AIが書いた長編映画の初上映が中止に。告知の映画館に200件以上の苦情

Image:The Last Screenwriter

英ロンドンのソーホー地区にある映画館「Prince Charles Cinema」は、完全に人工知能(AI)を使って脚本が書かれた映画『The Last Screenwriter』の、世界初となるはずだった上映を中止すると発表した。理由は、この上映に関して200件を超える苦情が寄せられたためとのこと。

16日に行われるはずだった上映を告知するXへの投稿(すでに削除)には、脚本家やその他映画業界に関わる人物らが批判する内容の返信をぶら下げていた。

本作を監督したスイス人映画監督のピーター・ルイージ氏は、映画館が最初に上映を告知したXの投稿に、その日のうちに40件の批判が寄せられ、翌日にはさらに160件の苦情が押し寄せたと伝えられたと述べ「そんなことになるとはまったく考えていなかった」と驚きを隠していない。

『The Last Screenwriter』は、売れっ子脚本家がAIを搭載した脚本執筆システムを使って映画を製作するという体験を描くというあらすじの作品だ。ルイージ氏は、この映画の出発点は単純で、ふとAIで脚本を生成するアイデアを思いつきChatGPTに「脚本家が、自分の脚本が人工知能より劣っていることに気づく長編映画のプロットを書いて」と入力してみたのが発端だったという。さらに、できあがったプロットの登場人物の名前や、アウトラインの作成、場面設定などを次々とChatGPTに考えさせ、無駄なものを省いて映画としての輪郭を整えていった。

ルイージ氏は「『人間対機械』のような映画はこれまでたくさん作られてきた。いずれの作品も人間が創作したものだったが、『The Last Screenwriter』は人間ではなくAIが創作した初めての映画だ」と述べた。

また「AIが書いた映画はどれほど優れたものになり得るか」という疑問に対する答えを得たかったとし、その結果できあがった脚本について「その素晴らしさに驚いた」「それはほとんど信じられないほどのものだった」としている。

とはいえ、この作品を表に出すには、いまは非常にデリケートな時期であることも理解していたとルイージ氏は言う。

昨年、全米脚本家組合(WGA)は、急速に進歩するAIが突如として自分たちの職を奪う可能性を伴ってきたことに危機感を覚え、業界(全米テレビ映画制作者協会:AMPTP)に対してAI技術の進展に対する脚本家らの権利の確保を求めて長期にわたるストライキを起こした。AMPTPには、やはりAIを使用したディープフェイクの問題に対する危機感を抱えた俳優組合、米テレビ・ラジオ芸術家連盟(SAG-AFTRA)もストライキを起こした。

ただ、ルイージ氏は『The Last Screenwriter』について人々は誤解していると述べている。業界人らは「AIによって脚本が書かれた初めての映画作品」と聞いて「条件反射的に怒りをわれわれに向けてくる」ものの「この映画は『映画はこうあるべき』などとはまったく言っていないと思う」とした。

そして、『The Last Screenwriter』は7月11日に無料で全編を公開し、ChatGPTがこの長編映画をどのように書いたかを詳細に示す資料、さらに脚本そのものをダウンロード可能にする予定であり「脚本家たちがそれを観て、制作過程やこの映画を作った理由について読んでくれれば、彼らが私やこの映画の製作チームを非難するとは思えない。私も脚本家の一員だから」とした。

もし、脚本だけでなく映画製作のすべてをこなすAIが出てきて、「映画を作って」と言えばポンと完成された映画作品が出力されるようなことにでもなれば、話は異なるだろう。「それは間違いなく脅威になると私も感じている」とルイージ氏も認めている。ただ、だからといってAIを排除することを期待するのではなく、もう「それはここにあり、これからも存在し続ける」のだから、「われわれはただ、それに対処していくだけだ。いくら望んでも無視はできない」と述べた。

なお、この映画は脚本に関してはすべてAIで作成されたが、それ以外の部分は人間が製作に携わっている。俳優が演じ、カメラクルーが撮影し、編集や音響なども従来どおりその道のプロたちが行っている。そして、この作品からは誰も利益を得ないとのことだ。

© 株式会社 音元出版