『ミッション:インポッシブル3』はトム・クルーズの“禊”映画? J・J・エイブラムスの手腕

シドニーで大暴れした『M:I-2』(2000年)から数年後……。スパイのイーサン・ハント(トム・クルーズ)は組織の指導者役となり、現場から距離を置いて、妻(『2』のヒロインとは別の人です)と平和な暮らしを送っていた。しかし、教え子が悪の武器商人(フィリップ・シーモア・ホフマン)に拉致されたことをきっかけに、再びイーサンは現場へ戻る。そして救出作戦に参加するのだが、それは壮絶な戦いの幕開けだった。

人生山あり谷あり。トム・クルーズとて例外ではない。今でこそ不動の地位を築いているトムクルさんであるが、ある時期に『ライオン・キング』(1994年)ばりに谷底へ転がり落ちたことがあった。あれは2000年代なかばのこと。撮影で知り合ったペネロペ・クロスと不倫して、長年連れ添った妻であるニコール・キッドマンと離婚。さらにテレビのトークショーに出演したら、謎発言とソファーの上で跳ね回る奇行に全米がドン引き。元々エキセントリックで危ない側面のあったトムクルさんだが、側面が正面に来てしまったのである。2005年、トムクルさんのキャリアはかつてない危機に陥った。そんな時期に作られたのが、このたび『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で放送される『ミッション:インポッシブル3』(2006年)である。

不安定な時期に作られた映画であるから、「そういう出来かな?」と身構えてしまうかもしれない。実際、私も公開当時は心のガードを固めて鑑賞へ向かった。しかし、結論から言えばすべては杞憂だった。本作はシリーズでも屈指のバランスの取れた映画である。本作に関して言えば、最も称賛されるべきは監督のJ・J・エイブラムスだろう。

J・J・エイブラムス、彼は“Mr.お疲れ様監督”である。私は彼ほど堅実な手腕を持つハリウッド監督を他に知らない。何を任されても必ず一定水準以上の「誰もが楽しめる映画」に仕上げてしまう。格闘家で言うと、ド派手なKOはないが、多彩な技で相手をTKOするタイプだ。この『3』を監督した頃は、テレビドラマ界でブイブイ鳴らしていた時期であり、「次どうなるんだよ!?」でひたすら引っ張り続けた『LOST』(2004~2010年)を大成功させていた。そして『3』の後には、『スター・トレック』(2009年~)と『スター・ウォーズ』(2015年~)の2大スター作品の新たな立ち上げ作品の監督を任されていることからも明らかだろう。さらにいろいろあって鉄火場となった『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(2019年)の監督という、超ド級の火中の栗をむんずと両手で掴み上げる義侠心も併せ持つ(偉い人から鬼電されて引き受けたそうです)。「死者の口が開いた!」と、ヤケクソな冒頭から最後まで、徹夜明けのテンションで走り抜けて見せた。技術と義侠心を併せ持つ男、それがJ・Jである。

そんなJ・Jらしく、前2作を超えるノンストップ感で突き進む。「イーサン・ハントは現場を離れているらしい」と、あらすじで油断していた観客はおろか、シリーズ未見の人でも「あっ、This isかつてないほどの大ピンチ」と一発で分かるシーンを用意して、開幕同時に見事なパンチをかます。このあたり、さすがJ・Jである。

一方で、本シリーズのオリジナルであるテレビドラマ『スパイ大作戦』(1966年~)への原点回帰も狙い、『1』『2』よりも「チーム戦」に重きを置いたストーリーを展開。各分野のプロたちが力を合わせて、不可能な任務に挑む姿はサスペンス映画としても一級品だ。キャラも魅力的で、おなじみのルーサー(ヴィング・レイムス)に加え、特に大きな功績となったのは、後々にどんどん重要なキャラになったベンジー(サイモン・ペッグ)の投入だろう。現場に出ることを憧れるデスクワークなスパイという、ユーモラスなキャラクター性は、緊迫感に満ちた本作の一服の清涼剤となっている。もちろんアクション的な見どころも満載で、トムクルさんが横に吹っ飛ぶシーンは明日から真似したくなること請け合いだ。また、本作は銃撃戦などのド派手な見せ場と並んで、トムクルさんが「走る」シーンに重きが置かれている。クワイマックスは、いわゆる“トムクル走り”が印象的に使われており、ここも真似したくなるポイントだろう。がむしゃらに走り回るトムクルさんの姿は、一種の“禊”というか、自業自得とはいえ、不惑の時を振り切ろうと頑張るようで、胸に迫るものがある。

本作は、トムクルさんの(『SLAM DUNK』の)流川ばりの個人プレーからチーム戦への移行、そしてアクションとサスペンスの配分。この2点が絶妙なのである。『1』はブライアン・デ・パルマ、『2』はジョン・ウー。どちらも精密・豪快なKOを狙うタイプの監督で、その手腕は見事に発揮されていた。しかし一方で、その個性が少しの歪さを担っていたのも否めない。それに対して『3』は、まさに最大公約数、誰もが同じくらい楽しめる映画になっている。

そして、もし『3』がこのバランスでなかったら? もしチーム戦への路線変更をしていなかったら? 最悪このシリーズは現在まで続いていなかったかもしれない。それくらい、本作はシリーズの転機となった作品である。J・Jの見事な手腕を楽しむ作品として、不惑の時を貼り抜けようと一生懸命なトムクルさんを楽しむ作品として、そしてシリーズの仕切り直しにして、現在まで続く『ミッション:インポッシブル』のひな型として……様々な観点から楽しめる、是非とも観てほしい1本である。そして観終わったあとは、安全に十分に配慮した後、横に吹っ飛ぶシーンを真似してほしい。いや、本当に些細なシーンなんですけど、ものすごく記憶に残る吹っ飛び方をするんですよ。

(文=加藤よしき)

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