『9ボーダー』七苗とコウタロウが見出した“幸せの形” 最終回にふさわしい再会に

もし幸せになるための明確な条件があったとして、それを満たせば誰もが幸福になれるのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。幸せとは、その人の人生経験や価値観に深く根ざした、極めて個人的な感覚なのだから。忙しい現代社会では、時にそんな当たり前のことすら忘れてしまうときがある。金曜ドラマ『9ボーダー』(TBS系)の最終回は、3人姉妹それぞれの「幸せ探し」の物語が、ついに結末を迎えた。

リニューアルしたおおば湯には、日々の経営に奔走する中、新規のお客さんの獲得に悩む七苗(川口春奈)たちの姿が。新設した酵素風呂と飲食事業に大きな期待を寄せていたものの、思うように集客が伸びない。

そんな中、清澄白河で再開発計画が本格的に持ち上がり、おおば湯を含む商店街全体に立ち退きが要請される事態に発展。その再開発プロジェクトはコウタロウ(松下洸平)の勤める会社によるものだった。

地域住民の間では意見が割れ、激しい議論が巻き起こる。長年親しんだ街並みを守りたいという思いから立退に強く反対する人々がいる一方で、開発による経済効果に期待を寄せる声もあり、賛否両論の様相を見せていた。「この街も、商店街も、おおば湯も必ず守ってみせます」という七苗の言葉には、先祖代々受け継いできたおおば湯への愛情と、地域の人たちの笑顔を大切にする、彼女らしい強い思いが込められていたように思う。

一方、コウタロウは副社長として神戸に戻り、芝田悠斗としての人生を歩む決断をする。清澄白川に戻ってきた彼に、あつ子(YOU)は温かく、しかし少し寂しげに「幸せになってね」と声をかける。その言葉には、コウタロウの幸せを願う気持ちと、別れの寂しさが入り混じっていた。

再開発計画を知った七苗は、コウタロウとの関係や自身の感情に複雑な思いを抱えつつも、おおば湯の経営安定に全力を注ぐことを決意する。しかし、日々の忙しさの中でも、ふと気がつけばコウタロウのことを考えている自分がいた。同様に、芝田悠斗として新たな生活を送るコウタロウも、仕事に没頭する合間に、七苗の笑顔や言葉が頭をよぎることがあった。このすれ違いがなんとも切ない。

最終回では、七苗、六月(木南晴夏)、八海(畑芽育)は、これまでの経験を踏まえ、「幸せになるためにはどうすればいいのか」という大きな問いと改めて向き合うことになる。この問いかけは、本作が一貫して描いてきたテーマでもあった。

3姉妹それぞれが、おおば湯を中心とした人々との関わりを通じて、様々な形の幸せを目の当たりにしてきた。伝統を守ることに幸せを感じる人、新しい挑戦に喜びを見出す人、家族との時間を大切にする人、仕事に生きがいを感じる人。そうした多様な幸せの形に触れてきたからこそ、彼女たちは重要な気づきを得る。

「答えは無限にあって、1番いい形を考える」

幸せに正解はなく、むしろ自分自身で最適な形を模索し続けることこそが大切だという“答え”。それは、本作が伝えたかったメッセージの集大成とも言えるものだった。

六月は松嶋(井之脇海)からのプロポーズに、自分の気持ちと向き合う。「1人じゃ幸せになれない? どうなるのが幸せなのかな?」。しかし、彼女は松嶋との未来について、互いに歩み寄り、お互いの理想の中間地点を見出すことを決意する。これまでも、七苗や八海よりも一歩先、経験に基づいて幸せを探ってきた彼女だからこそ、相手も自分も大切にする、新しい形の関係性に気がつけたのかもしれない。

一方、コウタロウは陽太(木戸大聖)から鋭い質問を投げかけられる。「いいのか? このままで」。この問いに、コウタロウは深い思いを込めて答える。「全部を捨てることはできない。でもあの街にしかないものが、七苗」という言葉には、自分のルーツとおおば湯での幸せな日々の狭間で揺れ動く彼の複雑な心情が凝縮されていた。その苦しそうな表情から伝わってくるのは、七苗という存在が、彼にとっての幸せの形を決定づける大切な存在となっていること。30歳を迎えた七苗と、2人が“あの場所”で再会するシーンは、まさに最終回にふさわしいラストとなったのではないか。

人生の岐路に立つとき、私たちは意識的に選択していると思いがちだ。しかし実は、心の奥底に刻まれた忘れられない何かが、無意識のうちに私たちを導いているのかもしれない。

この物語でコウタロウは特異な存在だった。記憶を失い、何も持っていないように見えた彼。しかしそれゆえに、誰よりも純粋に人々の幸せや街の魅力を感じ取れたのではないか。その意味では、現実世界のあれこれに悩みながら幸せ探しをする3姉妹をよそに、皮肉にも彼が一番幸せに近かったのかもしれない。

コウタロウと芝田悠斗を繋ぐ架け橋として、松下洸平の表現力は欠かせないものだった。それは彼の演技がセリフ以上に雄弁だったからだ。ふわふわとした雰囲気で周りを包む優しいオーラ、七苗に向ける柔らかな視線。記憶を取り戻し、何も持たない自由さが失われても、その眼差しは変わらない。スーツを着て忙しなく働いていても、彼は芝田悠斗であるとともに、おおば湯で日々を共にしたコウタロウなのだと、私たちに確信させてくれた。

結局、幸せとは私たちの心に刻まれる「忘れられないもの」なのだろう。日常の些細な瞬間、誰かの優しさ、懐かしい風景。大切なのは、自分らしさを失わず、心に響く瞬間を見つけること。ありのままの自分が胸をときめかせるものに出会えたとき、そこには誰とも比べる必要のない“確かな幸せ”があるに違いない。
(文=すなくじら)

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