父の遺産である山林の共有持分について売却を依頼された相談者。売却するのは構わないと思っていたのですが、調べてみると何十年も相続登記がなされておらず、放置されたまま。山林は曽祖父の名義で、全ての相続人を探すことは困難な状況です。本稿では、弁護士・山田裕佳氏らによる著書『相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント-予防・回避・対応の実務-』(新日本法規出版株式会社)より一部を抜粋し、解説します。
共同相続人の一部が所在不明の場合の対処方法
私の父の遺産であるA県の山林の共有持分について、甲社から、売却してほしいと言われています。
他の共有持分を全て持っているBさんが売却に前向きなので、私も売却したいのですが、亡父の共有持分は、調べてみたら、何十年も相続登記がなされておらず、放置されたままで、私も知らない曽祖父の名義になっていました。
曽祖父の相続人は一部は分かりそうなのですが、全ての相続人を探すことは困難な状況です。
紛争の予防・回避と解決の道筋
◆令和3年民法改正により、不動産が数人の共有(遺産共有も含む)に属する場合に、共有者が他の共有者を知ることができず、またはその所在を知ることができないとき(以下、所在を知ることができない者等を「所在等不明共有者」という。)、一定の要件のもと、所在等不明共有者の持分を取得できる手続が新設された
◆同じく、共有者は、一定の要件のもと、所在等不明共有者の持分を譲渡する権限の付与を受けて、共有不動産を譲渡できる手続が新設された
◆取得手続か譲渡権限付与手続かの選択は、所在等不明共有者以外の共有者間で、意思が統一できるか否かで判断する
チェックポイント
1. 共有者(遺産共有の場合を含む)の一部が所在不明の場合における、当該所在等不明共有者の持分を取得するための方法を検討する
2. 共有者(遺産共有の場合を含む)の一部が所在不明の場合における、当該所在等不明共有者の持分の譲渡を受けるための方法を検討する
3. 所在等不明共有者以外の共有者の意思を確認する
解説
1. 共有者(遺産共有の場合を含む)の一部が所在不明の場合における、当該所在等不明共有者の持分を取得するための方法を検討する
(1) 所在等不明共有者持分取得制度について
旧法下では、不動産の共有関係を解消するために裁判による共有物分割を行おうとしても、その共有者の氏名・名称および住所が分からなければ訴訟提起をすることもできない状況でした。
そこで、令和3年民法改正では、所在等不明共有者の持分を、それ以外の共有者(以下、「知れている共有者」といいます。)が、裁判所の決定で取得できる制度が新設されました(以下、この決定の裁判を「持分取得決定」といいます。)(村松秀樹・大谷太編『Q&A令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』124頁(金融財政事情研究会、2022))。
所在等不明共有者の定義と「持分取得決定」までの手順
(2) 要件など
① 所在等不明共有者
「共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき」とは、必要な調査を尽くしても、共有者の氏名または名称やその所在を知ることができないときをいうとされています(法制審議会民法・不動産登記法改正部会資料30・12)。
ただ、具体的な調査方法については規定がないため、最終的には、調査結果を踏まえて、裁判所が事案ごとに判断することになります。
具体的な調査方法としては、所在等不明共有者が自然人の場合、登記簿および住民票による所在調査(所有者が死亡している場合は、被相続人の戸籍および相続人の住民票の調査)が挙げられます。
所在等不明共有者が法人の場合には、①当該法人の事務所所在地に本店または主たる事務所がないこと、並びに②代表者が法人の登記簿上および住民票上の住所に居住していないか、法人の登記簿上の代表者が死亡していて存在しないことの調査が想定されています(法制審議会民法・不動産登記法改正部会資料30・12)。
② 対象となる共有物
対象となる不動産には、遺産共有状態にあるものも含まれます。ただし、持分取得決定の請求があった不動産につき、裁判による共有物分割請求(民258①*)または遺産分割の請求があり、かつ、知れている共有者から、持分取得決定への異議が出されると、裁判所は、持分取得決定をすることができません(民262の2②)。
*以下、民法については「民」と表記します。
さらに、所在等不明共有者の持分が相続財産に属し、共同相続人間で遺産分割をすべき場合には、相続開始の時から10年を経過しない限り、裁判所は、持分取得決定をすることができません(民262の2③)。これは、共同相続人の遺産分割上の権利に配慮をしたものです。
なお、相続開始の時から10年を経過していれば本制度を利用できますが、この場合にも上掲の民法262条の2第2項に定める制限があります。
また、本制度の対象となる共有物には、不動産の使用または収益をする権利も含まれます(民262の2⑤)。
(3) 手続
所在等不明共有者の持分取得決定は非訟事件のため、その手続は、非訟事件手続法に規定されています(非訟87・89)。
① 共有者による裁判の申立て
