【コラム・天風録】首相の千日物語

 妻に裏切られた王は毎夜、新しい妻を迎えては命を奪うようになる。流れを止めようと、大臣の娘シェヘラザードが結婚を申し出る。夜ごと物語を語って王の心をつかみ、千日生き永らえる▲アラジンやアリババの話で有名な「千夜一夜物語」だ。実は今の日本でも、ある「千日物語」が続いている。語り手は岸田文雄首相。このままいけば、29日に在職千日の大台に手が届く▲戦後8人目。過去の7人には、サンフランシスコ平和条約の締結や沖縄返還など教科書に載るような物語がある。現職首相はどうか。主権者である国民は、政治の裏切りとも言える「裏金物語」を見せられた。首相が語り、国民の心をつかんで離さない物語とは何だろうか▲前口上は力強かった。信頼回復に向け、「火の玉になる」。「国民が、明日は今日より良くなると信じられる時代を実現する」とも。ただ一向に盛り上がらない。きのうは内閣不信任決議案を粛々と否決した。通常国会は、間もなく会期末を迎える▲シェヘラザードは「続きはもっと面白い」と語り続けて、王の女性不信を払拭した。後任候補の名が出始めた首相の物語は、どこまで続くか。政治不信の払拭が鍵のはずだが。

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