ジェイク・ギレンホールがドラマ初主演で深刻さを体現 AppleTV+『推定無罪』のユニークさ

さまざまな役になりきり、アメリカ映画界のなかでも幅の広い演技を披露してきた一人であるジェイク・ギレンホール。最近も、肉体改造によって格闘家並みの筋肉を身につけ、元UFC世界ライト級王者コナー・マクレガーとの危険な格闘シーンを、肉体美を披露しながら説得力十分に演じきったことで話題となった。

新たに配信が開始され、現在3話まで公開されている『推定無罪』において、ギレンホールは打って変わって、やり手の検察官の役柄を手がけることとなった。殺人事件における真実の追及や、法廷での闘いをめぐり、自分の過去の罪や深刻な危機に対処せざるを得ない状況に陥り苦悩するといった、きわめて内面的な演技に切り替わったのである。

原作は、1987年のベストセラー小説『推定無罪(Presumed Innocent)』だ。そのヒットを受けて製作された、ハリソン・フォード主演、アラン・J・パクラ監督による1990年公開の同名映画も大きな反響を呼んだ経緯がある。

今回のドラマ化版は、ドラマ界のヒットメイカー、デヴィッド・E・ケリーや、J・J・エイブラムスのバッド・ロボット・プロダクションズが手がけた、再映像化企画なのだ。主演のギレンホールにしても、ドラマ初主演となる意欲作である。ここでは、そんなシリーズの特徴と、これからの見どころを、現段階までで考えていきたい。

首席検事補として、確かな手腕を持って自信にあふれ、ときに他の検察官たちの眉をひそませるほどの、はっきりした物言いをする主人公ラスティ(ジェイク・ギレンホール)。そんな彼のもとに、悪夢のような報が届く。同僚の検察官キャロリン(レナーテ・レインスヴェ)が、縛られた状態で殺害されたというのだ。

この事件を担当するよう要請を受けるラスティだが、彼にはその仕事を引き受けたくない理由があった。それは、最近までキャロリンと不適切な関係にあったからだった。キャロリンの自宅で不倫を何度も重ね、その関係が終わった後も彼女に連絡を取ろうとするなど、ストーカーにも見えるような行動をしていたラスティは、本来ならば容疑者になり得る立場なのだ。

当初は隠そうとしていたものの、捜査の過程で、当然この関係は周知のものとなり、ついにラスティは逮捕されるという事態へと陥ってしまう。容疑を否認するラスティだが、彼が本当に犯行に及んでいないのだとすれば、人生が崩壊してしまうほどの危機に違いない。彼の妻バーバラ(ルース・ネッガ)や、娘や息子たちにも、家庭を裏切ったことを告白せねばならなくなるのも辛いことだ。とはいえ、不倫による家庭崩壊の危機については、彼の自業自得による必然的な結果だといえよう。

ギレンホールは、妻や子どもを裏切ってしまった罪悪感や、殺人罪に問われる不安のなかで身動きが取れなくなっていく人物の苦悩を、陰鬱な表情や、下を向きがちな仕草、イライラした挙動など、ネガティブな姿で表現していく。それは、ややもすると視聴者をも暗い気分に誘いかねないところがある。

そういった役柄を、かつての映画版では、当時40代後半だったハリソン・フォードが見事に演じていた。自分よりもかなり若い同僚の魅力に目がくらみ、自分を失っていくリアリティある姿はもちろんのこと、フォード持ち前の、挑戦的に燃えるように見える厳しい目元は、暗くなっていくストーリー展開に炎を宿すような印象を観客に与え、ストレスがかかりかねない展開を打破しそうな予感を与えていたと感じられた。だからこそ、その瞳から涙がこぼれ落ちる場面にも大きなインパクトがあったのだ。

対してギレンホールは、目の力では負けていないものの、眉が下がり気味なために、どちらかというと困り顔のニュアンスが感じられる。だからこそ、本作のような悩み抜く役柄を演じると、本当に深刻なものに感じられるところがある。その意味でギレンホールの姿からは、バランスを取ろうとするのではなく、むしろ沈鬱なら沈鬱で、役を全うしようとするような覚悟を感じるところがある。であれば、視聴者はそのつもりで彼の醸し出す人間性に没入するといった見方が求められるのではないか。

この物語がユニークなのは、普通ならば共感できない人物が主人公に設定されている部分だ。しかし、そんな主人公に思わずわれわれが心を重ねてしまうのは、これがサスペンスの文脈で語られているからだろう。「サスペンスの帝王」たるアルフレッド・ヒッチコック監督は、代表作『サイコ』(1960年)などの作品で、横領犯だったり殺人者にすら、観客に感情移入させることに成功している。共感できない人物の視点であれ、ハラハラするような危機を用意すれば、観客は思わず同調せざるを得ないのだ。

同時に、誘惑に弱く間違いをおかしてしまうというのは、誰にでもあり得る話だという見方もあるだろう。同じような間違いをおかしたことのある人や、不倫ではなくとも、誰かを裏切ってしまって罪悪感をおぼえていたり、何らかの欲望や自分本位な考えから倫理観を疑われる行為をしてしまった人は、誰しも少なからずあるはずなのである。そういう登場人物の物語は、けして清廉潔白なだけでも、完璧でもいられないわれわれにとって、感情移入の余地があるのも確かなことだろう。

そのような、許されない罪をおかしてしまったとき、どのように謝罪し、どう償っていけばいいのか。それを題材にしているという点で、本作はただまっすぐな主人公の活躍を追っていくだけではない、深いテーマを獲得することになるのだ。その行方は、本シリーズ最大の見どころとなるのではないだろうか。

そして、『PASSING -白い黒人-』(2021年)のルース・ネッガ、『わたしは最悪。』(2021年)などでインパクトを残したレナーテ・レインスヴェが、それぞれに異なる立場で主人公の心に大きな影響を与えるキャラクターとして、ストーリー上でも、俳優の演技の技量でも対決しているところも見逃せない部分だ。

さらに注目したいのは、本シリーズが映画版のようなストーリー展開をそのまま辿っていくのかという点だ。すでに多くの人々に知られているギミックがあるため、ここでは目先を変えてくるかもしれないと考えられるのである。実際、描写のいくつかで異なる流れを予感させる部分もある。原作や映画版が、意外な事実が次々に明かされていく内容であったため、さらなる意外な展開が用意されている可能性もある。それを念頭に置きながら観ることで、ストーリーの流れを知っている視聴者も、知らない視聴者同様のスリルを味わうことができそうだ。
(文=小野寺系(k.onodera))

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