殺人と恋愛の落差がエグい──『ねずみの初恋』が、ヤンマガで一番売れてる理由

「ひっ…ひとめぼれぇっ…しちゃいましたぁ……」

Xなどでキャラクターが身悶えながら告白する宣伝ポストを、目にしたことがある人も多いのではないでしょうか?

今回は、今ヤンマガで最も勢いがある漫画──そう言っても過言ではない作品を紹介します!

年間数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる連載「漫画百景」。第四十三景目は大瀬戸陸さんによる『ねずみの初恋』です。

3月に刊行された第1巻(電子)の初月売り上げが、掲載誌『週刊ヤングマガジン』の作品で歴代トップになった話題作。さらに、6月刊行の2巻も発売後すぐに重版が決定。公式から「ヤンマガで、今一番売れてます!!!」と喧伝される大反響を呼んでいます。

そんな『ねずみの初恋』の大きな2つの魅力を読み解き、はじまったばかりの第二章の展望も交えて紹介します。

単行本の重版が止まらない 大瀬戸陸による漫画『ねずみの初恋』

『ねずみの初恋』は、講談社の漫画誌『週刊ヤングマガジン』で連載中の漫画です。

作者の大瀬戸陸さんは、『だくてん』で第78回ちばてつや賞ヤング部門・優秀新人賞を受賞してデビュー。

これまでにエログロ描写で攻めきった連載作品『影霧街(えいむがい)』、読切として『老人と孫』と、『ねずみの初恋』にも繋がる『ごめんなさい、メシアちゃん』を発表しています。

2023年11月6日から『ねずみの初恋』を連載開始。単行本の第1巻が2024年3月6日に刊行されると、5月30日までに4度の重版が決定。6月6日に刊行された第2巻も、同月13日には重版が決まりました。

声優の高橋李依さん、花江夏樹さん、石田彰さんがキャラクターの声を担当したPVも公開され、新宿など各地での広告掲出も続いています。

主人公は殺し屋の少女・ねずみと純朴な青年・碧 血まみれの恋物語

『ねずみの初恋』のメインキャラクターは、幼い頃からヤクザに殺しの技を叩き込まれて育った殺し屋の少女・ねずみと、彼女に一目惚れした青年・(あお)です。

ゲームセンターで偶然出会ったねずみと碧。自分に一目惚れしたと懸命に告白してくる碧の熱意に胸を打たれて、ねずみは付き合うことを決めます。

それから半年間、何の支障もなく、ささやかで平凡な同棲生活を送っていた2人ですが、碧に予期せぬ危機が迫り、物語が大きく動き出す……という1話の掴みが秀逸です(ネタバレになるので、碧に迫った危機については後述しています)。

なお、第1巻の重版が決まった際に、作者の大瀬戸陸さんは「『ねずみの初恋』を買っていただきありがとうございます! 最後まで責任を持って描きます!!」とコメント(外部リンク)。

