『響け!ユーフォニアム』で考える部長論 黄前久美子、吉川優子、小笠原晴香の代を比較

アニメシリーズ『響け!ユーフォニアム』には3人の部長が登場する。小笠原晴香、吉川優子、そして主人公の黄前久美子。それぞれが北宇治高校吹奏楽部の部長として部員たちを引っ張り、困難を乗り越えようと頑張る。比べると一人ひとりに違った魅力があり、そしてこの3人がいたからこそ、北宇治高校吹奏楽部が強くなっていたことが見えてくる。

黄前久美子が部長として覚醒した。武田綾乃の小説を原作にしたアニメシリーズの最新作となる『響け!ユーフォニアム3』。その第十回「つたえるアルペジオ」で、全日本吹奏楽コンクールの関西大会に臨もうとしていたものの、どこかモヤモヤとした気持ちを引きずっていた吹奏楽部の部員たちを前に、久美子は誰もが練習を頑張ってきたこと、真剣に音楽に向き合ってきたことを叫ぶようにして訴え、目の前の演奏に気持ちを向けさせた。

結果として北宇治は関西大会を突破して全国大会出場を決める。久美子の部長としての面目躍如といったところだが、それでも、直前までゴタゴタしていたことは事実。北宇治がこの年から始めた、京都府大会、関西大会、全国大会のそれぞれでオーディションを行うやり方が、ずっと部員たちを浮き足立たせていた。

上手ければ選ばれるのだから、上手くなるように練習すればいいだけだというドライな意見もあった。とはいえ、選ばれなかった部員が自分は下手なんだと割り切ることは簡単ではない。選ぶ顧問の滝昇の基準がズレているのではといった疑問も湧き出て、滝のことを絶対だと信じている高坂麗奈の怒りを誘い、部の雰囲気を悪くしていた。

そうした混乱を、本来なら部長の久美子が解消に動く必要があった。滝にブレはなく、全国大会での金賞獲得という皆で決めた大目標のために進んでいるだけだと部員たちに言い聞かせればよかった。

けれども久美子には迷いがあった。吹奏楽の名門校から転校してきた、同じ3年生で楽器も同じユーフォニアムを担当している黒江真由を意識しすぎて、すべてを見通して公平な判断を下す部長としての役割を果たし切れていなかった。麗奈のようにギリギリと締め上げることも、不満をとりまとめて滝と直談判することもできない久美子の煮え切らない態度を、麗奈が「部長失格」と批判したのも当然だ。

もしもこの状況で、部長が1年先輩の吉川優子か、2年先輩の小笠原晴香だったら混乱は起こっただろうか。優子は最初のTVシリーズ『響け!ユーフォニアム』で、先輩の中世古香織にトランペットのソロを吹いてもらいたいばかりに、麗奈を敵視する言動を見せる嫌われ役だった。もっとも、オーディションの後は全国に行くためには上手い人が吹くべきだと久美子に言って、理解を示した。

部長に就任して3年生になってからは、特に大きな問題を起こすことなく北宇治を関西大会まで導いた。『劇場版 響け!ユーフォニアム ~誓いのフィナーレ~』で新1年生の鈴木美玲が辞めると言い出したり、映画『リズと青い鳥』で3年生の鎧塚みぞれと調子が上がらなかったりといった問題はあった。ただ、それらは美玲個人のこじらせであり、みぞれと傘木希美とのパーソナルな関係に起因するもの。どちらも収まるところに収まって、部全体が混乱に陥ることはなかった。

優子が率先して何かをしたという感じではないが、久美子を1年生指導係にしてコミュニケーション能力を引き出したり、みぞれと希美との関係を見守って壊れないようにしたりといろいろ画策はしていた。この調整力の高さが実は優子の部長としての優れたところだ。

