「女湯に普通に入ることができたら、自分は女性として生きていってもいいんじゃないか」
大衆浴場の女湯に入り、20代の女性の体を触るなどしたとして、不同意わいせつの罪に問われた男(33)に判決が言い渡されました。
性に悩んでいたという男が裁判で語ったこととは…
不同意わいせつの罪に問われているのは、鳥取県に住む無職の男(33)です。
起訴状などによりますと、男は、2023年12月8日午前6時50分頃~午前6時58分頃までの間、鳥取県内の温泉旅館の女湯において、入浴中だった20代の女性に対し、その背後から声をかけるとともに、両肩、両脇、太もも、鼠径部付近を揉むなどした不同意わいせつの罪に問われています。
4月26日に行われた被告人質問。男は上下黒の服装で法廷に現れました。
華奢で小柄、白いマスクと鼻あたりまで伸びた長い前髪で、男の表情はほとんど見ることができません。
男は、小さい声ながらもはっきりとした口調で質問に答えました。
【弁護人質問】
Qあなたは性別について悩んだことはありますか?
―はい
Q具体的にどんな風に悩んだのでしょうか?
―昔から低身長で肌も白く、太りにくい体でした。
周りは身長が大きくなったり、男らしい体つきになっていくなかで、自分は身長160センチぐらいで、自分の体には変化が全然ありませんでした。
その後、ラジオを聞く中で、4~5年前から性別に関する話題、「ジェンダー」「ユニセックス」「LGBTQ」などという言葉を聞いて、「自分は無理して男である必要ないんだ」と考える時期がありました。
髪を染めたり、マニキュアを塗ったり、化粧道具を買ったりもしました。
性別に関しては、女になりたいわけではないです。
ただ、自分が男性として生きるのは生きづらいし、それは今でも思います。
Q女湯に入ったことは覚えていますか?
―はい
Qそれは今抱えている悩みに関係ありますか?
―男性の体でありながら、女湯に入るのは考えられないし、非常識だと思っていたけど、悩んで悩んで…いま思い出すと、自分が女湯に普通に入ることができるのであれば、自分は女性として生きていってもいいんじゃないかという自己解決。
自分のちょっとしたもやもやを取りたいがゆえに入ってしまいました。
大衆浴場の赤い暖簾をくぐった男、脱衣所には女性客が2人ほどいたということですが、服を脱いで浴場へ。洗い場で体を洗い、その後、湯船に浸かっているときに、被害女性に声をかけたといいます。
Q最初、被害者に声をかけたときのことを説明できますか?
―被害者の女性は湯船のふちに腰掛け、腰を揉んでいました。
その姿を見て、腰が痛いんだと思いました。
その後、女性の左後ろから「すみません、腰痛そうですね」と話しかけました。
すると、女性は、突然声をかけられて、びっくりされている雰囲気でした。
Qその後被害者は?
―移動しました。
Qどこに?
―反対側のふちです。
Qその後あなたは?
―私は元の自分が入っていた場所に戻り、顔の向きも壁を向いていました。
Qそれはなぜ?
―声をかけたときに被害者の全体の姿、顔や胸が見えてしまい、恥ずかしさ、罪悪感というか…
Qその後どんな行動を?
―こちらを向かれたので、お話しようと思いました。
Qどんな話を?
―身の上話です。私が「肌キレイですね」というと、女性は「肌白くてきめ細かいとは言われます」と言いました。そのとき笑った感じに見えました。
「私は自分の体に自信がないんです、女らしくもないんです」という話もしました。あと、お互いの年齢、仕事、彼氏の有無など。女性はパソコンを使った仕事していると聞きました。
Qどんな返答をしましたか?
―「だから腰が痛いんですね」と言いました。
Q被害者の反応は?
―「そうですね」と言いました。
Qその後はどんな話を?
―「マッサージしましょうか?」と聞きました。
Qどんな返答が?
―「お願いします」と言われた気がしました。
Qそれからどんな行動を?
―最初に肩を両手で触れたと思います。
その後、首を右手でつかむように触って、耳から首筋にかけて、両手親指でリンパを流すようにマッサージしました。
その後、腰をマッサージしました。すると、女性の体がびくっとなったので、ここは触れてはだめだと思いました。
女性は「あまり他人に触られるの慣れていなくて」と言いました。
その後、腰はやめて、肩と首をマッサージしました。
Q被害者のももを触ったことは?
―ないです。
Q鼠径部を触ったことは?
―ないです。
Qわいせつ目的ではなかった?
―性的な目で相手を見たつもりもなく、触ったのも同意を得たと思ったので、自分の性欲のためにマッサージしたわけではないです。
続いて、検察側が質問を行いました。
【検察側による質問】
Qあなたが明確に性別について違和感を覚えたのはいつですか?
―違和感を感じて悩んだのは、令和4年ごろです。
Q今回の犯行まで、女性として生きたいと行なったことはありますか?
―母親の化粧道具を借りたり、マニキュアやリップを買ったりしました。
女になりたいわけでなく、自分のコンプレックスであるヒゲや肌荒れ、肌をきれいにしたくてです。
Q女湯を利用していた際、被害者に、声が低い、体つきがごつごつしている、胸が無いなどの自分のコンプレックスの話をしたのは覚えていますか?
―はい
Qなぜ被害者に自分が女であるかのような発言を?
―わかりません。女性を装うつもりはなかったです。
Qマッサージの時間はどれぐらい?
―体感2~3分ではないでしょうか。
Qその後スタッフから「あなた男性なんですか」と声をかけられあなたはなんと答えましたか?
