「大幅に給与が下がるけど、転職したい」年収3,000万の外コン夫の突然の発言。その時、妻は…

◆これまでのあらすじ

数年ぶりに再会した、医師の陸と外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。

3夫婦それぞれが、レスで悩んでいることが判明する。

妻・杏の父が経営する総合病院で整形外科医として働く陸。家でも職場でもストレスフルな生活をおくる陸は、病院に行こうとしたときに倒れて家にも帰れなくなり…。

▶前回:「家に帰りたくない」30代の医者夫婦。世帯年収4,000万でも、毎日夫が憂鬱なワケ

佐々木陸の反乱

― 体が、動かない…。

それは、ある朝突然きた。

いつも通り朝の支度をし、勤務先の病院へ行くために駅へ向かった。

毎日乗っている電車なのに、足が硬直してホームから一歩踏み出して車内に入ることができない。

途端に酷い頭痛とめまいに襲われ、陸はその場で倒れてしまった。

朝の通勤時間は残酷で、そんな陸を見ても人々は電車に乗ることを優先し、通り過ぎていく。

幸い1人の男性が手を貸してくれ、陸はなんとか息を整えると、ホームのベンチに座り込んだ。

― やばい、病院に行けない…。

行かなければと思えば思うほど、呼吸が浅くなり、息が苦しくなる。

病院には体調不良で行けないと伝え、杏には本当のことが言えず、「幸弘のところに泊まる」と嘘をついた。

その後はフラフラと街を歩き、適当なビジネスホテルを見つけ、そこで横になった。

頭の奥で同僚たちの声が聞こえる気がする。

「あんなので、将来病院を継ぐのか?杏さんも見る目がないよな」
「いや、彼はお飾りで、きっと継ぐのは杏さんだろ」

杏とは大学時代からの付き合いで、普通の恋愛結婚だった。

彼女が理事長の娘だと知ったのは、だいぶ後になってから。

初めは杏の父親に反対されたが、言うことを聞かない杏は、半ば強引に婚姻届を出した。

そんな杏に観念したのか、彼女の父親は「陸が自分の病院で働くのなら許す」と言い、陸を自分の病院に呼んだ。

だがその環境は、陸にとって理想的とは言えなかった。

人付き合いの苦手な陸は、病院内の派閥の中でうまく立ち回ることができず、どこにも馴染まなかった。

そのうえ、おっとりとして自分の意見を言うのが苦手な彼は、他の医者や看護師からは、頼りないように見られていた。

なんでもハキハキとものを言う杏の方が、後継者として相応しいと誰もが思っているのが伝わってくる。

それなのに…。

「将来は陸が病院を継ぐんでしょ?私はあんな面倒な場所に居たくない。今みたいに、自分だけの小さな城で十分だから」

杏はそう言って、何かと陸に「病院を経営するにはもっとこうしないと…」と小言を言ってきた。

まったく経営に興味のない陸にとっては、それが常にプレッシャーでもあったのだ。

「そんなんで、病院を継ぐなんて言わないでね」

とうとう杏が、同僚たちと同様に馬鹿にしたような口調で言ってきた。その時から、陸の中で何かが壊れてしまったように陸は思う。

次の日の土曜日。幸いその日は休みだったので、ホテルでそのまま過ごした。

その間も杏から連絡が来たが、それを見るのも苦しくて電源を切っていた。

気がつけば、午後9時。なんとなくスマホの電源を入れると、杏からの連絡の中に幸弘のLINEが交ざっていた。

― 幸弘?なんで…?

