もはや、癒しでしかない美しい釣り場 “心が深呼吸する”「日光・湯川でフライフィッシング」

絵に描いたような涼しげな渓流の景色。流れに浸かりながらロッドを振る至福の釣り時間です(撮影:杉村航)

日光の奥座敷、男体山の裾野に広がる「戦場ヶ原」の湿原には、ブルックトラウトたちが泳ぐ「湯川」が流れています。ここはフライフィッシャーなら一度は訪れたい、憧れの川でもあります。

朝からどこか気だるげなエゾハルゼミの声が響くなか、ときおりカッコウの潤いのある鳴き声、せわしないホトトギスの囀り、さらにアカゲラのドラミングが混ざって賑やかです。日本離れしたような高原の渓流、ロッドを手にゆっくりと川辺に立ちました。

■湯川とブルックトラウト

上流は「湯ノ湖」から流れ落ちる「湯滝」と、下流は中禅寺湖へと注ぐ「竜頭ノ滝」で、風光明媚なそれぞれの銘爆に挟まれた全長11kmほどの短い流れが湯川です。うっそうとした原生林と戦場ヶ原の湿原を緩やかに蛇行しながら流れています。周辺は日光国立公園となっており、しっかりとした遊歩道が整備されてハイキングを楽しむ人も多く訪れています。

ちょうど中間地点は戦場ヶ原となり、高低差も非常に少ない湿原の川となります。緩やかに蛇行をしながら木道からつかず離れずゆっくりと流れています

生息するブルックトラウトは、北米原産の魚で別名カワマスとも呼ばれています。長崎のグラバー邸で有名なトーマス・グラバーが、イギリス領事館員だったハロルド・パーレットと共に、1902(明治35)年にブルックトラウトの卵を取り寄せて孵化・放流をしたのが始まりとされています。湯川は日本におけるフライフィッシングの立役者的存在として愛され続けてきました。

管轄しているのは「全国内水面漁業協同組合連合会」で、湯ノ湖と合わせ、冷水域における魚類資源と釣りの調査水域として、キャッチ&リリースを始め、調査票の記入など細かいルールやマナーもしっかりと確立されています。日本離れした湯川の流れの雰囲気とブルックトラウトの顔が見たくて、筆者も一年に一度は訪れている釣り場です。

■爽やかな朝の森、釣り人に人気の上流部

まずは湯滝のある上流部へと向かいました。ハイキングや観光客こそまだいませんが、釣り人たちはすでに思い思いの場所で釣りを開始しています。目ぼしいポイントはすでに埋まっている様子でした。

朝6時の気温は15℃で涼しいを通り越して肌寒いほどでしたが、芳醇な原生林の匂いを嗅ぎながら、木道を歩いていると徐々に暑くなってきました。一度駐車場に戻って下流部へと向かいました。

■一幅の絵画のような森でロッドを振る幸せな釣り時間

「赤沼橋」より下流側は、観光やハイキングの人も少なく、釣り人も上流部ほど多くないエリアです。川は戦場ヶ原から再び森の中に入ります。大きく開けた場所に広がる森ですので、明るく爽やかな光にあふれています。そして緩急のリズムを刻みながら、それでいて全体としては穏やかな流れ。緑を映す水の表情を見ているだけで、心がゆっくりと深呼吸しているようでした。むしろ釣りは言い訳で、ただこの雰囲気を味わいたくて、この場所に足を運んでいるのかもしれません。

一見すると魚影が見えないような気がしますが、魚たちはかなりの濃さでいます。しかし、キャッチ&リリースゆえにフライの不自然な動きには厳しく、わずかな(マイクロ)ドラグですら許してくれません。その分、フライのセレクトにはある程度寛容ですので、流れに沿うようなドリフトを保てば水面に飛び出してくれました(ちなみに当日のストマックには、オドリバエが数多く入っていました)。

イワナを少し派手にしたような姿、小ぶりながらも筋肉質な魚体は野生味あふれています。体側の黄、赤点は宝石を散りばめたようで、背の虫食い模様や背鰭や尾鰭の模様に目を奪われます。国内では生息場所がかなり限定されるのですが、この湯川の清楚な流れと鮮やかな魚体のコントラストには、どこか幻想的な気持ちにさせられてしまいます。

まるで絵画の中に入りこんだような美しい森、瀬音すらほとんど聞こえない穏やかな流れ。フライロッドを振っているだけで、満ち足りた釣り時間を過ごすことができました。

赤沼橋まで戻ってくると早朝の静けさはどこへやら、遊歩道を歩く人たちで賑わっていました。クマ避けいらずかもしれません。今度はちょうど中間地点にある青木橋まで向かいましたが、予報通り、白根山の山頂部が暗い雲に覆われていき、雷鳴が轟きだしました。少し間をおいて激しい雨が降り出したので、川を後にしました。「明日も来たいな」

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