【インタビュー】歴史的映画ではなく人間ドラマとして作ったー『フィリップ』ミハウ・クフィェチンスキ監督

『フィリップ』が6月21日に公開される。原作は1942年にフランクフルトに滞在していたポーランド人作家レオポルド・ティルマンド自身の実体験に基づいて書かれた自伝的小説。1961年にポーランドで発刊後、その内容の過激さからすぐ発禁処分になったが、60年の時を経た2022年にようやくオリジナル版が出版されたという。脚本も担当したミハウ・クフィェチンスキ監督に作品に対する思いを聞いた。(取材・文/ほりきみき)

フィリップが精神的にどう変化していくのかを描く

──監督はポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督作品のプロデューサーとして、後期代表作である『カティンの森』『ワレサ連帯の男』、そして遺作『残像』まで製作として関わっていらっしゃいました。本作をどなたかに託して製作として支えるのではなく、ご自身で監督されたのはどうしてでしょうか。

ワイダ監督とはかなり古くからの知り合いで、ワイダ監督が私のことを息子のようにかわいがってくれたので、父親がいなかった私にとっては父親のような人でした。それもあって、ワイダ監督が何を望んでいるのかを直感的に理解できるので、プロデューサーに徹していました。

ただ、私のスタートはプロデューサーではなく、監督。今回は本来の自分に戻り、監督を務めることにしました。

──監督は脚本も担当されています。原作を脚本に落とし込む際に大事にされたポイントについてお聞かせください。

フィリップはポーランド生まれのユダヤ人で、ポーランドで家族や恋人を殺されるという、すごく悲しい思いを経験しました。その後、ドイツに移り住み、高級ホテルのレストランで給仕の仕事をし、おいしいものを食べ、お酒を飲み、ドイツ人の女性に人気があって、彼女たちと適当に遊んでいる。表面的にはそれなりに満たされた生活をしているように見えますが、実際には内面に葛藤を抱えています。彼が精神的にどう変化していくのか。そこを映画で描きたかったのです。

原作は主人公の日記形式で書かれています。全部を映画で描けませんから、エピソードをチョイスしたのですが、何を取り上げるのか。その判断が難しかったです。初稿ではフィリップの恋人になるドイツ人女性のリザが戦争に行って戻ってこない恋人を想い、苦しんでいることを中心にしていたのですが、試行錯誤の末、今の脚本になりました。

私はこの作品が歴史的映画として見られることを望んでいません。歴史的背景はあくまでもバックグラウンド。フィリップの内面をクローズアップした人間ドラマとして作りました。戦時中の話ではありますが、彼と現代の人の精神状態は近いものがあるのではないかと思ったのです。

例えば、映画の中でフィリップはダンスホールでトレーニングを繰り返します。現在、ロシアとウクライナの戦争があり、ウクライナの難民が他の国に行ってストレスを抱えていたら、それはどこかで発散しないとやっていけません。フィットネスジムで体を動かして発散させる人もいるでしょう。フィリップにはそういう施設がなかったので、ストレスを発散させるためにダンスホールを使って自ら肉体的に鍛えていました。そういったことを意識しながら脚本を作りました。

──脚本開発に苦労されたのですね。

今回の脚本を書くのに10年掛かりました。ただ、書くことに苦労したのではありません。脚本を書きながら、並行して資金集めをしましたが、そこに苦労したのです。予算が思うように集まらないと脚本を書き替え、そしてまた予算集めに奔走する。それの繰り返しで、気が付いたら10年が経っていました。

──カメラはフィリップと一緒に移動し、長回しで撮ることが多かった気がします。

この作品ではほぼすべてのシーンにフィリップが出ています。撮影のミハル(・ソボチンスキ)にはフィリップを正面、もしくは後ろから長回しで追ってもらいました。主人公の内面を映し出して、観客に伝えたいという意図があります。割っているシーンもそれぞれ別に撮っているのではなく、長回ししたものを編集で割って使いました。

最初の2日間だけはハイテックな機材をいろいろ使い、最新技術で撮影しようとしました。しかし、使ってみたところ必要ないという結論に至り、ミハルが手動で撮影しています。

──主人公のフィリップをエリック・クルム・Jr.が演じています。美しく、知性やユーモアのセンスがあり、複数の言語が話せるのがキャスティングの決め手とのことですが、フィリップを演じてもらうに辺り、どのような演出をされましたか。

エリックのことは以前から知っていましたが、改めて彼の出演作を見て、フィリップに相応しいと思ってオファーしました。この作品に集中してもらうために、撮影が終わるまで他の仕事はせず、体作りとして約8キロ増量するという条件でお願いしています。彼は8キロ以上増やして、体作りをしてくれました。さらに英語とフランス語の勉強もしてもらいました。撮影までに1年を要しています。

エリックは非常に素晴らしい俳優です。彼のような俳優とはなかなか出会えません。この作品が成功したので、新しい役を考えているところです。

<PROFILE>
ミハウ・クフィェチンスキ
プロデューサー、監督、アクソンスタジオ創設者、ポーランド科学アカデミー化学科学博士号取得者。ワルシャワ国立高等演劇学校演出演劇科卒業。ポーランド復興勲章騎士十字章受章と文化功労賞グロリア・アルティス・メダルを受賞。ポーランド映画アカデミーとヨーロッパ映画アカデミー(EFA)の会員

『フィリップ』6月21日(金) 新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国公開 

<STORY>
1941年、ワルシャワのゲットーで暮らすポーランド系ユダヤ人フィリップ(エリック・クルム・ジュニア)は、恋人サラとゲットーで開催された舞台でナチスによる銃撃に遭い、サラや家族、親戚を目の前で殺されてしまう。2年後、フィリップはフランクフルトにある高級ホテルのレストランでウェイターとして働いていた。自身をフランス人と名乗り、戦場に夫を送り出し孤独にしているナチス将校の妻たちを次々と誘惑することでナチスへの復讐を果たしていた。孤独と嘘で塗り固めた生活の中、プールサイドで知的な美しいドイツ人のリザ(カロリーネ・ハルティヒ)と出会い、愛し合うようになる。しかし戦争は容赦なく二人の間を引き裂いていく…。

<STAFF&CAST>
監督: ミハウ・クフィェチンスキ 
脚本: ミハウ・クフィェチンスキ, ミハル・マテキエヴィチ 
出演: エリック・クルム・ジュニア、ヴィクトール・ムーテレ、カロリーネ・ハルティヒ、ゾーイ・シュトラウプ 
配給:彩プロ  
©TELEWIZJA POLSKA S.A. AKSON STUDIO SP. Z.O.O. 2022 

映画『フィリップ』オフィシャルサイト

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