多用していくことで、この『朽ちないサクラ』の見えない怖さや、不穏な感じを出したかったんです。普段からバックショットは結構使うのですが、今回はより多用しました。観客から表情は見えないけれど「この人物はこう考えているのではないか」という、誘導になればいいなと。そこはすごく意識したところです。

現場だからこそ生まれるものがある


Q:杉咲花さん演じる森口泉は、友人の死という大きな葛藤を抱えながらも、直接的にはそれを表には出さない難しい役柄だったと思います。演出するにあたり杉咲さんとはどんなことを話されましたか。

原:沸々とした気持ちがありつつも、それを表面に出さないというのはすごく難しいですよね。杉咲さん自身からも、「あまり感情を見せなくていいのではないか」という提案がありました。僕からは「こう演じてほしい」とは特に言っていません。本読みもあまり好きじゃないので、本読みもしませんでしたね。

Q:監督も役者さんも、事前に本読みをしたい方と、現場でいきなりやりたい方で、考え方が分かれるみたいですね。

原:僕は本読みがダメなんですよね。ただの確認作業になっちゃうんです。現場でやるからこそ思ってもいないことが生まれたりする。そこが良さだと思っています。結局現場では何度も撮りますしね(笑)。でもそれは待っている部分があるんです。芝居のアプローチがどう変わるのか、言って良くなることもあれば言わなくて良くなることもある。いつもそれを待っていますね。

『朽ちないサクラ』©2024 映画「朽ちないサクラ」製作委員会

Q:安田顕さん演じる富樫と豊原功補さん演じる梶山の抑制の効いたコントラストが非常に見応えがありました。2人の存在は作品にリアリティと説得力を与えていたと思いますが、どのような演出をされましたか。

原:安田さんは脚本をすごく読み込まれてくる方でした。「こう思うんですけど、監督どうですか?」とちゃんと聞いてくださるので、それに対して僕の考えは伝えつつも、基本的には安田さんの意見を生かそうと思っていました。ディスカッションを重ねながらも「伸び伸びやってください」とお願いしました。安田さんは芝居にブレがなくて自分の芯をしっかり持っている方ですが、僕がリクエストするとそれに合わせて全然芝居を変えてくる。すごく頼りになりました。

豊原さんには、ほぼ何も言っていません(笑)。豊原さんからも「監督!なんでも言ってね!」と毎回言われましたが、「そのままで大丈夫です!」といつも返していました。本当にイメージにピッタリだったんです。物語の裏では梶山の視点で話が動いていくこともあり、豊原さんはこの役をすごく楽しんでやってくれていました。最初は見た目が怖いなと思っていたのですが(笑)、すごく気さくで優しい方でしたね。

目指すは『キック・アス』


Q:今回出演されている豊原功補さんや駿河太郎さんなどは、藤井道人監督の『ヤクザと家族 The Family』(21)にも出演されています。同じBABEL LABEL所属の藤井監督からは、アドバイスなどはありましたか

原:まさに『ヤクザと家族 The Family』の豊原さんがすごく怖かったので、「豊原さんってどんな方?」って聞きました(笑)。作品の情報共有は普段からしているので、役者さんの前情報などはよく聞いています。「豊原さん、すごくいい人だよ」と言ってくれました(笑)。

Q:映画全般についてのアドバイスありましたか。

原:そうですね。脚本や仮編集は見せていて、アドバイスをもらうこともありますし、それを反映することもあります。そこは結構風通しが良いですね。作品に関わっていない全然違う視点からの意見をもらえるのは、良いことだなと。

『朽ちないサクラ』©2024 映画「朽ちないサクラ」製作委員会

Q:影響を受けた監督や好きな映画を教えてください。

原:マシュー・ヴォーン監督の『キック・アス』(10)です。2ではなくて、1が超好きですね。音楽センスもアクションセンスも演出も芝居も全部素晴らしい。日本で公開された当初は、確か都内でも1〜2館くらいしかやってなくて、最初は満席で入れなかった。それで次の回でやっと観ることが出来たのですが、満席で立ち見が出るほどでした。それで大勢の観客と一緒に観ていると、皆同じところで爆笑するんです。本当に映画館が揺れるぐらいに爆笑していて、プレスリーの曲が流れて来るシーンでは、みんな手を叩いて笑っていました。映画館を出るときに「すごい体験をしたな…」と思ってしまいました。

僕が目指す映画ってまさにこれなんです。映画館の扉を出る瞬間に、「本当に面白い映画を観たな〜」と思ってもらえればそれでいい。そういう映画を作りたいですね。もちろん「ああだったんじゃないか、こうだったんじゃないか」と観た後で考察するような映画も素晴らしいと思います。でも僕は娯楽として「気持ち良かった」と思ってもらえればそれでいい。そういう意味では、僕にとっては『キック・アス』がドンピシャの映画なんです。

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監督:原廣利

2011年BABEL LABEL加入。ドラマ『日本ボロ宿紀行』(19/TX)では監督に加え撮影監督を務める。以降、『八月は夜のバッティングセンターで。』(21/TX)、『真夜中にハロー!』(22/TX)『ウツボラ』(23/WOWOW)などを演出。『帰ってきた あぶない刑事』(2024年5月24日〜)公開中。

取材・文: 香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

撮影:青木一成

『朽ちないサクラ』

6月21日(金)TOHO シネマズ日比谷ほか全国公開

配給:カルチュア・パブリッシャーズ

©2024 映画「朽ちないサクラ」製作委員会

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