日本では「治療の手立てがない」 小児がん再発の少女が挑んだ"治療の壁"と家族の願い

神経の“がん”が再発し、日本では「治療の手立てがない」と告げられた小学生の女の子。イタリアの臨床試験に託した、家族の願いは──

「びょうきをなおして、早くかぞくといつもどおりの1日をすごしたい」 新年の絵馬に、託した願い。 神経にできた“がん”が再発し、日本では「治療の手立てがない」と告げられた女の子がいます。 「『なんで病気になっちゃったの、自分だけ』と泣いて。『大丈夫だよ、大丈夫だよ』と言っているけど、心の中で大丈夫と本当に思えていない。不安がずっとあった」(ちひろちゃんの母・久保田祐香子さん)

一筋の希望は、海外での治療

一筋の希望は、多額の費用がかかる海外での治療。 クラウドファンディングなどを通じ、多くの支援が集まりました。 「『頑張ってくるので、みんな待っていてね』と伝えたい」(久保田ちひろちゃん) 日本人で初となる臨床試験。 小さな体は、懸命に戦いました。 これは立ちはだかる壁を、いくつも乗り越えてきた、ちひろちゃんと家族の記録です。

がんの再発

埼玉県に住む、久保田ちひろちゃん。 神経の細胞にできるがん、「神経芽腫」と診断されたのは3歳の時でした。 最も治りにくい「高リスク群」のがん。 名古屋大学病院で治療を受け、一時は退院できるほど回復しましたが、小学3年だった去年の夏、再発が判明しました。 「大量の抗がん剤も使うし、放射線治療もやるし、外科手術もやるし。ありとあらゆることはすべてやって、初発では半分ぐらいの生存率。全てのことをやりきった後に再発した人は、基本的に命を助けることができない」(名古屋大学病院小児科 高橋義行医師)

両親が探し出したのは「CAR-T細胞療法」

「再発だから、治せないのが前提。埼玉の病院から、『思い出を作ってから入院でいい』と言われ、すごく悲しかったことを覚えています」(祐香子さん) 日本では、これ以上治療できない。 辛い現実を突きつけられた両親がインターネットで探し出したのは、「CAR-T細胞療法」でした。 仕組みは、まず患者の血液から、免疫に関わる「T細胞」を取り出します。 次に、このT細胞の遺伝子を人工的に作り変えて、がんを狙って攻撃するように変化させた上で、再び体内に戻します。 去年、イタリアの病院が発表した臨床試験の結果では、神経芽腫の患者27人に投与したところ、がんが完全に消えるなど、17人に効果があったということです。 「とんでもなく驚くべき成果かなと。世界中の医師や研究者が、ものすごい期待をもっている」(高橋医師)

広く支援を呼びかけ

ちひろちゃんにとって、唯一の希望となったイタリアでの治療。 しかし、渡航や滞在にかかる費用なども含めて6000万円以上かかることが分かり、両親は悩んだ末、広く支援を呼びかけることを決めました。 「本来なら、自分たちで支払うべきだと思う。多くの人に迷惑をかけて、資金を集めなきゃいけないのは、親として情けない」(祐香子さん) 去年のクリスマスには、クラウドファンディングなどを通じて、目標を大幅に上回る8800万円が集まりました。 「すごい泣いちゃいました。顔も見えない、会ったこともないちひろに対して、親身になって一緒に助けようじゃないけど、そういう風に言っていただけたのは、本当に温かいなって。本当にうれしかったです」(祐香子さん)

治療のため2回目のイタリアへ

今年2月、羽田空港には、ちひろちゃんと家族の姿がありました。 治療のためイタリアへ向かうのは、これで2回目です。 「早く病気を治したい」(ちひろちゃん) 「いよいよ、自分たちが望んだ治療に挑むことができて、すごくうれしい気持ち。『やってよかった』と思える未来が来るように、私は娘のサポートしかできないけど、ベストを尽くしたい」(祐香子さん) また父・将さんは、日本に残って仕事を続けます。 「何よりも、元気に帰ってきてくれることだけ。希望を持っています」(ちひろちゃんの父・久保田将さん)

日本人として初めての治療

ちひろちゃんが治療を受ける、ローマの小児病院。 ここで、日本人として初めて「CAR-T細胞療法」を受けます。 約1カ月前に体内から採取された細胞が、がんを攻撃するよう作り変えられて、投与されます。 「日本では、まだ治療をできないから。同じ病気の子でも、ちひろより、もっとつらい思いをしているから。早く病気を治して、日本でもできるようにしたい」(ちひろちゃん)

副作用のつらさはピークに…

投与開始から、5日目。 イタリアを訪れたのは、名大病院で主治医を務めてきた高橋義行さんです。 高熱が続き、頭やお腹の痛みに苦しむちひろちゃんに、効果が出ている証だと伝えて励まします。 しかし、このころ副作用のつらさは、ピークに達していました。

パパとの再会

言葉の壁で病院スタッフと細かくやりとりできず、募る不安。 そんなとき、待ちに待ったパパとの再会。 「がんばったね」(将さん) 必死にがんばる娘の姿を目に焼き付け、将さんはイタリアを後にしました。

治療が終わり4カ月ぶりに帰国

「もう待ちに待った感じです」(将さん) 6月11日は、親子にとって忘れられない日となりました。 羽田空港に到着した、ちひろちゃんと母・祐香子さん。 「夢かな、現実かなって分からない感じの。変な感じがします。ほっとひと安心、『やっと帰ってこられた』という思い」(祐香子さん) 「久しぶりの日本だなって、うれしい」(ちひろちゃん) 出発前より8キロほどやせましたが、イタリアでの治療が一通り終わり、4カ月ぶりに帰国しました。

CAR-T細胞療法の効果で、がんは確認できないほどに

「今回の治療は、自分たちがやりたい治療を、皆さんのご支援でできたことなので。感謝の気持ちでいっぱいです」(祐香子さん) その1週間後に、ちひろちゃんは診察のため名古屋へ。 CAR-T細胞療法の効果でがんは、確認できないほどになっていました。 「イタリアに行けたことも、治療ができたことも、先生たちとみんなのおかげだからよかったなって」(ちひろちゃん)

「4年生になったら帰ってくるよ」

今後は、埼玉県の自宅で体調管理などを続け、小学校へ戻る予定です。 “4年生になったら帰ってくるよ” これは、入院前にした友だちとの約束でした。 「学業や運動を、同じ年の子と一緒に活動していく中で、できないことよりも、できることに目を向けて、ちひろは友達と会えることとか、楽しみを見つけて生活できたらと思う」(祐香子さん) 「早く学校、行きたいな」(ちひろちゃん)

親子の願い

再発に絶望した、あの日からいくつもの壁を乗り越えてきた親子の願い。 “日本で、誰もが受けられる治療になってほしい” 「『娘を助けたい』という思いでやってきたけど、ちひろの治療が次の子につながるように。日本での新薬開発が加速したり、治療できるようになるのが早くなったり、この子のデータが、何かにつながっていけばと思います」(祐香子さん)

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