第1巻刊行の時点で“最後まで”と完結に触れるのは気が早いようにも思われますが、1話以降ガンガン話が進んでいきます。

作者の読切『ごめんなさい、メシアちゃん』(外部リンク)に登場するメシアを登場回から大暴れさせるなど、魅力的なキャラクターも出し惜しみしません。

今すぐに完結するとは言いませんが、比較的少ない巻数で物語をまとめ上げる、短距離を全速力で駆け抜けるような作品かもしれません(あくまで筆者の予想です)。

では以降、6月から始動したばかりの第二章にも言及する、大量のネタバレを含む内容となりますので、未読の方はご留意ください

チンピラを殺せなければ人生終了──緊張感を途切らせない、緩急を活かした演出

『ねずみの初恋』の魅力は、“緩急の効いた演出”と“殺人と恋愛を描くシーンのギャップ”、大きく分けてこの2つだと考えます。

まずは前者から。本作の痺れる演出が炸裂した代表的なシーンと言えば、碧が初めての殺人を犯すエピソードです(7話〜9話)。

ねずみの正体を知ったことで彼女を囲うヤクザの組長・(いるか)に命を狙われた碧は、自分も殺し屋になり、組織に貢献するという約束を取り付けることで危機を脱します。

与えられた1ヶ月の猶予で殺しの技を身体に叩き込み、初仕事に挑む運命の日。ターゲットのチンピラを殺せなければ人生が終わる日です。

駅の構内で隙だらけのチンピラの背後を取りながら、碧の手は止まり続けます。極限の緊張で景色は歪んで見え、鏡に映ったナイフを持つ自分の姿に汗が止まらなくなる。

とうとう決意が鈍って諦めかけた時、ねずみの心配そうな顔が一瞬、脳裏を駆け巡り、ナイフを強く握りしめる見開きは鮮烈でした。

7話と8話で碧の逡巡を丁寧に描いて溜めをつくり、9話で一気に開放する。緩急の効いた演出にやられたものです。

「はじめてのチュウ」が脳内再生 甘々な恋愛と殺人のギャップに痺れる、殺られる

他人の命を奪うことで生きる、過酷な人生を歩むことになる碧ですが、作中では折に触れて死者を悼むが様子が見られ、自らの所業に思い悩みます。

普通ならとても正気ではいられません。

しかし、彼には愛しのねずみがいます。彼女と生きていくためになら人だって殺せる。手が血まみれになっても、家に帰ればねずみが笑顔で出迎えてくれる。それでなんとか心の均衡が保たれます。

本作で何度も見られる、殺人シーンと2人がいちゃつくシーンのギャップは、本当に凄まじい。ねずみも碧も恋愛に関しては超奥手。「かわいい」と言って、言われるだけで、お互いに赤面して顔を手で覆う始末。甘々です。

前述した碧の初仕事の後に、2人のデート回(10話〜11話)がありまして、これがもうあっまあまでした。まだ人を初めて殺したショックを拭いきれない碧の様子を察して、ねずみが精一杯励まそうと頑張る姿が健気でたまりません。

脳内で勝手に名曲「はじめてのチュウ」が流れはじめるシーンの破壊力はすんごいので、ぜひ読んでほしいです。

そして、気付いた方もいるかもしれませんが、殺人と恋愛も一種の緩急です。交互に描くことで物語に波をつくり出し、差分で読者を虜にしてきました。

このような緩急で読者を揺さぶる演出は要所で効果的に使われており、作品の緊張感を保ち続けています。

1話からずっとテンションが下がらないので、続きが気になり、購買意欲が刺激される……『ヤンマガ』で今一番売れている作品になった理由は、本作の緩急及びギャップが生み出す中毒的な魅力でしょう。

幕を開けた『ねずみの初恋』第二章の展望 碧の過去は明らかになるのか?

ねずみと碧の純愛がたまんねえ!

と、書いた後に触れるのも辛いのですが、2人の恋愛はとても上手くいきそうにないことが、『ねずみの初恋』の端々で示されます。正直、現状では破滅しか見えません。

最大の理由は、ねずみが昔、碧の姉を殺害していることです

この問題はまだ表面化していませんが、この特大の地雷がある限り2人に真の意味での幸せは訪れないでしょう。愛しの碧の肉親を殺していたことに気づいた時、ねずみはどうするのか?

そして碧は、ねずみが姉の仇だと知った時にどうするのか? あるいは仇だと知っていて、ねずみに近づいた可能性すら考えられます。

というのも、碧の過去はほぼ明かされていません。姉が死んだ学生時代(中学or高校?)以降、どこでどう過ごしてきたのかが全く分かっていないのです。そもそも、なぜ姉がヤクザに狙われるのか? 碧のうなじに残る傷の謎など、不穏な伏線も見え隠れしています。

碧の過去が明らかになった時に、『ねずみの初恋』は佳境を迎えるはずです。

6月17日から開幕した第二章では、ここに踏み込むのか。

拳銃を持つツインテールの少女らしき新キャラクターの正体も気になります(1話に出ていたツインテの少女? 3話で「ねずみが死んだ時のスペアがもう一人 組におってもええかもしれません」という台詞があるため、筆者はねずみのスペアであると予想しています)。

第二章も相変わらず初回から飛ばしており、物語はなお加速中。まだ追いつきやすい今のうちから読むことをオススメします。

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