(民262の2①)所在等不明共有者と不動産を共有している共有者が請求します。管轄は、不動産の所在地を管轄する地方裁判所です(非訟87①)。
② 裁判所による公告(非訟87②)
共有者からの請求を受け、裁判所は、以下の事項を公告します。
㋐持分取得決定の申立てがあったこと
㋑裁判所が持分取得決定をすることについて異議があるときに、所在等不明共有者が一定の期間内(3か月を下ってはならない)にその旨の届出をすべきこと
㋒民法262条の2第2項の異議の届出を一定の期間内(3か月を下ってはならない)にすべきこと
㋓㋑および㋒の届出がないときは、持分取得決定がなされること
㋔持分取得決定の請求をした共有者以外の共有者(以下「請求外共有者」といいます。)が持分取得決定の申立てをするときは、一定の期間内(3か月を下ってはならない)にすべきこと
なお、㋒の異議の届出が定められた期間を経過した後になされたときには、裁判所は、当該届出を却下します(非訟87④)。
③ 裁判所による知れている共有者への通知
(非訟87③)②の公告をしたときには、裁判所は、遅滞なく、登記簿上その氏名または名称が判明している共有者に対して、②の規定により公告した事項(㋑を除きます。)を通知しなければなりません(非訟87③前段)。
なお、この通知は、通知を受ける者の登記簿上の住所または事務所宛に発することで足ります(非訟87③後段)。
④ 裁判所による供託命令(非訟87⑤)
裁判所は、持分取得決定をするために、持分取得決定の請求をした共有者に対して、一定期間内に、所在等不明共有者のために、裁判所が定める額の金銭を、裁判所が定める供託所に供託し、かつ、その旨を届け出るべきことを命じます。
供託金額は、申立人が取得する共有持分の時価相当額であり、裁判所が定めます(民262の2④、非訟87⑤)。不動産鑑定士の評価書、固定資産税評価証明書、不動産業者の査定書などの証拠に基づいて判断されるようです(法制審議会民法・不動産登記法改正部会資料56・13)。
裁判所は、供託金額の決定後でも、持分取得決定までの間に、事情の変更により決定で定めた供託金額を不当と認めるに至ったときには、供託金額を変更しなければなりません(非訟87⑥)。
なお、これらの決定に対しては即時抗告ができます(非訟87⑦)。裁判所が決めた供託金額を申立人が供託しないなど裁判所の決定に従わないときには、裁判所は、申立てを却下します(非訟87⑧)。
⑤ 裁判所による持分取得決定
以上の手続を経て、裁判所は、所在等不明共有者の持分を取得させる旨の裁判を行います。裁判所は、この決定について、所在等不明共有者に告知する必要はありません(非訟87⑩)。
この決定は、確定しなければ所在等不明共有者の持分の取得という効果は発生しません(非訟87⑨)。即時抗告がなされないまま即時抗告期間が満了することによって確定します(非訟56④⑤)。
(4) 請求外共有者からの請求
持分取得決定の請求は、二人以上の共有者で併合して申し立てる場合と、一人の共有者が申し立てた後に、同一の不動産について、請求外共有者が新たに申し立てる場合が考えられます。
後者の場合には、上記(3)②㋔で定める期間内に、裁判所に対して、持分取得決定の請求を申し立てる必要があります(非訟87②四③)。この申立てが上記(3)②㋔で定める期間を経過した後になされたときには、当該申立ては却下されます(非訟87⑪)。
持分取得決定の請求をした共有者が複数いる場合、裁判所は、請求をした各共有者に対し、所在等不明共有者の持分を、請求した各共有者の持分割合で按分し、各自に取得させます(民262の2①後段)。
(5) 所在等不明共有者からの請求
所在等不明共有者は、持分取得決定の請求をした共有者がなした供託金の還付請求権を取得します(非訟87⑤)。
また、持分を取得した共有者に対して、取得した持分の時価相当額の支払を請求することができます(民262の2④)。
もっとも、所在等不明共有者は、供託金還付請求権を取得し、時価相当額の支払請求権も担保されています。そのため、本条の請求ができるのは、供託金額と時価相当額との間の差額分のみであると解されています。
新設された「譲渡権限付与決定」を行う制度とは
2. 共有者(遺産共有の場合を含む)の一部が所在不明の場合における、当該所在等不明共有者の持分の譲渡を受けるための方法を検討する
(1) 所在等不明共有者の持分を譲渡する権限の付与制度について
旧法下では、共有の不動産を売却したいときに所在が分からない共有者がいた場合、共有者全員の同意が得られないため、当該共有不動産を売却することはできませんでした。
そこで、令和3年改正民法では、不動産が数人の共有に属する場合において、共有者が、知れている共有者の全員が特定の者に対してその有する持分の全部を譲渡することを停止条件として、所在等不明共有者の持分を当該特定の者に譲渡する権限を付与する旨の裁判(以下、この裁判を「譲渡権限付与決定」といいます。)をしてもらうことができる制度が新設されました(民262の3)(前掲『Q&A令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』140頁)。
(2) 要件など
① 所在等不明共有者
所在等不明共有者の持分取得決定と同様です(上記1. (2)①参照)。
