藤かんなが明かす、バレエ炎上の背景とその覚悟 「多くの人がグレーゾーンとして曖昧にしていたことを明るみにしてしまった」

AV女優・藤かんなの初エッセイ『はだかの白鳥 阪大大学院卒でAV女優に』(飛鳥新社)が5月29日に刊行され、各所で話題を呼んでいる。幼少期からバレエに打ち込み、大阪大学大学院を卒業した後は一部上場企業に勤めるなど、「優等生」としての人生を歩んできた藤かんなが、30歳を過ぎてからAV女優としてデビューし、大きな葛藤を抱えながらも数々の稀有な経験を積んでいく様を、瑞々しい文体で綴った傑作ノンフィクションだ。

2023年6月には、指導にあたっていたバレエ教室でAV女優として活動していたことがバレて、指導担当を外されたことをXに投稿したところ、ネットが賛否両論の大論争となったことも記憶に新しい。本書にはその背景も細やかに記されており、性産業や表現のあり方を考える上でも有益な一冊といえるだろう。

藤かんなに初エッセイを著した心境とその覚悟を聞いた。

■シンプルに、美を体現したかった

――初エッセイ『はだかの白鳥』、おもしろかったです。昨年6月、Xで炎上していた裏で、そんなふうに考えて行動していたのかと。想像していた以上に明るくたくましい筆致で語られていたので、ときどき、読んでいて笑ってしまいました。

藤かんな(以下、藤):ありがとうございます。表紙も黒くてダークなイメージだし、百田尚樹さんの帯コメントにも「泣かされるとは!」とあるので、お涙ちょうだい的な印象を抱かれる方も多いでしょうが、私としては、どちらかというと未知の世界を覗き見ておもしろがるような気持ちで読んでいただければと思っているんですよね。AV業界に足を踏み入れると決めたときは、不安や葛藤はありつつ、わくわくする気持ちのほうが勝っていたし、炎上したときもそれなりにダメージを受けながら、私を離れて拡大していく論争に、いろいろ突っ込みたくなったこともありますし。そういう正直な気持ちを綴っていたら、思いのほかポップな仕上がりになりました。

――根が明るくてさっぱりした方なんだな、という印象を受けました。初めて挑む撮影でも、藤さん自身が、起きる出来事の一つひとつをものすごくおもしろがっていましたよね。

藤:いやもう、実際、笑いが止まらなかったんですよ。そんなことするんや、って(笑)。でも、言われてみれば、根本的に前向きな性格なのかもしれませんね。ぐじぐじと悩んで眠れない夜もあるけれど、そういうときは、紙のノートに思いの丈を書いて書いて書きまくる。すっからかんになるまで全部感情を吐き出すと、自然とリセットされるんです。この本に書いてあることも、読み返してみると、当時はけっこうしんどかったよなあと思い出したりもします。

――一番しんどかったのは、どのあたりですか?

藤:第一章で、どうして女優になろうと思ったのか回想するところがあるんですけど、実際に言葉にするまで、自分でも明確な理由がわかっていなかったんですよね。バレリーナになりたいという夢に挫折したこと、必死で勉強して大学院を出てまで入社した会社で希望を抱けなくなったこと。そんなあれこれを思い出しながら自分を見つめ直し、自問自答している時間は、やっぱりしんどかったですね。

――人生の殻を破ろうとしたときにAV業界を選んだのは、大学時代から向いているだろうと思っていたから、という文章もありましたが、どうしてそう思ったんですか?

藤:昔からAVを観るのが好きだったんですよね。女優さんの美しい身体や気持ちよさそうな表情を観るのが好きだったし、ときには「この女優さんと比べたら私の身体のほうが勝ってるんちゃう?」って思ったこともありました(笑)。バレエは練習着も衣装も全身のラインがしっかりでるから、見られることに抵抗はなかったし、なんなら長年鍛えてきた身体美を披露したい気持ちもあった。それをいやらしいことだとも感じていなかったんですよね。シンプルに、美を体現したかった。それを成している女優さんたちは、嫉妬と憧れの対象だったんです。

■グレーゾーンとして曖昧にしていたことを明るみにしてしまった

――では、もともと職業自体に抵抗はなかった?

