『光る君へ』吉高由里子の表情が物語る“恋の終わり”と新たな決意 まひろが宣孝と夫婦に

『光る君へ』(NHK総合)第25回「決意」。越前にいるまひろ(吉高由里子)のもとには宣孝(佐々木蔵之介)から恋文がマメに届いていた。為時(岸谷五朗)からの勧めもあって、まひろは都に戻る。その頃、道長(柄本佑)は、一条天皇(塩野瑛久)が政務もなおざりで、定子(高畑充希)のもとに通い続けていることに頭を悩ませていた。そんな中、晴明(ユースケ・サンタマリア)の予言通り、都では次々と災害が起こる。

第25回は、まひろの顔つきを映し出す長いカットが印象的な回だった。決して言葉では言い尽くせない複雑な心情を、台詞や心の声で表すのではなく、ただ表情のみで見せる。そのため視聴者は、まひろの心情を、大石静による脚本の全てを捉えることができない。だが、彼らの心情を想像する余地が残されているからこそ、視聴した人それぞれが彼らへの思いを巡らせることができる。

第24回で、まひろは父・為時にこんなことを言っていた。

「思えば、道長様とは向かい合いすぎて、求め合いすぎて、苦しゅうございました」

まひろが道長を思う時と宣孝と向き合う時では、まひろの佇まいに大きな違いがある。たとえば宣孝の存在は、まひろの素直な感情を引き出す。

都へ戻ったまひろのもとへ宣孝が訪ねてきた時、宣孝は惟規(高杉真宙)をそっちのけで「待ち遠しかったぞ」とまひろに声をかけた。そんな宣孝を見て、まひろは第24回で宣孝から受け取った手紙を見た時のように、朗らかな笑みを向けた。宴の場でも、周りを気にせずまひろにアプローチする宣孝を見て、まひろはおかしそうに笑っていた。道長との恋は苦しい。けれど、宣孝の前では身を硬くする必要がない。

まひろを演じる吉高は公式ガイドブックで、宣孝について「まひろのこともまひろの家のことも理解し、自分が一番の男でなくてもいいと言ってくれる人。まひろの中に恋愛感情はなくても、居心地のよさを感じたのでしょう」と語っている。吉高はまひろが宣孝に対して感じる居心地のよさを大事に演じているように思う。宣孝の前でのリラックスした佇まいには説得力がある。

また、居心地がいい存在だからこそ、まひろは宣孝から意地の悪いことをされれば率直にムッとする。道長に会ってきた宣孝が「お前を妻としたい旨もお伝えしたら、つつがなくと仰せであった」「挨拶はしておかねば、あとから意地悪されても困るからな」といたずらに話すと、まひろは腹を立てた。その後見せた顔つきも魅力的だ。

宣孝は怒るまひろに対してはっきりと「好きだからだ、お前のことが」と思いを伝える。まひろの胸の内に道長の存在があることを知っているにもかかわらず、道長に結婚のことを伝える配慮のなさに憤りながらも、まっすぐな好意の言葉を受けて動揺し、調子を崩したように見えた。宣孝を追い返した後、まひろの表情が長く映し出される。意地悪なことをする宣孝への憤り、道長に知られてしまったことへのなんともいえない後ろめたさなどを感じているように思う。

まひろのもとに、道長から婚礼祝いが届けられた。今や従者を従えるようになった百舌彦(本多力)からは文を手渡される。まひろはその文を胸を高鳴らせて読み始めるが、そこにつづられてた文字は道長のものではなかった。「あの人の字ではない」というまひろの声色が悲しみを誘う。

第21回で、まひろが越前へ旅立つ前日、まひろは道長と会い、道長を想い続けていたことを明かし、「今度こそ、越前の地で生まれ変わりたいと願っておりまする」と告げた。しかしおそらく、道長ではない誰かがつづった祝いの言葉を目にするまで、心のどこかで道長とともに生きる選択肢があるのでは、と淡い期待を抱いていたのかもしれない。近江の石山寺で出会った藤原寧子(財前直見)は「心と体は裏腹でございますから」と言った。越前の地で生まれ変わりたいと告げても、心はずっと道長を想い続けている。淡い期待が打ち砕かれた時、まひろは失望に似た感情を思わせる面持ちで茫然としていた。

だが、諦めがついたように口をきゅっと結ぶと、その場から去り、文を書く。一筆一筆思いを込めて書いた文を乙丸(矢部太郎)に託した時、まひろは静かに微笑み、黙ってうなづいた。その晩、宣孝が訪ねてきた。「私は不実な女でございますが、それでもよろしゅうございますか」というまひろに、「わしも不実だ。あいこである」と返す宣孝。宣孝らしい言葉に、まひろはどこか安堵したように見える。宣孝に抱き寄せられたまひろは、その身をゆだねた。

まひろは道長に深い愛だけでなく苦しみや悲しみを感じ、ありのままのまひろを受け入れると言う宣孝には居心地のよさを覚えている。そんなまひろの、まひろだけにしか分からない心の揺れ動きを表現するのに、台詞も音楽もいらなかった。吉高が浮かべる表情だけを映し出し、視聴者に解釈をゆだねるという、奥ゆかしく趣深い演出に心が引き込まれる。

(文=片山香帆)

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