うつ病からの回復描く実録漫画 うつ再発の衝撃最終回に大反響 著名ギャグ作家「もう何も描けない」

ギャグマンガ家の相原コージさん(61)がうつ病を発症し、入院、閉鎖病棟での日々を克明に記したエッセイマンガが完結した。最終回の第36話が収められた「うつ病になってマンガが描けなくなりました 退院編」(双葉社)は6月19日に発売された。完結までの道のり、そして大反響を呼んだ最終話の〝真相〟を担当編集者に聞いた。

双葉社のコミック配信サイト「webアクション」で2021年3月26日に連載がスタート。第1話「喪失」はわずか8ページだった。

相原さんは2019年秋に右足を骨折し、歩行再開後はぎっくり腰を発症。症状が治まった20年春、新型コロナ禍で1回目の緊急事態宣言に直面した。半年間外出がままならなかった中で、うつに襲われた。心療内科に通院するも、次第に悪化し、同年夏には同媒体で連載中だった作品を心身の不調を理由に休止。閉鎖病棟への入院を経て、同年12月に退院。翌21年1月に今作の企画を提案し、担当医の了承を得て連載開始に至った。

マンガの感覚が万全ではない状態でのスタート。月刊ペースで進み、第2話「前兆」(21年4月23日)は10ページ、第3話「落ちる」(同5月28日)は12ページ、第4話「念慮」(同6月25日)は14ページと次第にページ数が増えた。第11話「解決策」(22年1月28日)以降は、20ページを基本に連載が進んだ。今年2月9日に第35話「瘡蓋」を配信し、最終回を残すのみとなった。

担当編集者は「発病、入院、退院までを描くことは最初から決まっていました。ウェブなので多少お休みしても、ページの増減があっても大丈夫。紙の雑誌と違って締切やページ数がガッチリ決まっているわけではない。元々すごく真面目な方なので、自分のペースでできたのが良かったのでしょう」と振り返った。スマホで読みやすいよう吹き出し文字を大きくするなど、相原さんの工夫も反映された。これまでの「発病編」「入院編」の単行本2冊はいずれも即重版。「プロとして単行本が売れるのは本当にうれしいことですし、いいモチベーションになったと思います」とねぎらった。

相原さんの創作を「彼は全部計画通りやるタイプなんです。最初に企画書を出して、その通りに進めるマンガ家はなかなかいないんですけど、計画通り理性を持って進めるタイプです」と語った担当者。最終話に関しては「この作品の第1話を描き始めるところで締める。描けなくなったマンガ家が、再び描けるようになった、という内容を彼も考えていたと思います」と述懐した。ところが事態は急転した。最終話に取りかかる頃、相原さんのうつ病が再発したのだ。

最終第36話「現実」(※単行本では「エピローグ」と改題)は今年3月22日に配信された。わずか7ページ。8ページだった第1話を下回った。うつ病が再発し、何も描けなくなった現状が描かれた。当初の計画通りに進行していただけに、担当者は「土壇場で何もできなくなっちゃって、お手上げでした。もう描けるものを絞り出す、という形は、最終話が初めてでした」と振り返り、「計算ではなく、結果的にああいうリアルな、身も蓋もない終わり方になりました。結果としては、それはそれで本当にリアルで面白いし、読者からものすごい反響がありましたね」と続けた。SNSでは「壮大な伏線回収」などというコメントが飛び交い、相原さんの体調を心配する声は、社内からも寄せられるほどだった。

第35話を制作中に相原さんから体調が少し良くないことを聞かされていた担当者。最終話のネーム(漫画の設計図)が一向に届かないため、直接連絡を取ると、「もう何も描けない」と打ち明けられた。うつ病の再発だった。直接的な原因ではないが、年明けに相原さんが実家のある北海道登別への帰省を兼ね、家族で旅行しながら各所を巡った際の肉体的疲労が、一つのきっかけになったのだという。

「最終話のネームは十数ページできていましたが、以前と同じものが描かれていて、本人もボツだと分かっているようなものでした。話し合いながらネームを作り直しても、やはり以前の繰り返しのような内容になってしまう。その中で印象的なコマがありました。嘘偽りない現在の相原を表しているので、そのコマを最終ページにしましょうと話し合い、そこから逆算してネームを完成させました」

こうした難産の末に完結。担当者は「思ったよりも順調に進んでいたのですが、最後に大きな負荷をかけてしまったのかもしれません。でも完走できて、彼にお疲れさま、と言いたいです。何よりも本人がそれを望んでいましたから」と感慨深げに語った。

今作で最も印象的なのは、相原さんが自死を試みて、入院へと進むエピソードだという。担当者が相原さんを見舞おうとした際、担当者は糖尿病を患っているため、相原さんが「コロナを感染させたら重症化して死なせてしまう」と思い詰め、極端な行動に走る場面が描かれる。担当者は「入院の原因が僕だったの?と、ネームで初めて知ってビックリしました。彼も『どうかしていた』と話していましたが、衝撃を受けましたね」と苦笑した。

そして「例えば閉鎖病棟というのは、一般的にはマイナスなイメージじゃないですか。外部と遮断して、ベルトやズボンの紐まで取り上げられるような。でも彼が一時外出した際にストレスを感じて、閉鎖病棟に戻ったときに、繭(まゆ)に包まれているような安心感を得られる描写を読んだとき、僕にとって新鮮な視点を感じました」と言及。チョコレートを食べた時に症状が改善するきっかけが生まれる描写、看護士との会話で驚く描写など、心の病に対するリアルな向き合い方は、相原さんが連載前に掲げた「自分を客観的に見つめることは、癒やしにつながるかもしれない」というテーマ通りなのだろう。

現在は自宅で静養しながら、症状の回復に努めているという相原氏。担当者は「彼には『まだマンガ界で誰も挑戦したことがない』と話しているテーマがあります。僕も定年が近づいてきましたが、彼の新作を楽しみにしています」と語った。最終話の最終ページ全てを使って描かれた大ゴマ。きっと読者の心にも何かが残るはずだ。

◆相原コージ(あいはら・こーじ)北海道登別市出身。『8月の濡れたパンツ』で1983年にデビュー。代表作は『かってにシロクマ』『コージ苑』『ムジナ』『真・異種格闘大戦』『サルでも描けるまんが教室』(竹熊健太郎との合作)など多数。

(よろず~ニュース・山本 鋼平)

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