いくら天才でも困った…『ブラック・ジャック』に出てきた架空の奇病

少年チャンピオン・コミックス『ブラック・ジャック』第9巻 (手塚プロダクション)

6月30日に放送予定の、高橋一生さん主演のスペシャルドラマ『ブラック・ジャック』。本作は言わずと知れた手塚治虫さんの名作漫画を原作としており、有名エピソードの数々が映像化されるとのことで期待を集めている。

キャスト情報が徐々に解禁されるなか、松本まりかさんが「獅子面病」患者を演じることも話題になった。「獅子面病」とはその名の通り、顔が獅子のような恐ろしい形相に変形してしまう奇病で、架空のものである。そんな病に苦しむ女性の姿を松本さんがどう演じるのか、それもまた本作の注目ポイントのひとつとなるだろう。

この「獅子面病」と同じように、『ブラック・ジャック』には実在する病だけでなく、フィクションを交えた「奇病」も多数登場する。今回はそうした奇病を扱ったエピソードのなかで特に印象的だったものを3つ紹介していこう。

※記事内に出てくる巻数は秋田文庫版のものを指す。

■まさかのラストに驚かされる「人面瘡」

1巻収録の「人面瘡」では、顔じゅうに広がったできもののせいで人相が変わってしまった男がブラック・ジャックのもとを訪れる。それだけ聞けば「獅子面病」と似ているが、こちらはまた別物だ。

人面瘡自体は本作に限らず、昔からフィクションにおいて妖怪や奇病として登場してきた。膝や腹など身体にできた傷が顔のようになり、物を食べたり話し始めたりというなんとも奇妙な病である。

このエピソードに登場した患者も、「こいつは勝手にものをいうんです」と主張し、実際にブラック・ジャックが手術を始めようとすると、まるで別人のようになってわめき散らし始める。「おれはこいつに一生とりついてるんだ」「手をくだしたってむだだ」と叫ぶ姿はまるで悪霊のようだ。

さらにブラック・ジャックが一度手術を成功させたにもかかわらず、人面瘡は包帯を外すと一瞬にして復活。しかしブラック・ジャックは人面瘡が「こいつが死にでもしなけりゃおれは元気だぜ」と言ったのを受け、患者を一度殺しかけてから治療するというトンデモ行動に出る。病の原因は患者の精神的なもので、荒療治によってその思い込みを解こうとしたのだ。

こうして患者の顔は無事元通りになるのだが、このエピソードにはまだ続きがある。後日、治療代を受け取るために患者のもとを訪れたブラック・ジャックが目にしたものとは……。まさかのラストは、ぜひ本編を読んで確かめてみていただきたい。

■成人男性が赤ん坊サイズに…「ちぢむ!!」

3巻収録の「ちぢむ!!」は、アフリカの奥地を舞台にしたエピソードだ。ある日知り合いの戸隠先生に呼ばれて遠路はるばるやってきたブラック・ジャックは、この地で「身体が縮んでいく奇病」が人間を含めた動物の間で流行していると聞かされる。

ライオンが猫ほどの大きさに、大人のゾウが子ゾウほどの大きさに次第に縮んでしまい、最終的には衰弱して命を落とす。相談してきた戸隠本人もこの病にかかっており、頼みの綱であるブラック・ジャックを頼ったのだった。

ブラック・ジャックははじめ乗り気ではなかったものの、戸隠から“きみも感染している可能性がある”と脅され、治療法を探ることになる。しかし彼が奔走するあいだにも戸隠の身体はどんどん縮み、ついには30センチほどのサイズに……。

この病は「縮む」以外の異常は出ないが、自分がだんだん小さくなっていくのは恐怖でしかないだろう。おまけに治療法も症状を遅らせる方法もなく、縮むところまで縮んだら必ず命を落としてしまう。

結局、ブラック・ジャックは病の原因そのものにはたどり着けなかったものの、動物たちの行動をヒントに「免疫血清」をつくって治療することを思いつく。しかしその頃には戸隠はもう手遅れだった。死を前にした彼は「この病気にはもともと正体なんかなかったのだよ」「これは……神の…警告だ…」と言い残す。

神の意思や自然の摂理といったメッセージは本作のなかでしばしば登場するが、このエピソードもそのうちのひとつ。ブラック・ジャックがラストで言い放つ「医者はなんのためにあるんだ」のセリフも非常に有名である。

■トラウマ級の描写も!?「木の芽」

最後に取り上げるのは、15巻に収録されている「木の芽」だ。青木幹男という名の男の子が、ある日突如身体から木の芽が生えてくる謎の症状に悩まされる。本人は意地でも隠し通そうとしていたが、唯一気付いていた兄の茂が心配してブラック・ジャックに手紙を送ってきたのだった。

幹男の症状はどんどんひどくなり、はじめは服で隠れる部分から生えてくるだけだったのが、顔や手からわさわさと葉が生えてくるようになる。同級生にも「おばけだーっ」と怯えられてしまうが、騒ぎを聞きつけた茂が人目のないところに連れ出し、事なきを得た。

弟を守る優しい兄の描写には終始和まされるが、幹男の全身が葉に包まれる段になるとそうも言っていられない。大量の葉に埋もれ身体が巨大化してしまった姿はトラウマ級である。これにはさすがの茂も怯えていた。

その後すぐにブラック・ジャックが駆け付け、すでに原因も見抜いていたために手術も無事に成功する。なんと幹男の身体にはサボテンが寄生しており、そのせいで芽が次々と生えてきていたのだ。

青木一家は以前ブラジルに住んでおり、そのとき夫妻は庭に生えていたサボテンをたいへん可愛がっていたらしい。それを聞いたブラック・ジャックは、サボテンには一種の霊感があるという話を持ち出し、家族が日本に帰るとき幹男に寄生して一緒に来ようとしたのではないかと推測していた。

ちなみにブラック・ジャックは治療費として茂から3万2000円(彼の貯金全額)を受け取ったのだが、「幹男くんに何か買ってやりな」と返してあげている。サボテンも青木家の庭に植えられたそうで、全体的にほっこりするエピソードだった。

『ブラック・ジャック』では今回取り上げた3つ以外にも、「99.9パーセントの水」や「本間血腫」など、実在しない奇病を扱うエピソードは数多い。時に大胆なフィクションを取り入れながら壮大な物語を描いた手塚さんの名作、ドラマ化をひとつのきっかけとしてあらためてチェックしてみてはいかがだろうか。

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