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中島京子さんの最新長編小説『うらはぐさ風土記』。四季折々の武蔵野の風情と、地の縁で結ばれた人たちのゆるやかなつながり、おいしいごはんが瑞々しく描かれています。
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『うらはぐさ風土記』
中島京子著
離婚を機に帰国した沙希は、東京・武蔵野の一角「うらはぐさ」で、ひとり暮らしを始め、この地に縁のある一風変わった人々と出会う。
集英社 1870円
50代の人生の変化をどう受けとめて生きるか
主人公は52歳の田ノ岡沙希。
「50代のシングル女性が主人公の小説は初めて」と、中島京子さん。
「体調が変わったり、親の介護が始まったり、子どものいる人は子どもたちの独立など……私もそうでしたが、50代って身辺にいろいろ変化があった。若いときに想像していた50代とは違いましたが、そんな人生の変化をどう受けとめて生きるのかを考えました」
職を失ったうえに離婚したことを機に、30年のアメリカ生活に終止符を打って帰国した沙希。母校の女子大学で2年間の教職を得た彼女は、認知症で施設に入所した伯父が2年前まで住んでいた古い一軒家で新しい人生を歩み始める。
その家は武蔵野の面影が残る「うらはぐさ」と呼ばれる界隈にあり、沙希が学生時代を過ごした懐かしの地でもある。本書では「うらはぐさ」での、夏から始まる一年が描かれる。「うらはぐさ」は実在の場所ではなく、中島さんが頭の中で地図化した架空の地だ。
「どんな地名にしようかと考えて、武蔵野らしい植物を探していたとき、イネ科の植物であるウラハグサと出合いました。風知草(ふうちそう)の別名で知られるこの植物は、ただの葉っぱのような地味な草なのですが、花言葉が未来と知り、『これだ!』と決めました」
玄関わきの土に生えてきた胡瓜(と思ったら小さなメロンだった)から始まり、山椒の実や柿の実の収穫、梅や牡丹の花など家の庭に育つ植物のこと、野鳥のエナガが梅の木に巣を作ったことなど、ささやかな日常のエピソードが楽しい。その多くが中島さんの実体験だという。
「私は2年前に都心のマンションから高齢の母がひとり暮らしをしている郊外の戸建てに引っ越しました。数十年ぶりに庭のある家に住んで生活が変わりました。小さな庭ですが、多彩な草花が育ち、野鳥がやってきます。植物を育てたり、鳥の名前を調べたりするのが楽しくて。鳥を観察したくて生まれて初めて双眼鏡も買いました(笑)。散歩もするようになり、近所をぶらぶらすることがこんなに楽しいんだって気づきました。日常の小さな楽しみポイントを見つけると、暮らしが豊かになりますね」
どんな土地でも掘り下げると何らかの歴史にたどり着く
沙希はやがて、のどかな「うらはぐさ」にも再開発の波が押し寄せていることを知る。
「都心だけでなく、日本中あちらこちらで再開発が進められていますよね。それは私が住んでいる町も同じ。すごく素敵だった場所に、どこにでもあるようなショッピングモールができちゃったりすると、『何でこんなに変わっちゃうの⁉』みたいな寂しさがあります。もちろん、何も変わらずにはいられません。でも、残そうと思って残さないと、大事なものがなくなってしまうという現実があります。何を残そうとするかは切実な問題だと思います」
戦時中には特攻隊の飛ぶ飛行場、その後は米軍の家族たちが住んでいて、それから住宅地になったという場所もある「うらはぐさ」。
「土地も人間と同じで、過去が連なって今となり、そして未来へとつながっていきます」
一風変わった人たちとおいしそうな食べ物のこと
沙希が出会う人々は個性的で一風変わっているが、とてもキュートだ。庭の手入れをしてくれる76歳の秋葉原さんと、その妻の真弓さんは3年前に結婚したばかり。沙希が勤める大学の学生で敬語の使い方がへんてこな亀田マサミと彼女の親友で陸上部の水原鳩、大学の同僚で近現代史が専門の来栖先生……。
「たとえば秋葉原さんは地元の商店街で代々続く足袋店のひとり息子ですが、若いときに働くことはあきらめて、基本的にはずっと無職です。でも、庭を整えたり、壊れた扉をパパッと直したりすることは得意。この年齢になると、会社とか仕事とはちょっと違う、『生きるスキルをもつ人が老後を楽しめるんじゃないか』と思って描きました」
登場人物も魅力的だが、本書に登場する食べ物が何ともおいしそうで魅力的。学生たちにふるまう野菜の素揚げカレー、お茶うけにつまむ梅びしおや塩昆布、黒豆とクリームチーズを和えたワインのおつまみに、金目鯛の煮汁で煮含めた里いも……おなかがグーッと鳴るようなシーンがあちこちに登場する。
「私は食べることが大好きなので、食事のシーンを書いていると筆が進むんです。食べることも日常の大切な楽しみですよね」
人と街、人と人が織りなす温かくて愛おしい物語だ。
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PROFILE
中島京子
なかじま・きょうこ●1964年、東京都生まれ。東京女子大学卒業。
出版社勤務ののち、アメリカ滞在を経て、2003年『FUTON』で小説家デビュー。
10年『小さいおうち』で直木賞受賞。泉鏡花文学賞、柴田錬三郎賞、吉川英治文学賞など多数の受賞歴をもつ。
『長いお別れ』『やさしい猫』など著書多数。
※この記事は「ゆうゆう」2024年7月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。
取材・文/佐藤ゆかり