藤:そうですね。AVデビューして、バレエをやってて大学院も出ていて会社勤めもしていたのになんで、と驚かれることが多いんですけど、その反応を見て初めて「言われてみればギャップがあるのかもなあ」と気づいたくらい。

――ふつう、女性はあんまりAV見ないよと言われて、驚いたエピソードも語られていましたね。

藤:そうでした(笑)。私が観るようになったのは、当時の彼氏と行ったラブホテル。シャワーを浴びているのを待つあいだ、テレビで流れているのをなんとなく観ていたらハマってしまったという感じですね。家でも一人で動画を検索したりして……。大学で友達とスマホを見ていて、検索画面がいきなり現れて焦る、なんてこともありましたね。たぶん、みんな観ているだろうと思いながら、心のどこかで、違うかもしれないとも疑っていたんですよね。仲のいい女友達と性的な話をすることはなかったので、よけいに恥ずかしさもありました。

――なにも変なことじゃない、恥ずかしくない、という気持ちと、恥ずかしいものだと思わされる空気のあいだで、迷っていたという感じでしょうか。

藤:そうかもしれません。だから炎上して「セクシー女優が子供を指導するなんて許されることじゃない」というようなことを言われたときも、それとこれとは別じゃないかと思いながらも、「そう言いたくなる気持ちはわかる」と思う自分もいたんですよね。でも、この本にも書いたとおり、子どもたち……というか私たちはみんな、そういうことをして生まれてきたわけじゃないですか。なんでそんなに忌避されるんだろう?って疑問に思ってしまうのもまた事実なんです。もしかしたら、多くの人がグレーゾーンとして曖昧にしていたことを、私は明るみにしてしまったのかなあと思いました。

――許されない、という人もいれば、職業差別だという人もいて。

藤:でもけっきょく、何が正しいのか、結論は出ていませんよね。そんなもの、永遠に見つからないんだろうとも思います。その、白黒はっきりつけられない苛立ちを、みなさん、私にぶつけていた部分もあるんじゃないかなあ。そもそも、AV業界がどういう場所なのか、中にいる人以外にはまったくわからないじゃないですか。だから、なんとなくいかがわしくて暗いイメージがつきまとう。実際、私も、今の事務所に入るまでは「クリーンな顔して、裏社会を繋がっているのでは」「無理強いはしませんって言うけど、いずれはいやなことも危険なこともさせられるんだろうなあ」と思っていましたし。

――実際は、違っていた?

藤:いい意味で、裏切られました。会社員時代には出会ったことがないくらい、社長は熱意に溢れた人だし、現場のみなさんも純粋に「いいものをつくりたい!」というやる気で溢れている。彼らにとってAVは、エロいものでなくてはならないけれど、いかがわしいものではないんです。あくまでビジネスですから、女優には長く活躍してほしいと思っているし、そのためにも気持ちよく仕事ができる環境を整える。こちらが驚くくらい、細かく性病の検査もするし、出演者の身体を労わってくれる。むしろ普通の会社のほうが、なあなあで人を搾取することが多いんじゃないかと思うくらい。業界に対する偏見をなくそう!とまでは思っていないけど、真剣にまじめに働いている人たちをまのあたりにしているからこそ、実情を知ってほしいなという気持ちはあります。

――読んでいても、社長さんとの信頼関係が強いのが伝わってきます。

藤:バレエ講師をしていた教室で辞めてほしいと言われたときも、社長が真っ先に「なんでやねん!」って怒ってくれて救われたんです。会社にバレて辞めるときは、安定した居場所を失うことの不安があったけど、子どもの頃から続けてきたバレエをする場をなくすことは、私のアイデンティティが失われるようなショックがありました。さすがにそのときは、泣きながらノートに書いても書いてもおさまりがつかなくて、データをまるごと社長に送りつけたんです。今の私の気持ちをちゃんと知っておいてください、あなたは私の共犯なんだから、と。

――社長は、なんと?

