河合優実&吉田美月喜、勝てない経験も糧に『ルックバック』が描く嫉妬と憧れに抱く共感

『ルックバック』で藤野と京本を演じた河合優実と吉田美月喜 - 写真:高野広美

漫画への思いを爆発させる少女たちの表現にかける思いや葛藤を描く藤本タツキの人気漫画をアニメーション映画化した『ルックバック』(6月28日全国公開)。漫画好きという共通点で繋がる小学校4年生の少女・藤野と、不登校の京本のあまりにも不器用な交流は観客に多くの感情を想起させる。そんな二人を演じたのが、声優初挑戦となる河合優実吉田美月喜だ。実写作品において、その演技力が高く評価されている若手女優たちは、本作を通じて何を得たのだろうか。(取材・文:磯部正和)

嫉妬と憧れに共感

漫画を通してつながる京本と藤野(C) 藤本タツキ/集英社 (C) 2024「ルックバック」製作委員会

Q:河合さん演じる藤野は、漫画を描くことに自信を持っていましたが、吉田さん演じる京本の描いた漫画に衝撃や嫉妬心を描くというキャラクターでした。一方の京本は藤野に純粋に憧れるという女の子。それぞれのキャラクターにはどんな思いを持ってアフレコに臨んだのですか?

河合:藤野の気持ちは身に覚えがあるなと思いました。子供のころ、自分よりも優れていると感じる子が、世の中にはいっぱいいるんだなと思う瞬間が結構あったんです。特に学校ってそういう場所だったなと。大人になってから考えると、学校のなかで起きていた競争ってあまり大きなことではなかったとわかるのですが、その当時は結構重大な問題なんですよね。そういう経験ってきっと誰しもあるんだろうなという思いでアフレコに臨みました。

吉田:わたしは、自分が持っていないものを持っている人に憧れを抱くタイプだったので、京本が藤野に対して眩しいなと憧れる姿に共感できる部分が多かったです。

Q:お互いがお互いに、自分にない部分への憧れを相手に持っているという関係性を表現するのは難しかったのでは?

河合:確かにそうですよね。自分が同じジャンルで「この人には叶わないし、それが悔しい」と思っていた人に愛を伝えられる……。でもやっぱり藤野的にはすごく嬉しかったと思うんです。尊敬してるから意識するわけだし、尊敬してる人に認められるって、すごく心が満たされることですよね。

吉田:雨のシーンで京本が告白するところの藤野ちゃんは本当に可愛いなと思いました。ずっと声を入れながら「可愛い!」って思っていました。

Q:京本は独特のリズムを持ったしゃべり方をするキャラクターでしたが、どうやって作り出していったのですか?

吉田:オーディションの際、ボイスサンプルを送っていたのですが、その後、さらにオーディションが進んでいくなかで、音響監督と共に、いろいろなパターンの京本の声を撮っていったんです。最終的に合格になったとき、監督から「ボイスサンプルを送ってもらったときの声が良かったから、あまり練習しないで」と言われて(笑)。自分的には変えているつもりはなかったので、どうしたらいいのだろう……と思っていたのですが、あまり考え過ぎるとよくないと思って、自然にイメージした京本を表現しようとしました。ただ秋田弁だけはちゃんと習得しないといけないので、ひたすら方言の練習だけはしていました。

スタンドをまとってアフレコ?

「アフレコが終わったあとは体力を使い切ってしまったぐらい疲れました(笑)」

Q:実写作品ではキャリアを積まれているお二人ですが、声優は初挑戦とお聞きしました。

河合:難しかったです。声優の皆さんが何年もかけて磨いている技術は私にはないので。でもそれを承知でわたしを選んでくださったのだから、そこは信じるしかないなと。本当に初めてだったので、飛び込むしかないという気持ちで臨みました。数日間でアフレコしたのですが、数時間単位で声を当てるということに慣れていく感覚でした。ここまで短期集中で何かをする機会はなかなかないので、すごく良い経験になりましたし、楽しくも難しい時間でした。

吉田:まず台本やアフレコ用の映像、ラフ画などをいただいたのですが、どれも見方がわからない(笑)。そこからのスタートでした。だからこそ、あまりいろいろなことを考えず、その場で受けたアドバイスを敏感に受け入れて表現するということをシンプルに行いました。

Q:実写作品との違いなどを強く感じたことはありますか?

