【コラム細田悦弘の新スクール】 第10回 プラチナ企業とサステナブル・ブランディング

「モーレツからビューティフルへ」という企業広告が高度経済成長期に一世風靡(ふうび)しました。売上倍増、業界シェアNO.1などの貼紙を掲げた『モーレツ企業』が脚光を浴びた時代です。昼夜問わず働くモーレツ社員にとって、自社の成長は働きがいにもつながりました。こうした昭和的発想が世につれ変容し、働きやすさを尊重する『ホワイト企業』に脚光が当たってきました。それがここにきて、『プラチナ企業』への進化が求められているようです。

「モーレツからビューティフルへ」から「プラチナへ」

「高度成長期」から「安定成長期」へ移行する1970年に、「モーレツからビューティフルへ」という広告コピーの名作が生まれました。規模の経済を追求した時代ならではの「大きいことはいいことだ」というCMも人気を博しました。こうした現象は、高度成長期の「猛烈主義」の象徴でした。あれから半世紀、ここに来て「モーレツからプラチナへ」というコンセプトが現れました。前者は、高度成長期の経済全体を象徴するメッセージでしたが、後者は現代における『企業のあり方』を表現しています。

その一つの例をお示ししましょう。このほど日本経済新聞が調査に基づき、『働きやすさ』と『働きがい』の2軸によって企業を分類しました。

調査は、国内最大級の会社情報の口コミサイトにある社員らの投稿から、上場企業約2300社の労働環境と業績を分析したもので、投稿は協力先の調査会社が企業ごとに人工知能(AI)で数値化したということです(日本経済新聞 2024年5月7日掲載)。

それによりますと、
働きやすさは高いが、働きがいは低い企業を「ホワイト」、
逆に働きやすさは低いが、働きがいは高い企業を「モーレツ」、
両方とも高い企業を「プラチナ」、
そして、両方とも低い企業を「ブラック」と類型化し、業績との連動などを分析した結果、浮き彫りになったのは、社員の働きがいを高めることの重要性でした。

業績との相関をみると、働きやすいホワイト企業よりも働きがいのあるモーレツ企業の伸びが大きく、PBR(株価純資産倍率)も同2.5倍と、ホワイトの2.3倍より高いことが分かりました。そしてプラチナはさらに上回り、売上高の増加率もPBRも凌駕しました。社員が働きがいを実感し、やる気が高まると生産性が上がり、業績も向上することが明らかになったのです。

プラチナ企業になるために

「♪24時間、戦えますか?」というキャッチフレーズで80年代後半に放映されたCMは、当時の企業戦士の意気込みを体現しており、その必須アイテムとしての栄養ドリンクの訴求でした。この頃は、愛社精神、忠誠心、滅私奉公などの言葉がもてはやされ、サラリーマンの美徳とされた時代ともいえます。ただ、企業は成長したかもしれませんが、ともすると個人や家庭がないがしろにされたきらいもありました。

とはいえ、そもそも『社員を大切にする』という考え方は有力な日本企業は創業時から伝統的に備えており、雇用の保障や福利厚生の充実という形で報いてきました。しかし、いま大きく変容しているのは、従業員としての『労働条件の満足(働きやすさ)』から一歩踏み込んで、『仕事への充足感(働きがい)』を満たすことで、企業の業績だけでなく社員のウェルビーイングの向上を図るという観点です。つまり、『個人のウェルビーイング』と『会社のパーパス』をしっかりとつなぎ合わせてマネジメントしようとする点にあります。

すなわち、従業員の目指す姿や価値観と会社の目標達成の方向を一致させ、意欲的に仕事に打ち込んでもらい、創造性や生産性が高まるよう促すことが要諦です。従業員がパーパスに共感して自社に誇りを持てば、イキに感じて自律的に職務を担い、会社の成長と従業員の自己実現がシンクロします。とりわけ「人的資本経営」が注目される中、リクルーティングの観点からも、いかに優秀な人材を確保したり育成したりできるかが、ますます企業競争力を大きく左右するようになっています。自社の将来を担う有為(ゆうい)な学生から選ばれるためには、パーパス(社会的存在意義)をしっかりと掲げ、「この指、とまれ!」と就活学生に自信を持って呼びかけることが大事です。パーパスへの共感(個々の志と会社の目指すところの同期化)を獲得できるかが決め手となります。就活学生は、明日の企業の命運を握る「人的資本」なのです。