藤:そのときは特に反応はなかったけれど、本を出すことが決まったあとに、「あなたの魂の叫びであるこの文章がなければ、この本は成立しなかった」と言われました。本当は、社長以外の誰にも見せるつもりのなかった文章だけど、「この本で絶対に読んでもらわないといけないところだ」って。担当編集者さんも、何度読んでもふるえると言ってくれていて、荒々しくても包み隠さず正直に書いた文章は読む人の心を動かすんだなあ、と思いました。上手な文章を書くよりも、どんな感情がそこに現れているかが、ときには大事なのかもしれませんね。

■誰かに手を差し伸べることのできる本になれば

――感情を、誰かに受け止めてもらえるというのも、大事なことですよね。

藤:そう思います。会社員時代のほうが、今よりずっと、孤独でした。入社したばかりのころは、当時の彼氏に愚痴を言ったりしたけれど、甘えすぎて「しんどいからもう言わんとって」と言われてしまった。確かに相手も疲れているのに感情を押しつけるのは我儘だよなと、ノートに書き散らすようになったのはその頃からです。それでも、昇華しきれないつらさを発散するように、たくさんの男の人たちとセックスするようになり……。

――そのせいで、よけいに心がすり減っていく感じは、共感する女性も多いんじゃないでしょうか。

藤:不思議ですよねえ。ほんと、人ってあわせ鏡なんだなと思います。なんやこいつら、中出しするくせに避妊ビル代も出せへんのか、卑怯やなとか。そういう、なあなあにしてくるセックスより、ビジネスとして相手を対等に扱うAVのほうがよほどクリーンだと思うんですよね。

――個人的には、そうやって男性に絶望しながらセックスは肯定し続けているのが、ちょっと不思議なのですが……。

藤:ああ、それは、セックスすること自体が私は好きだからだと思います。たくさんの男性と遊んでいたときも、その行為にはいちいち感情移入をしていなくて、この人はどんな形をしているのだろう、どういう反応を見せて動くのだろう、という好奇心のほうが強かった。言い方は悪いですけど、一種のゲーム感覚でした。

――そういう意味でも、確かに、おっしゃるように女優のお仕事は向いていたんですね。

藤:そうですね。もともと私の親しい人にはからっとした気質の人が多いんですけど、肚くくってやってやるぞと決めてからは、よりいっそう、そういう方々に出会えるようになった気がします。やっぱり、人ってあわせ鏡なんだなあ、と。会社員時代は、個性を出せというわりには空気を読むことを求められ、しんどい思いをすることも多かったけれど、今は私という存在をまるごと受け止めてくれる人たちがそばにいてくれる。独創的すぎると真っ赤に添削されて突き返されていた文章も、それがいいとこうして本にしてもらえた。自分の感情を自由に表現できて、それを受け止めてくれる人がいるというのは、とてもありがたいことですね。

――それは、誰もが手に入れたくて、なかなか手に入れられないものですしね。

藤:そういう、枠からはみだして自由にしているように見えるところも、他人があれこれ者を言いたくなる原因なのかなあと思います。昔から、私は思いついたことをすぐ行動にうつすタイプなんですが、大学時代に友達から言われたことがあるんです。「あなたの生き方は自由でいいね。私はそんなふうになりたくないけど」って。

――え、ひどいですね。

藤:ねえ(笑)。炎上したとき、そのことを思い出しました。もちろん、真摯に受け止めなくてはいけない意見もあったんですけどね。

――女優として一番になりたい、と本の中でもおっしゃっていますが、物書きとして今後の目標はありますか?

藤:三作目までは、エッセイのかたちで、思うところを書いていきたいです。先ほども言ったように、AV業界の内実は外にいる人には見えない。どんなに検索しても、面接ではどういう服装をすればいいのかすらわからなかったくらいですからね。そのあとは、小説を書いてみたいです。

――お母さまの影響で、宮部みゆきさんがお好きだと本にも書いてありました。

藤:女性作家さんが好きなんです。とくに好き……というか影響を受けているのは西加奈子さん。関西弁まじりの文体もそうですが、偏見をとっぱらって好きなように生きたらいいやん、という開放的なメッセージがありつつ、言葉の選び方は本当に繊細で、簡単にそうとは生きられない人たちの苦しさをも掬い取ってくれる。読んでいて、何度も救われる言葉に出会いました。『はだかの白鳥』を読んでくれた同じ事務所の女優さんが、覚えておきたい言葉がいくつもありました、と感想をくれたとき、これまでたくさんの作家さんから与えてもらってきたことを、少しは返せたのかもしれないと思うと、本当にうれしかった。次回作も、誰かに手を差し伸べることのできる本になればいいなと思っています。

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