日本の伝統工芸から探る、エシカルなものづくりのヒントとは

左から上保氏、石上氏、生駒氏、細尾氏

Day2 ブレイクアウト

職人の技と精魂が込もった日本の伝統工芸に国内外から注目が集まる中、マーケットの縮小や後継者不足などを背景に、伝統の技法や産業それ自体をどう持続可能なものとしていくかが大きな課題となっている。他方で、長く紡がれてきた歴史や工芸の素材などには、「エシカルなものづくり」のヒントが詰まっている。地域に根を張り、伝統の継承とイノベーションに挑戦する3氏が登壇した本セッションからは、日本の伝統工芸が持つ「強み」や「可能性」が浮かび上がった。(眞崎裕史)

ファシリテーター
生駒芳子・ファッション・ジャーナリスト/アート・プロデューサー/日本エシカル推進協議会 会長/文化庁 文化審議会 文化経済部会 臨時委員
パネリスト
石上賢・丹青社 B-OWND室 室長/B-OWNDプロデューサー
上保大輔・貝印 取締役上席執行役員 サステナビリティ推進・研究開発管掌
細尾真孝・細尾 代表取締役社長

100年後も刃物のまち関市の貝印でありたい――上保氏

総合刃物メーカーの貝印は、「刃物のまち」、岐阜県関市で創業し、一つずつ用途に耳を傾けてものづくりを行う「野鍛冶(のかじ)の精神」を社是としている。上保大輔氏によると、関市の刃物づくりの起源は鎌倉時代とされており、現在も10人の刀匠が現役だ。一方、工業化で成長を続けてきた貝印だが、「振り返ると伝統からはかけ離れてしまっていた」と上保氏。刃物産業が衰退し、「『刃物のまち』として永続できないかもしれない」と気付いたという。

地域の伝統産業や技能、文化をどう継承するか。貝印は2022年、「100年後も刃物のまち関市の貝印でありたい」と社内で意思統一し、地域での分業体制を維持し、伝統継承と進化を組み合わせるための取り組みを始めた。具体的には「価格ではなく国内の取引先を優先した調達」を行うほか、地元の岐阜大学に「刃物学」という学域を設置し、2025年から学生を募集するという。

西陣織は1200年にわたって美を追求するバトンが渡され続けている――細尾氏

細尾は元禄元年(1688年)から織物業を営む、京都・西陣織の老舗。細尾真孝氏によると、西陣織は約1200年の歴史があるが、ここ30〜40年の間にマーケットが10分の1に縮小したという。そこで新しいマーケットに展開するための挑戦として、2010年に、世界で初めて150センチ幅の素材が織れる織機を開発した。それ以降、西陣織はニューヨークのディオールの店舗やラグジュアリーホテル、さらにはパリのメンズコレクションで採用されるなど、素材としての可能性を展開。細尾氏は「西陣織は常に時代に合わせて挑戦し続けている」と強調し、伝統的な着物を作り続けるのと同時に、革新していく大切さを訴えた。

ものづくりにおいて、「工芸」と「工業」の違いはどこにあるのか。細尾氏は工芸的なものづくりは「非常に手間暇がかかる」とした上で、「素材の持ち味を生かしながら、職人の技能によってその価値を最大化していく。そうやって作られたものが、時間が経っても経年劣化ではなく、むしろ『経年美化』していく。長いスパンで見た時、工芸的なものづくりは未来への投資の一つではないか」と指摘。ファシリテーターの生駒芳子氏が「日本の伝統工芸の強みはどこか」と水を向けると、細尾氏は「今まで続いてきていること。西陣織も1200年にわたって、美を追求するバトンが渡され続けている」と答え、視点を歴史に移した。

続けて「未来を考えることは、過去をさかのぼる作業でもある。西陣織は1200年、織物は9000年の歴史があるとも言われている。布を通して、人と環境との関わりや、自然との関わりを考えるきっかけにもなる」と提起。その上で、植物の根から抽出した染料が薬としても使われていた歴史を紹介し、「美しいものと健康がイコールだった。美と健康、サステナブルな状況が江戸以前はしっかり循環していた」と力説した。これに対し生駒氏は「日本社会のエシカルやサステナブルを考える上で、非常に大きなヒントになる」と応じた。

工芸の評価基準を日本から輸出し、それ自体の産業化を――石上氏

商業・文化施設などの空間づくりを行う丹青社は、アートとして工芸作品を販売するプラットフォーム「B-OWND」を2019年に立ち上げた。プロデューサーの石上賢氏は「工芸は日本の美の象徴」と述べ、工芸の可能性に言及。ブロックチェーンを活用してデジタル証明書を発行し、作品の真正性の証明だけでなく、作品誕生前後のストーリーを可視化することで付加価値を付けている。作家には、二次流通の際に取引代金の一部を還元する仕組みをつくったという。ホテルや百貨店で作品の展示販売なども行い、「圧倒的に多い」20〜30代の客をターゲットに、新しいコレクター層を開拓。30人ほどの作家が所属し、米国を中心にアートギャラリーなどのイベントも展開している。

海外の展示会にも参加する中で、石上氏は「世界のどこにもない精神性」を日本伝統のものづくりに感じたという。「ドール」と「人形」の違いを引き合いに、日本の工芸作家は「やおよろずの神」などを基に創作しており、作品に精神性が宿っている、と説明。「お天道様が見ているから」と、裏地など目に見えない部分にもこだわったものづくりが、日本の強みだと分析した。

一方で課題もあるという。一つは「大谷翔平がいない」こと。つまり「(業界の)トップが付加価値の一番を決めるが、スーパースターがいないので付加価値が(十分に)出ない。(伝統工芸が)憧れの対象にもならない」と説明した。もう一つが「価値基準や評価基準を海外に受け渡していること」と述べ、欧米のルールが世界基準となっている現状に「工芸に関しては評価基準を日本から輸出して、それ自体を輸出産業化しないと負けてしまう」と危機感を募らせた。

日本には豊かな自然と共生してきた歴史がある――生駒氏

セッションの最後に、会場から「伝統的な産業や文化を未来につないでいくために、超えないといけない壁は何か」との質問があった。これに対して細尾氏は、産業革命以降の大量生産・大量消費の歴史を引きながら「工芸を通して、人間への尊厳と自然への敬意が生まれてくる。工芸的な社会になることで、多くのものが良い方向に向かうのではないか」と答え、伝統工芸が持つ可能性に期待を寄せた。

日本エシカル推進協議会の会長も務める生駒氏は「日本には豊かな自然と共生してきた歴史がある。そこから紡いできた本質的にエシカルでサステナブルな日本人の精神性みたいなものに基づいて、日本側からエシカルやサステナブルを発信していける、と強く思った」と感想を述べ、セッションを締めくくった。後継者不足などとかく課題に目が行きがちな伝統工芸だが、エシカルなものづくりに注目が集まる今、その先進性に再びスポットが当てられるべきだろう。

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