武田綾乃の小説『飛び立つ君の世を見上げる 響け!ユーフォニアム』に、先輩の田中あすかがそうした優子の資質に気づいて、部長に推したことを語っている。『響け!ユーフォニアム3』の原作に当たる『響け! 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章』では、優子の後を継いで部長になった久美子が、先代を「小さな不満の種を潰し、カリスマ性で他者を導く」リーダーシップを持った部長だったと振り返っている。

こう聞くと、優子が久美子や晴香よりも優れた部長のように思えてくるが、その代の北宇治は関西大会で涙を呑んだ。カリスマとして君臨し、不満を取り除くことに気を配ったことで競争意識が削がれ、あと一歩の迫力を演奏に乗せられなかったのかもしれない。やる気のない先輩たちに反発して、仲間たちが辞めていった世代だけに、不和を嫌ったところもあった。気持ちは分かるが、それが優子の限界だった。

だからといって、前年に北宇治を全国大会出場へと導いた晴香の方が優れた部長だったかというと、これも難しい。晴香の代には滝の厳しい指導を嫌ってボイコットすると言い出す部員が出た。同級生の斎藤葵が退部してしまった時には自分の不甲斐なさを感じて嘆いていた。優しいとカバーする久美子に向かって「優しいしかないじゃない!」と叫ぶ晴香からは、能力以上の責任を負わされてしまった人が抱く不安と不満が感じられた。

切れ者の田中あすかが断ったから自分に部長が押しつけられたという思いもあっただろう。あすかが部長だったらあらゆる問題が一刀両断にされていったに違いない。ただ、それで果たして北宇治の音楽が良くなって、翌年も関西大会出場を果たし翌々年の久美子の代で2年ぶりの全国出場を成し遂げるようになったかは疑問だ。聡明なあすかですら断った部長に就いた晴香の勇気を周りが認め、下級生も慕ってついていき、ある種の連帯感が生まれた。優子がカリスマで引っ張ったのだとしたら、晴香は人徳で盛り立てた。久美子の代まで北宇治が強さを保ち続けられたのも、この2人の力があったからだ。

アクセルを目一杯に踏みがちな優子に副部長の中川夏紀がブレーキ役として付き、運営がうまくいったように、晴香にも良いサポート役がいたことも大きかった。それは副部長のあすかではない。中世古香織だ。葵の退部にショックを受けて家に引きこもっていた晴香を、香織は焼き芋持参で訪ねて慰めつつ鼓舞して部活に引き戻した。

オーディションの結果、麗奈がソロを吹くことになった時も、敢えて再オーディションを申し出て、部員たちの前で麗奈を認めて譲ることで、北宇治は年功序列ではなく実力主義に変わったということを強く意識させようと企んだのかもしれない。そんな想像も浮かんでしまう香織の策士ぶりは、部長として行き詰まっていた久美子が助言を求めてあすかのマンションを訪ねた時にも発揮され、相変わらず辛辣なあすかをたしなめながら良いアドバイスを出させた。

まさに北宇治“影の部長”といったところ。そんな存在が久美子にいたかというと、麗奈は音楽に真っ直ぐで妥協がなく、副部長の塚本秀一は男子部員のまとめ役程度にしか機能していない。3代で最も過酷な状況にあってなお決断できない久美子の部長としての資質は、3代では最低と言われても仕方がなかった。それが「つたえるアルペジオ」で覚醒し、部長としての責任を自覚し、リーダーシップを見せつつ責任も求めてすべてを一身に背負う覚悟を見せた。

優子より弱く晴香より固かった久美子が、ようやく2人と並ぶところまでたどり着いた。

上手くなりたい。そして北宇治の音を全国に響かせたい。そうした思いを確かにした久美子が部長として率いる北宇治高校吹奏楽部を縛り付けていた鎖は解けた。向かう先は全国大会。そこでたどり着く地平は? 結果はもうすぐ分かる。そこから浮かぶ久美子の部長としての力量と、久美子が得た思いを活かすために選ぶ道を見届けよう。
(文=タニグチリウイチ)

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