② 対象となる共有物
対象となる不動産には、遺産共有状態にある不動産も含まれます。ただし、所在等不明共有者の持分が相続財産に属し、共同相続人間で遺産分割をすべき場合には、相続開始の時から10年を経過しないときには、裁判所は、譲渡権限付与決定をすることができません(民262の3②)。
また、本制度の対象となる共有物には、不動産の使用または収益をする権利も含まれます(民262の3④)。
(3) 手続
譲渡権限付与決定は非訟事件であるため、非訟事件手続法に規定されています(非訟88・89)。
① 共有者による裁判の申立て(民262の3①)
所在等不明共有者と不動産を共有している共有者が請求します。
管轄は、不動産の所在地を管轄する地方裁判所です(非訟88①)。
② 裁判所による公告(非訟88条②・87②一・二・四)
共有者からの請求を受け、裁判所は、以下の事項を公告します。
㋐譲渡権限付与決定の申立てがあったこと
㋑裁判所が譲渡権限付与決定をすることについて異議があるときに、所在等不明共有者が一定の期間内(3か月を下ってはならない)にその旨の届出をすべきこと
㋒㋑の届出がないときは、譲渡権限付与決定がなされること
③ 裁判所による供託命令(非訟88②・87⑤)
譲渡権限付与決定をするための裁判所による供託命令の手続は、持分取得決定の場合と同様です(上1.(3)④参照)。
供託金額は、不動産の時価相当額を所在等不明共有者の持分に応じ按分して得た額であり、裁判所が定めます(民262の3③、非訟88②・87⑤)。定め方は上記のとおりです1.(3)④参照)。
裁判所の供託命令における供託金額の変更や供託命令に対する不服申立て、供託命令に従わない場合の取扱いについても、上記のとおりです(1.(3)④参照)(非訟88②・87⑥⑦⑧)。
④ 裁判所による譲渡権限付与決定
以上の手続を経て、裁判所は、譲渡権限付与決定を行います。裁判所は、この決定について、所在等不明共有者に告知する必要はありません(非訟88②・87⑩)。
持分取得決定の制度等を活用する場合の注意点
(4) 譲渡権限付与決定の効力
譲渡権限付与決定は、確定しなければ効力は生じません(非訟88②・87⑨)。即時抗告がなされないまま即時抗告期間が満了することによって確定します(非訟56④⑤)。
譲渡権限付与決定が確定した場合、譲渡権限付与決定の請求をした共有者は、所在等不明共有者の持分の譲渡権限を取得します。ただし、この権限は、共有者全員が、特定の者に対して、各自の有する持分全部を譲渡することを停止条件とするものなので、当該条件が成就しなければ、所在等不明共有者の持分の譲渡の効力は生じません(民262の3①)。
さらに、当該決定の効力が生じた後2か月以内(ただし、裁判所において伸長可能)に、当該決定により付与された権限に基づく所在等不明共有者の持分の譲渡の効力が生じない場合には、当該決定の効力は失われます(非訟88③)。
なお、この期間内に所有権の移転登記を行う必要はありません。
(5) 所在等不明共有者からの請求
所在等不明共有者は、譲渡権限付与決定を請求した共有者がなした供託金の還付請求権を取得します(非訟88②・87⑤)。
また、所在等不明共有者は、譲渡権限付与決定により当該持分を第三者に譲渡した共有者に対して、不動産の時価相当額を、所在等不明共有者の持分に応じて按分して得た額の支払を請求できます(民262の3③)。本条の請求ができるのは、供託金額と時価相当額との間の差額分のみであると解されています。
(6) あてはめ
調査の結果、曽祖父の相続人に所在等不明共有者がいる場合、本件不動産の売却のため、持分取得決定や譲渡権限付与の利用を検討します。
この点、所在等不明共有者の持分が共同相続人間で遺産分割を要する相続財産に属する場合には、相続開始の時から10年以上経過している必要がありますが、本件では、曽祖父の相続から10年以上経過していると思われ、いずれの制度も利用できそうです。
なお、共有者(相続人)の構成次第では、いずれの制度を利用するかによって供託金の額が異なる可能性があり、留意すべきです。
3. 所在等不明共有者以外の共有者の意思を確認する
持分取得決定の制度や譲渡権限付与の制度の活用を検討するときには、知れている共有者の意向を確認することも重要です。
例えば、知れている共有者間では、当該共有不動産を売却することで足並みがそろい、購入希望者もいれば、第三者への譲渡の実現可能性が高いため、譲渡権限付与が一回的解決になるでしょう。
本事例では、遺産共有ではない持分の共有者であるBが売却に前向きで、甲社が購入希望を示しているため、曽祖父の相続人のうち知れている共有者も売却の意向であれば、譲渡権限付与が望ましいです。
他方で、相続人のうち知れている共有者の中で売却に反対する者がいれば、譲渡権限付与の手続をしても期限内に譲渡できない可能性が高いと考えられます。
この場合には、持分取得の手続または遺産分割手続を経て所在等不明共有者の持分を知れている共有者に帰属させ、共有物分割の手続を行い、売却に反対する共有者との共有関係を解消してからの売却を目指すことになると考えられます。
〈執筆〉
山田裕佳(弁護士)
平成27年 弁護士登録(東京弁護士会)
〈編集〉
相川泰男(弁護士)