幸弘は陸にとって、学生時代からの憧れの存在。

飄々としてどこか冷めており、でも賢くて仕事ができ、自信もある。

自分とは正反対な彼が、陸には眩しく見えていた。

杏についた嘘のせいで幸弘が怒っているのでは、とすぐさまLINEを開く。

Yukihiro:「ミナトと『Bar la Hulotte』で飲んでるから、来いよ」

幸弘らしい文面。

あれだけ体が重く感じていた陸だったが、気がつけば財布とスマホを片手に、タクシーに乗り込んでいた。

「陸、遅えよ」

陸が到着すると、ミナトがいつもの調子で言った。

「ごめん、電源切ってたから…」
「まあ座れよ。何飲む?」

幸弘に嘘がバレて怒っているのではと構えていたが、いつも通りの彼らを見て、陸の緊張が解けた。

しばらくたわいもない話をした後、突然ミナトが深刻な顔をして、打ち明けた。

「俺、もうダメかもしれない。離婚するかも…」
「え、嘘だろ?ミナトがカリンさんと…!?」

大袈裟に驚く陸に対して、幸弘は無表情でウイスキーを口に運ぶ。

「なんだよ幸弘、もっと驚けよ。人の家庭には興味ないってか?」

ミナトが絡むと、幸弘は「いや」っと、片眉を若干上げて答える。

「そういうこともあるよなって。俺のとこも、どうなるかわかんないし」

「嘘だろ、幸弘も!?そういやお前、前に彼女がいるとかって言ってたもんな。もしかして琴子さんを捨てる気か!?」

ミナトの言葉で幸弘は記憶を辿り、「ああ」と思い出したように言った。

「“彼女”って言ったのは冗談。色々聞かれるのも面倒だったから。あの時はカウンセラーに会ってただけ」

「カウンセラー?鋼の心を持つ幸弘が?」

「開業の相談に乗ってて知り合ったんだよ。ただ…まあちょっとな。もし捨てられるとしたら、琴子じゃなく俺の方だよ」

「なんでだよ?もしかして、浮気でもしたか?」

その会話を聞いていた陸は、急に居た堪れなくなり、自分から告げた。

「僕さ、その…。過去に浮気したんだ…」
「……え、陸が?嘘だろ…!?」

予想外の告白に、ミナトだけでなく、幸弘も一瞬驚いた顔を見せた。

「過去に、一度だけ…。杏にはまだ言ってないけど、言わなきゃってずっと思ってる。後ろめたさから、杏にはこれまで何も言い返せなかったけど、色々限界なんだ…。多分、僕のところもダメだと思う…」

項垂れる陸の肩を、ミナトがポンポンと優しく叩いた。

「なんだよ、俺ら全員ヤバいじゃん。いっそのこと、離婚して3人で住むか」
「いや、無理」
「僕も、男臭いのは嫌だな」

ミナトの冗談がどこか現実味を帯びていて、3人は無言で目の前のドリンクを飲み干した。

辻家:ミナトとカリンの話し合い

日曜日の午前11時。

カリンは娘を両親に預け、1人で帰宅した。

いつものミナトなら、この時間はどこかへ行っているか、まだ寝ているか。

でも今朝はきちんと起きて、朝ごはんを食べ終えていた。

今日は、カリンと話し合うと決めた日なのだ。

お互いにぎこちない空気の中でテーブルに座ると、カリンが大きく息を吸った。

「えっと、じゃあ、始めますか!」

カリンがわざとか、明るく振る舞う。

「ミナトは、自分の中で何か決まったの?」

3週間ほど前、自分が「別れた方がいい」という言葉を口に出してからも、カリンは通常通りに接してくれた。

カリンのその気遣いがありがたい反面、きちんと答えを出さなければと感じていた。

「俺さ、転職したいんだ」
「え、転職?」
「そう。大学時代の友人がさ、リユース関連の会社をやってて、今どんどん規模が成長してるんだ。以前、来ないかって打診されたんだけど、ずっと断ってたんだ」

1年ほど前から、ミナトはその友人から何度か誘いがあった。

だが給料も大幅に下がる上、今の会社に誇りを持っていたミナトは、家族のことも考えずっと断っていたのだ。

「でも、今の会社にいつまでいられるかはわからないし、動くなら今だと思ったんだ。それでこの間話を聞いてみたら、すごく面白そうで。ただそれが…」

ミナトは言いにくそうに一瞬目をそらし、再びカリンの目を見つめた。

「場所が、中国の田舎なんだ」
「え、中国…?」
「そう…。そこで工場や倉庫と契約をしたり、物流や販路の拡大をした後、日本に戻る予定。期間はわからないけど、数年間は住むことになると思う」

思いもよらない急展開に、カリンは言葉が出てこなかった。

ミナトはそんなカリンを見て、胸が痛くなる。

「自分勝手で本当にごめん。だけど、これが一番いい選択だと思ったんだ。それでやっぱり…」

ミナトはごくんと唾を飲み込んだ。

「俺たち、離婚した方がいいと思う。単身赴任も考えたけれど、きっと今離れたら、俺たちは遅かれ早かれダメになるだろう。それなら今別れた方が、カリンだって自由に好きにできるし、第二の人生を歩めると思うんだ」

途中言葉に詰まりながらも、なんとか自分の思いを伝えた。

目の前のカリンは俯いて、少し震えているようにも見える。

ミナトは言った途端、後悔の念に包まれた。

あんなに好きだったカリンと娘。その2人と別れる結末になるなんて、どこで間違えたのかと。

ごめん、とミナトが呟いた時、カリンが言った。

「ミナトってバカなの?私、めちゃくちゃ怒ってます」

カリンが震えていたのは、泣いていたからではなく怒りからだった。

▶前回:「家に帰りたくない」30代の医者夫婦。世帯年収4,000万でも、毎日夫が憂鬱なワケ

▶1話目はこちら:「実は、奥さんとずっとしてない…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態

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