『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』アレクサンダー・ペインがこだわった’70年代テイスト

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』あらすじ

1970年代のアメリカ、マサチューセッツ州にある全寮制の寄宿学校。真面目すぎる上に皮肉屋で、学生たちからはもちろん、同僚からも嫌われている考古学教師のハナム(ポール・ジアマッティ)は、クリスマス休暇に様々な事情で帰省できない学生たちの監督役に任命される。そんなハナムと、母親が再婚したために休暇中も寄宿舎に残ることになった学生のアンガス(ドミニク・セッサ)、そして、息子をベトナム戦争で亡くした寮の料理長メアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)の3人が、ひとけのないキャンパスで2週間のクリスマス休暇を過ごすことになる。

脚本に取り入れられたポール・ジアマッティの悪戯


『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』は監督のアレクサンダー・ペインにとって、『サイドウェイ』(04)に続くポール・ジアマッティとのコラボ作だ。社会の枠組みから外れた者たちの悲哀と、それでも負けずに前を向こうとする姿に深く共鳴するペインの監督としてのスタンスは、再びジアマッティを主役に迎えた最新作でより明確になった感がある。

ハナムのキャラ設定は明確だ。舞台になるバートン・アカデミーの校長はハナムの元教え子だが、ハナムが大口寄付者の息子を落第させ、プリンストン大学への入学許可を取り消す原因を作ったことを激しく叱責する。学校といえども寄付金で成り立つ現実と、そんなことには簡単に寄り添えない頑固者の教師。自分でもどうしようもない不器用な性格となんとか折り合いをつけ、やがて、そんな人間にもひとかけらの意地があることを証明していくプロセスを、ポール・ジアマッティが計算し尽くされた演技で具現化していく。

この物語のもう一つの魅力は、家族から弾き出されたアンガス、戦死した息子への苦しい思いを引きずるメアリー、そしてハナムの間に生じる独特のケミストリーだ。特に、ハナムがアンガスの希望を聞き入れ、メアリーにも説得されてボストン旅行に出かけてからの展開は、それまで隠していた三者三様の秘密が暴露され、彼らの距離感を一気に縮めると同時に、観客がシンパシーを感じ始める大切な時間でもある。

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』Seacia Pavao / (C) 2024 FOCUS FEATURES LLC.

ハナムを斜視にすることをペインに提案したのはジアマッティ本人だ。ハナムの肉体的特徴は心ない同僚たちからも揶揄される原因になるのだが、ハナムはそれを自分だけのメリットと捉えているところに、この人物の負けん気が現れている。そこをジアマッティは狙ったのだ。この映画をぼんやり見ていると、ポール・ジアマッティが元々斜視だったのではと自分の記憶を疑ってしまうほどだ。実際、アンガス役のドミニク・セッサはジアマッティの悪戯を信じてしまったとか。

一方、アンガスが走りながら側転するという、その後の成り行きを左右するユニークなアイデアは、ドミニク・セッサからペインに提案され、取り入れられたもの。マサチューセッツ州にある母校、ディアフィールド・アカデミーで一度舞台に立っただけで、ほぼ演技経験ゼロのセッサは、本作が映画デビュー作。経験のなさを鮮度に替えて、本当は誰かに抱きしめられたい捻くれ者の青年を好演したセッサ。彼は、手慣れたジアマッティを相手に予想外の輝きを放ち、クリティクス・チョイス・アワードの新人賞をはじめ、11の映画賞を受賞するという快挙を成し遂げた。

ポスト・オクタビア・スペンサーの登場か?


今更だが、アワードレースを語るなら、メアリーを演じたダヴァイン・ジョイ・ランドルフの快進撃を記さないわけにはいかない。彼女がこの演技で手にしたのは、アカデミー助演女優賞をはじめ実に58の演技賞。劇中で、ハナムとアンガスがエッジィなやり取りをする中、全く別方向からこの関係に切り込んでくるメアリーは、デヴィッド・ヘミングソンの脚本の妙もさることながら、ランドルフの押し付けがましくない演技によって躍動している。挫け、敗れた主人公たちを傍で支えるこのキャラクターは、同時に、観客の期待を絶対に裏切らない心強い味方でもある。ランドルフは、ここ数年この立ち位置をキープして来たオスカー受賞者、オクタヴィア・スペンサーに取って代わる存在になるのではないだろうか。

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』Seacia Pavao / (C) 2024 FOCUS FEATURES LLC.

ユニバーサルのロゴも70年代を復刻


視覚的に特筆すべきは、冒頭に現れるユニバーサル・ピクチャーズの古ぼけたロゴを見れば分かる通り、あえて1970年代を表現している点だ。このロゴは1963年、つまり、オードリー・ヘプバーン、ケイリー・グラント共演の『シャレード』(63)の時と同じものだ。映画好きはそれだけでオッとなるのだが、さらに、撮影ではARRI Alexa Miniでデジタル撮影されたものに、ポスト・プロダクションでハレーションや汚れ、フィルムグレイン(粒子によるノイズ)などのセルロイド・フィルムの特徴が追加されている。

若いスタッフを集めて上映会を企画


因みに、ペインは1970年代のハリウッド映画に精通していない若い撮影監督や美術監督、衣装デザイナー、そして、特にドミニク・セッサのために、1970年代の映画上映会を企画。上映されたのは、『卒業』(67)、『真夜中の青春』(70)、『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』(71)、『コールガール』(71)、『ペーパー・ムーン』(73)『さらば冬のかもめ』(73)、そして『大統領の陰謀』(76)等、時代を彩る名画の数々。

そうして、視覚的に目指すものが共有された結果、内容的に比較されがちな『いまを生きる』(89)が描いた1950年代の全寮制高校とは異なる、個性的な風景を手に入れたことも付け加えておこう。

文:清藤秀人(きよとう ひでと) アパレル業界から映画ライターに転身。現在、映画com、MOVIE WALKER PRESS、Safariオンラインにレビューやコラムを執筆。また、Yahoo!ニュース個人にブログをアップ。劇場用パンフレットにもレビューを執筆。著書に『オードリーに学ぶおしゃれ練習帳』(近代映画社刊)、監修として『オードリー・ヘプバーンという生き方』『オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120』(共に宝島社刊)。

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『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』 6月21日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー中 配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画 Seacia Pavao / (C) 2024 FOCUS FEATURES LLC.

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