どうして東大には美人が多いのか? 今だけでなく、昔からそうだったかというと…⁉

さんきゅう倉田です。3年間勉強して、東京大学に入学しました。

現在2年生。選択している言語はフランス語、サークルは東京大学書道研究会、経済学部に進学予定です。

東大の友人たちに対して、素晴らしいと感じる瞬間は多々ありますが、最も好きなのは議論をしている際に、秀逸な言説や的確な反駁と出会えることです。

歩いているとき、コーヒーを飲んでいるとき、お酒を飲んで気分が高揚したとき、ぼくはよく疑問を投げかけます。

友人が放った些細なひとことを広げて、議論のテーマとすることもあります。

先日友人の一人が、「東大って美人が多いよね」と言っていました。

東大に美人が多いのはなぜか

「東大に美人が多い」という友人の認識を正しいと思ったぼくは、なぜ多いのか考えることにしました。

このとき一人で考えるより友人と意見を交わす方が面白いのは間違いありません。

まず、「かっこいい男の子も多いよね。どうして、容姿端麗な人が多いのかな」と聞くことにしました。

友人A「社会的な成功をおさめた人が容姿の淡麗な配偶者を得て、容姿端麗な子を持ち、その子に高い水準の教育を受けさせるから、東大には容姿端麗な人が多くなるんじゃないかな」

友人B「エリートの再生産だ」

さんきゅう「昔から東大には容姿端麗な人が多いと考えられているわけではないよね。でも、実際に昔の東大に通っていた人は高い教育を受けていた人だから、その親は社会的に成功した人が多かったんじゃないかな。そう考えると、昔から容姿端麗な人が多いと言われていてもおかしくない。けれど、実際にはそうではない。どうしてなんだろう」

友人B「昔は社会的に成功した人が容姿で配偶者を選ばなかった可能性が考えられるよね」

友人A「そもそも、容姿が淡麗な両親から容姿が淡麗な子が生まれるのかな」

友人B「研究論文を見たわけではないけれど、それは正しいと思う」

さんきゅう「昔の人が配偶者を容姿で選んでいなかった可能性はあるよね。例えば、平安時代は“垣間見”といって、女性の住んでいる家の中を敷地の外から覗いて、素敵だなと思ったら手紙を送るんだけど、はっきりと顔が見えたわけじゃないんじゃないかな」

友人A「夜這いするのは夜中だし、顔はあんまり見えないよね」

友人B「権力者は任意の配偶者を選べなかった可能性もあるよね。結婚には権力を補強する役割もあったから、顔より家柄が優先されたもんね」

さんきゅう「一昔前の東大の学生の親世代は、今と状況が大きく違ったかもしれないね。例えば、親が選んだ人と結婚するとか、出会いが少ないとか」

友人A「そうすると、社会的に成功しても配偶者を容姿で選ぶような環境ではなかったかもしれないね」

そんな話をしながら歩いて、東大駒場キャンパスの近くにある「千里眼」(※)に向かいました。

※千里眼は二郎系のラーメンですが、麺の量の調整方法がわかりやすく、女性客も多い人気店です。

東大生の日常には素晴らしい議論の機会が溢れていて、専門分野でなくとも、持っている知識や思考力を活用して合理的な推論を行うことができます。

千里眼の300gの麺を食べた帰り道ではこんな話になりました。

本記事では、東大に容姿端麗な人が多い理由について東大生たちの推論をお伝えしました。

▶つづきの【後編】では、スポーツは「レベルが高い、低い」と表現しても違和感がないのに、勉強に用いるとそうはならないのはなぜか?…について、東大生たちが議論を交わし、導きだした結論についてご紹介します。

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