『虎に翼』“猪爪家の大黒柱”石田ゆり子との別れ 道男との関わりは寅子の礎となる経験に

『虎に翼』(NHK総合)第59話で、猪爪家の大黒柱はる(石田ゆり子)が表舞台を去った。

庭先で倒れたはるは、医者から「夜を越せるかどうかわからない」と告げられる。枕元に集まった家族に、はるは「何にも悔いはない」と言いかけて口をつぐんだ。憂いを帯びた表情のはるは、道男(和田庵)のことを心配していた。

道男は轟(戸塚純貴)の事務所にいた。寅子を目にするや否や、道男は扉の向こうに隠れてしまう。ドアを隔てた会話で、道男は大人への不信感を口にする。酒浸りで暴力を振るう父親と夫に従順な母親を見て育った道男は、幼い頃から邪魔者扱いされ、寂しさを募らせてきた。その両親とは空襲で離ればなれになり、天涯孤独の身となった。

「あんたら大人は都合が悪くなると俺から逃げたり捨てたりするんだよ。だから一人でいる方がマシなんだよ」

寅子が返した答えは「誰でも失敗はするの。でもまっとうな大人は一度や二度の失敗で子どもの手を離さないの」。寅子は必死だ。理路整然と法律の条文を引くのではなく、率直に思いを打ち明けた。なんとしても道男を連れて帰る。道男からすれば、勝手な言い分である。その場の勢いで引き取ったくせに、都合が悪くなると投げ出す。いなくなったらなったで、親が危篤だからと連れ帰りに来る。自分は逃げたわけじゃないのだと。

それでも道男が猪爪家を再訪したのは、はるにしてもらったことを覚えていたからだろう。はるの優しさと寅子の必死さが道男の心を動かした。表面だけ取り繕う大人と違って、寅子は「はるのため」という一心で正面からぶつかってきた。少なくともそこに嘘はなかった。帰ってきた道男をはるは抱きしめる。はるは道男が抱えている寂しさをなんとかしたかったのだと思う。道男に直道(上川周作)を重ねていたはるが「してあげたかったこと」は、帰らぬ人となった長男への心残りでもあったはずだ。

はるは道男を対等な人間として扱った。一人になってしまうかは「道男次第」と諭した。道男との触れ合いは、寅子にとっても意味がある。これまでの寅子は、どこか少女時代の延長だった節がある。はるがいたおかげで子どもでいられたが、母となり、道男たちと接したことは寅子に大人の自覚を促したのではないだろうか。家庭裁判所で多くの少年少女とかかわる寅子の原点となるエピソードだった。

はるの死は、妻が夫を支えて家の中を仕切る家族の終わりを象徴している。はるが守りたい家族はすでに記憶の中のものだった。共亜事件で直言(岡部たかし)の窮地を救い、猪爪家の全てを記した日記は、はるの死とともにこの世から永久に失われる。はるは日記の中身を見られるのが「恥ずかしいです」と言うが、猪爪家の嫁として後始末をしたと思われる。なお、直言の空気を読まない暴露話に続いて、今際の際におけるはるの寅子への小言(「『地獄だ。やめろ』って言っても、好き勝手に飛び回ってたのはあなたじゃないの」)は不謹慎と思いつつ笑ってしまった。猪爪家の親子関係は最期まで良好だった。
(文=石河コウヘイ)

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