持続的成長・中長期的な企業価値向上が強く求められる今日、それを成し遂げるには、従業員が高いエンゲージメントのもと、時代の変化への感性を研ぎ澄まし、自律的・主体的に想像力(Imagination)や創造力(Creativity)等の能力を存分に発揮してもらうことが第一義です。『働きやすさ』と『働きがい』によって高められる人的資本は『無形資産』であり、競争優位の源泉となります。

選び、選ばれる関係へ

企業ブランドの担い手は、一人一人の従業員です。そして、その(企業)ブランドを選ぶのも従業員です。かつては、企業側は雇用と安定を保証し、社員には『身内意識』で接していました。異動や転勤等、企業都合で社員を動かすのは常識であり、『忠誠心』を求める風土も散見されました。社員側も、企業に生活とキャリアを委ね、依存する傾向があり、 就職より『就社』という終身雇用を前提とした帰属意識でした。社内では家族意識が醸成され、日常的に『うちの会社』と自社を称していました。

それが今日においては、社員は身内ではなく、『ステークホルダー』という認識が基調となりました。社員に『忠誠心』を一方的に求めることは不可能です。企業側は社員に働きがいと成長機会を提供することにより、『ロイヤルティー』を獲得する姿勢が重視されるようになりました。社員側は、自身の価値観とキャリアプランに基づき、働き先を選択するようになり、企業のパーパスと自己実現との擦り合わせによって、自律的に仕事の成果やキャリアの実現を希求するメンタリティ(気質)となっています。社員の前向きな気持ちを後押しするために、企業としてのエンゲージメント向上施策は不可欠です。

企業と従業員は対等であり、選び・選ばれる関係となりました。従業員を含むステークホルダーから、『選ばれ続ける会社』であるための戦略メソッドが「サステナブル・ブランディング」です。

細田 悦弘  (ほそだ・えつひろ)

公益社団法人 日本マーケティング協会 「サステナブル・ブランディング講座」 講師
一般社団法人日本能率協会 主任講師

1982年 中央大学法学部卒業後、キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン) 入社。営業からマーケティング部門を経て、宣伝部及びブランドマネジメントを担当後、CSR推進部長を経験。現在は、企業や教育・研修機関等での講演・講義と共に、企業ブランディングやサステナビリティ分野のコンサルティングに携わる。ブランドやサステナビリティに関する社内啓発活動や社内外でのセミナー講師の実績豊富。 聴き手の心に響く、楽しく奥深い「細田語録」を持ち味とし、理論や実践手法のわかりやすい解説・指導法に定評がある。

Sustainable Brands Japan(SB-J) コラムニスト、経営品質協議会認定セルフアセッサー、一般社団法人日本能率協会「新しい経営のあり方研究会」メンバー、土木学会「土木広報大賞」 選定委員。社内外のブランディング・CSR・サステナビリティのセミナー講師の実績多数。

◎専門分野:サステナビリティ、ブランディング、コミュニケーション、メディア史

◎著書 等: 「選ばれ続ける会社とは―サステナビリティ時代の企業ブランディング」(産業編集センター刊)、「企業ブランディングを実現するCSR」(産業編集センター刊)共著、公益社団法人日本監査役協会「月刊監査役」(2023年8月号) / 東洋経済・臨時増刊「CSR特集」(2008.2.20号)、一般社団法人日本能率協会「JMAマネジメント」(2013.10月号) / (2021.4月号)、環境会議「CSRコミュニケーション」(2010年秋号)、東洋経済・就職情報誌「GOTO」(2010年度版)、日経ブランディング(2006年12月号) 、 一般社団法人企業研究会「Business Research」(2019年7/8月号)、ウェブサイト「Sustainable Brands Japan」:連載コラム(2016.6~)など。

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