湊かなえ『人間標本』 “親の子殺し”テーマはずっと書いてみたかった 黒いものを詰め込んだイヤミス女王の話題作

ミステリーを中心に人気を集め『告白』や『高校入試』などいくつもの作品が映画やドラマ化されている“湊かなえ作品”。28作目となる最新作『人間標本』はどこから着想を得たのか、考えを明かしてくれた。

“黒いもの”を出し切った『人間標本』

湊かなえさんは2008年『告白』で衝撃デビューを果たし、これまでに本屋大賞や山本周五郎賞など数々の賞を受賞し、デビューから15年で25を超える作品を世に送り出している。その作風は人間のダークな部分を描き、後味の悪さが残るものが多い。

作家・湊かなえさんは、サイン会のため長崎を訪れ、KTNの単独インタビューにこたえてくれた。

テレビ長崎・吉井誠アナウンサー:
作風と本人、全然違いますね。

作家・湊かなえさん:
よく言われるけど、黒いものを作品に全部詰め込んだデガラシの状態になっている。

“黒いものを全部詰め込んだ”という『人間標本』は1年の休止を経て発表された作品だ。

物語は「蝶博士」と呼ばれる大学教授の男性がチョウに魅せられ、息子を含む6人の少年を殺害し人間標本を作製するという手記から始まる。

蝶のように美しい少年たちを標本にしたい。そのような連続殺人犯は、「異常」であっても「特異」ではないはずだ。 (「人間標本」より一部抜粋)

暗い影が覆った作品は湊さんの真骨頂ともいえるだろう。今回の『人間標本』の着想はどこから浮かんだのだろうか。

作家・湊かなえさん:
いつも登場人物表を作るが、今回はチョウの図鑑を見ながら、チョウのオーディションをした。チョウの特徴は人間の特徴にも置き換えられるなと、そんな風にチョウから入っていった。

作家・湊かなえさん:
世界一美しいといわれる「モルフォチョウ」は入れたいよねと。そこから「モルフォチョウ」の表は本当にサファイアの輝きのようにきれいなのに、裏から見ると焼けただれたようなガのような模様が面白いなと思った。裏表のある見た目の綺麗な少年を1人だそうとか、次はこの特徴がほしいなというチョウを探していく形で選んでいった。

――「子供を親が殺す」ことが大きなテーマになっているが、よくそこに切り込んだなと。

作家・湊かなえさん:
親の子殺しというテーマもいつか書いてみたいなとデビュー直後から思っていた。自分では子供を殺す気持ちが分からない、分からないけどニュースを見ると悲しい事件が珍しくないほど起きている。

作家・湊かなえさん:
どういう時に親が子供に手をかけてしまうんだろうということを考えてみたくて、読者の方もそれについて考えてみたいと思っている人もいるのではないかと思い、温めていて、子供が成長して社会人になるのを待って書いた。

――「人間標本」ではデビュー後見てきた黒い感情を出がらしになるまで全部出し切った?

作家・湊かなえさん:
今はすごくさわやか。

いつか「ド・ロ様」が題材に?!

今回、サイン会のため長崎市を訪れた湊さん。湊さんの長崎訪問は今回で4回目だ。海があり、歴史が深い長崎に作家としても魅力を感じているという。

作家・湊かなえさん
小説や映画と親和性が高い土地だと思う。前回長崎に来た時に大浦天主堂でド・ロ様がパスタの工場を作ったという話を聞いて、まだド・ロ様を大きくテーマにあげた小説は書いてないぞとか、まだみんなが知らないワクワクする話もあると思う。

フランス人宣教師マルコ・マリー・ド・ロ神父はキリスト教禁教の時代に来日し、長崎市外海地区で地域の貧しい人を救うため、私財を投じて教会や授産場、マカロニ(パスタ)工場などを建設。女性たちに働く場と生きる力を与え自立を支援するなど多大な功績を残した。現在、ド・ロ神父の名前がついた「ド・ロ様パスタ」や「ド・ロ様そうめん」などの商品が販売され、その功績は神父の没後100年以上経った今も伝えられている。

ラストのまさか!に「しめしめ…」

2024年6月、湊さんは長崎市の書店で行われたサイン会に6年ぶりに参加した。サイン会は『人間標本』のディスプレイコンクールで最優秀賞を獲得した全国3カ所のみで開催され、長崎の湊ファンにとっては嬉しい機会となった。

サイン会に訪れた湊作品のファンはその魅力について聞いた。

「予想外の感じが毎回驚かされる」「人間関係がよく表れていて、臨場感がある」「全然先が読めないようなトリックがいっぱいあったりして、唐突なところから急に始まる内容が大好き」など、展開が読めないことが作品に惹かれる理由の一つだと語る。

展開が読めないことー。そこにこそ湊さんの狙いがある。

作家・湊かなえさん
(読者を)裏切りたい。あなたの思い浮かべたその景色は本当に正しい景色なのかなということを。「驚きました」「最後まさかこうなるなんて」と言われたら、しめしめ、ありがとうございますと思う。

「イヤミスの女王」と呼ばれる所以

湊さんにはもう一つの名前がある。それは「イヤミスの女王」。イヤミスとは「読むとイヤな気持ちになるミステリー」の略である。デビュー作の『告白』はその代表ともいわれていて松たか子さん主演の映画も大ヒットした。嫉妬や自己嫌悪、裏切りなど負の感情を扱うことは人を描く上で欠かすことができないと湊さんは考えている。

「普段は一人で執筆するため、サイン会でファンのみなさんからパワーをもらっている」。そう話す湊さんはこの日サイン会に訪れた約100人のファンに2時間半かけて休みなしで対応をした。その温かい人柄もファンの心をつかんで離さない秘訣なのかもしれない。

(テレビ長崎)

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