旅行ブームに沸くインド 地方の小規模ホテルでサステナブルな取り組みが進む

Image credit: Bagh Villas

インドの主要都市ではこれまで大手ホテルの建設が進められてきた。一方、あまり知られていない地域では、美しい自然を紹介するだけではなく、環境や地域コミュニティの発展に配慮したブティックホテルやホテルチェーンが誕生している。サステナブル・ツーリズム専門のライター、ジョアンナ・ホーゲン(Rooted)がインドの地方都市にあるブティックホテルの取り組みを紹介する。(翻訳・編集=小松はるか)

「自分たちでジャムを作ればいいんじゃないかな」

のんびりした朝食の時間に、鳥のさえずりを聞きながらコーヒーをすすっていると、アキレシュ・ナイル氏はそう言って、「ガラス瓶も再利用できるしね」と続けた。

彼はさりげなく、まるで温暖な気候について話すかのようにそう言った。しかし、バーグ・ヴィラの運営責任者であるナイル氏は常に、ヴィラをより特別でサステナブルにするための次のステップや新しいプロジェクトについて考えをめぐらせている。(ナイル氏はインドの環境・森林省で働いていたこともあり、野生動物について幅広い知識を持っている。)

Image credit: Bagh Villas

バーグ・ヴィラはインドのマディヤ・プラデーシュ州にある。かつて不毛の地だった15エーカーの敷地には現在、数千本の木々や数十のシロアリヅカが密集する。私の滞在中、ナイル氏はソーラーパネルや最新の取水設備、受付にある省エネエアコンなど環境に配慮した取り組みを紹介してくれた。2つの人造湖には140種を超える鳥たちが飛来し、湖の地下水面は過去10年間で大幅に上がっているという。

ヴィラの特徴の一つが菜園。レタスやナス、豆、バジルなど数十種類の作物が育ち、70羽の鶏が卵を産む。来年には、道路を渡った先にある現在の菜園の10倍の広さの土地が同施設の一部になる予定だ。ナイル氏は乳牛を購入し、ヴィラのオリジナル牛乳を提供する計画を立てている。「自らが何を食べ、食べ物がどこから来ているのかを知ることは非常に重要なことです」と米SBの取材に対して話した。

カンハ・タイガー保護区の端にあり、10棟のテント式宿泊施設からなるバーグ・ヴィラは小規模な宿泊施設かもしれないが、ヴィラが環境や地域にもたらすプラスの影響は特筆すべきものだ。インドの観光産業の著しい成長を考えると、その取り組みは今まで以上に重要なものかもしれない。

メディア『Skift』によると、インドの観光業界は2024年から2028年にかけて年間9.6%成長すると予測されている。2023年の収益の大部分はホテルによるものだった。インドでは2023年1月から9月にかけて131のホテルが全国で開業し、今後も増えていく見込みだ。ラディソン・ホテル・グループは21軒、マリオットは12軒、ハイアットは50軒あるホテルを倍の100軒まで増やすと発表している。

インドの主要観光地はこれまでもホテル建設を誘致してきたが、ホテルブランドはさらにその範囲を(『Skift』の表現を借りると)ティア2、ティア3の地方都市へと広げていっている。そうしたまだあまり知られていない地域では、ブティックホテルが自社の魅力を紹介するだけでなく、環境や地域コミュニティに対して責任を果たす姿勢を示している。

「目の肥えた旅行者たちは小規模の高級ホテルを探しています」とRARE India創設者のショバ・ルドラ氏は言う。RARE Indiaは、インド全土で89の宿泊施設を運営する62社が集まるコミュニティで、バーグ・ヴィラも一員として名を連ねる。(注記:今回のインドへの旅は、BRIDGES というイベントに参加するためにRARE IndiaとImPart Collectiveの支援を受けて実施したもの。)

RARE Indiaに加盟するのは歴史遺産の宮殿、ホームステイのできるブティックホテル、隠れ家のような宿泊施設などで、その多くが家族経営だ。どの宿泊施設も質の高い顧客体験を提供するほかに、環境保全や文化・遺産の保存に取り組み、施設の環境負荷を上回る社会・経済的メリットをもたらす眼識や志のある施設ばかりだ。

ルドラ氏は「RAREに加盟する宿泊施設の多くが人里離れた場所にあります。小規模なホテルはストーリーと共に地域を宣伝しています。『なぜそこに行くのか』という理由なくして、人は旅をしたりするでしょうか?」と話す。

例えば、オリッサ州の築200年のヴィクトリアン様式のベルガディア・パレスでは、ムリナリカ・バンジディオ氏とアクシータ・バンジディオ氏の姉妹が、家族の所有する邸宅を、社会的インパクトをもたらす宿泊施設として運営している。「私たちはツーリズムが持続可能な発展の車輪の一つになると信じています。観光事業は一家族だけのものではなく、コミュニティ全体に利益をもたらすものであるべきです」とアクシータは言う。

ベルガディア・パレスの宿泊費は毎回その一部が地元NGOや地域団体のために役立てられる。姉妹は特に地域の女性たちと連携し、30以上の先住民族が暮らすインドの片隅の文化や歴史を紹介する体験を提供している。「女性たちはこの地域の文化や歴史の守護者であり、彼女たちが自らのストーリーを伝えることは望ましいことです。私たちはその世話役にすぎません」。

インド人と英国人が設立した船会社アッサム・ベンガル・ナビゲーションの取締役事業本部長のニルマーリャ・チャウダリー氏は、宿泊施設と地域との関係の重要さを力説した。「広範囲に点在する小規模宿泊施設の多くが、より多くのコミュニティに恩恵をもたらしています。新しく開業するホテルは小規模で、ローカルデザインを反映し、地域の素材を使い、地域の人が建設するべきです。それによって初めて持続可能な宿泊施設になりうるのです」。

アッサム・ベンガル・ナビゲーションは4隻の川船を運行するほか、カジランガ国立公園の側で12軒のコテージを有するディフュール・リバー・ロッジを運営する。バーグ・ヴィラのように、排水をリサイクルし、有機廃棄物を堆肥化し、オーガニック農場も運営している。スタッフの大半は近くの村人だ。同社の慈善部門であるABN Foundationは、全客室の宿泊費の5%を周辺地域の教育や環境の取り組み、農村の開発を支援するために使っている。

「私たちは大きく成長し過ぎてしまうことを少し心配しています」。チャウダリー氏はそう話しながらも、「人々が幸せである限り、最善を尽くし続けていきたいと思っています」と言う。

その思いにはナイル氏も共感するだろう。今回の旅行中に、私たちはバーグ・ヴィラの奥の方にある、サラノキが影を落とすヨガ・リトリート用の高台でひと休みした。この1年間、彼は施設内の排水処理プラントの建設に注力し、来年の種まきのシーズンに向けて新しい菜園を準備している。

その間、彼の妻でありバーグ・ヴィラ総支配人のリアは、日々の仕事に加え、スタッフの女性たちが古いテントカバーをオンライン販売用のバッグにアップサイクルするのを手伝い、さらに石けんを作り、養蜂を学んでいた。これ以上やれることはないのではないかと思うほど、さまざまな取り組みをしている。

「私は常により良くなるための方法を探しています」とナイル氏は言った。

数日後、ヴィラの未来を感じさせる知らせが届いた。ナイル氏は美しくスタイリングされた食べ物の写真を送ってくれた。そこには「自家製のパイナップルジャムとマーマーレード」とつづられていた。

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