河合:普段は自分の体全体を使って役を作っていくのですが、すでに藤野という魅力的なキャラクターがいるので、ちゃんとその子に並走するような意識を持ってやりました。よくキャラクターに“命を吹き込む”という言葉を使いますが、まさにその感覚がしっくりきました。体の演技が終わっているところからインする不思議な体験でした。声だけのお芝居って、自分でイメージしているよりもやっぱり大きく表現してちょうどいいぐらいだったなという印象がありました。

吉田:私は違いではなく、逆に映像のときと同じように声のお芝居でも体と連動しているんだなというのは感じました。プロの声優さんはそんなことしないのでしょうが、わたしはキャラクターの動きに合わせて自分の体も動かしていました(笑)。だからアフレコが終わったあとは体力を使い切ってしまったぐらい疲れました(笑)。

Q:お二人の掛け合いもあったとお聞きしましたが、いかがでしたか?

河合:不思議な感覚でした。一生懸命に京本を全うしている美月喜ちゃんの熱気を感じながら、その思いを受け取りたいと思いつつも、見てしまうとビジュアルとしては京本ではなく美月喜ちゃんなので。そこに引っ張られてしまってはいけないというか……。そういう部分はあまり普段のお芝居では感じないことですね。

吉田:それでいうといま浮かんだのが守護神みたいな感じでした。イメージが(『ジョジョの奇妙な冒険』の)スタンドなんですよね。向こう側から気配やオーラをすごく感じるのですが、見ているものはキャラクターという……。

河合:確かにそうかも。

吉田:だから隣にいて一緒にキャラクターと動いているけれど……みたいな。二人でやっていて一番スタンドみたいだなって思っていました。

俳優として大切なもの

「作品がどうやったら良くなるのかを第一に考える必要があると思います」

Q:藤野と京本のモノづくりへの姿勢は紛れもなく純粋なものでしたが、お二人にとって表現するうえで大切にしていることは?

吉田:俳優という仕事をしているなかで、ちょっとうまくいかないな……という時期があったんです。そのとき演技を教えてくださった方から「自分のキャラクターをどう見せるのかではなく、作品をどうやって良くするのかを考えないとダメ」とアドバイスいただいたんです。それって当たり前のことだったのですが、見えていなかったなと気づいたことがありました。それ以来、作品のために自分たちはいるんだということは忘れないようにしています。

河合:わたしも同じかもしれません。やっぱりそれってモノづくりの基本だと思うのですが、よく見せたいとか、活躍したいとかいう思いが強くなると、どうしてもどんどん個人戦になっていってしまいがちなんですよね。でもそれって役者の本質ではないし、俳優部という一つの部署であるからには、作品がどうやったら良くなるのかを第一に考える必要があると思います。そのことはしっかりと肝に銘じて臨んでいます。

Q:チームワークが大切なんですね。

河合:絶対にそうですね。もちろん自分にしかできないことや、自分にはできないこともたくさんあると思いますが、やっぱりみんなで作っているという意識を持てば、作品はどんどん良くなると思います。

(C) 藤本タツキ/集英社 (C) 2024「ルックバック」製作委員会

Q:これまでの人生のなかで、藤野のように、誰かの才能に打ちのめされてしまったような経験はありましたか?

河合:打ちのめされたというわけではないのですが、ダンスをやっていたとき、わたしともう一人の子がリーダーをやりたいということになって。二人でどちらがやるかを話し合ったのですが、私は相手の子のダンスも人柄も尊敬していたので、最終的にその子にお願いしたんです。勝てないな……と思っても相手に対して敬意というか尊敬があると、あまり嫉妬する気持ちも起きないし、藤野と京本の関係じゃないですが、腐らずに手を繋げるんだなと、そのとき思いました。

吉田:わたしはちゃんと「うわ、負けた」という経験ってあまりこれまでなかったんです。色々なスポーツをやっていたのですが、あまりこだわりがなく、シンプルに楽しいからやっていた……みたいな感じで。でも事務所に入って、初めて演技に出会ったとき、こんなに夢中になれることがあったんだって感じたんです。だからこそ、オーディションに落ちたときは「なんでダメだったんだろう、この人より何が劣っていたんだろう」と悩んでしまった時期はありました。でもだんだんと「縁とか運命なんだな」と思うようになって。これまで声優のオーディションも結構受けていたのですが、結果が出なくて。もう向いていないのかなと思っていたら『ルックバック』でこんなに素敵な役と巡り合えました。

河合、吉田ともにまさに表現することへの思いを胸に、“命を吹き込んだ”と言える好演を見せている『ルックバック』。お互いを感じながら挑んだという、二人の掛け合いは必見だ。

映画『ルックバック』は6月28日より全国公開

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