―わかりません。はっきり覚えていません。
Q体が男性の人が女湯に入ることで警察沙汰になると思わなかったのですか?
―当時は思っていませんでした。
Q「女湯に入れるのであれば、女として生きていってもいいんじゃないか」それ以外の方法は思いつかなかった?
―はい
Qどうしてそうつながった?
―確かめたかったというか…あまりに身勝手で確かめ方だったと思います。
Qあなたの悩みが解決すると思った?
―はい
Q男の体で入ることはまずいと思わなかった?
―全く思わなかったです。
そして、裁判官からも被告に質問しました。
【裁判官による質問】
Q女湯に入っていくときの格好は?
―白くて小さいタオルを一枚手に持っていたり、ヘアバンドのように頭に巻いていました。
Q性器を隠さないで動いていた?
―はい。こそこそはしていませんでした。
Q被害者と話しているときも?
―お湯に浸かっていたので、はっきり見えていなかったと思います。
Q今のあなたの考え、これから女風呂に入ることはありませんか?
―今後生活できるなら、女風呂には入らない。
公共施設に入ることも控えようと思います。
【最終意見陳述】
5月22日。
男は、金髪で肩まで伸びていた髪を短く刈り、坊主頭で出廷しました。
【検察官 最終意見陳述】
まずは検察官が意見を述べました。
そこで語られたのは、被告人の供述とは明らかに異なる、被害女性の供述です。
被害当時、女湯にいた女性は、被告人の体つき、髭を剃った跡、声の低さからなどから、被告人が男だとすぐに気づいたといいます。
「女性しかいないはずの女湯に男がいる」
初対面で互いに全裸という状況に遭遇し、男に何をされるか分からないという強い恐怖心から、女性はパニックを引き起こし、体が固まってしまったといいます。
そして、助けを求められる女性客が周囲にいなかったことから、男を刺激しないように、男の身の上話に適当に相槌を打ち、逃げるタイミングを窺っていたのだといいます。
検察官は、周囲に女性客がいない状況で、女性を混乱させ、女性が体を触られることに抵抗をしてもなお触り続ける行為は極めて悪質で、これは不同意わいせつに該当すると指摘しました。
ついに女性は「まだ髪を洗っていないんですよね」という理由でその場を回避して、脱衣所に避難し、急いでフロントに連絡したそうです。
検察官に対し、泣き震えながらこうした経緯を鮮明に説明した女性は、その後も大きな不安を抱えながら日常生活を送っているといいます。
その上、被害女性が慰謝料を請求していないことなどから、女性が虚偽の供述をしている可能性は考えにくいと主張しました。
一方、被告人が性に悩んでいて「女湯に普通に入ることができたら、自分は女性として生きていっていいんじゃないか」という考えから、男の体で女湯に入ったことは、合理的理由が皆無だと指摘しました。
検察官は、犯行動機に酌量の余地はないこと、被告人は再犯で執行猶予期間中に今回の犯行を行ったことなどから、2年の実刑判決を求刑しました。
【弁護士 最終意見陳述】
続いて弁護士が意見を述べました。
弁護士は改めて、被告人の無罪を主張しました。
被告人が女湯に入り、女性に声掛けをしたこと、女性の身体を触ったことは認める一方、それは女性の同意を得て触ったもので、いきなり触ったり、太ももや鼠径部付近を触ったりした事実はないとしました。
また、被告人は、長らく「性」について悩みを抱えていて、男性として生きることに違和感を感じていたことなどから女湯に入ったとして、そもそもわいせつ目的はなかったと主張。被告人の寛大な処罰を求めました。
裁判官「最後に言っておきたいことはありますか」
男「この度は…」
声が詰まる男。沈黙が続き、再び話し始めました。
男「この度は自分のあまりに身勝手な考えから、被害女性の日常生活にトラウマや恐怖心を与えてしまい、本当に申し訳ありませんでした。深く反省しております。」
そして声を震わせながら、こう続けました。
男「私は、したことはした、していないことはしていないと言いたいです。太ももや鼠径部を触ったという事実はありません。
多大なるご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした。」
【判決公判】
6月12日に行われた判決公判。
証言台に促された男に、裁判官が判決を言い渡しました。
裁判官
「被告人を懲役1年2月に処する。未決勾留日数中120日をその刑に算入する」
裁判所は、全裸の男性がいるはずがない営業中の女湯で、全裸の男性である被告人が、全裸で無防備な被害者に急に話しかけ、その後に被害者の身体を触ったことにより、被害者を恐怖または驚愕させ、その結果、触られることを同意しない意思を表明することが困難な状態になったといえ、被害者が被告人の行為について同意をしていないといえると判断しました。
そうした状況下で、被告人が被害者の身体を触る行為は、社会通念に照らし、性的な意味がある行為であり、わいせつ行為にあたると判断しました。
また、判決に至った理由として、被害者の周囲には人がおらず、誰の助けも得られなかった状況の中で、性的自由を侵害されたもので、被害者の被った精神的苦痛や驚き、恐怖、不安はとても大きく、そのため被害者が厳重な処罰を求めていること。
執行猶予期間中であったにも関わらず、犯行に及んだこと。
被告人は性自認に悩んでいたとはいえ、短絡的に犯行に及んでいて、その動機や経緯について酌量すべき事情は乏しいこと、などを挙げました。
一方、考慮すべき事情として、被害者に対して大きな苦痛や迷惑などをかけたことを深く反省し、社会復帰後は二度と再犯しない旨を誓っていること。
被告人の父親が社会復帰後の被告人の生活を監督指導する証言をしていることなどを挙げました。