ハイ・ファイ・セット「スカイレストラン」グラミー賞をアシストする山本潤子のスキャット  ハイ・ファイ・セットの名曲「スカイレストラン」がアナログ盤でリイシュー!

名門レーベル、アルファが再始動

去る4月17日(2024年)、六本木のソニーミュージックで新生アルファミュージックのコンベンションが行われた。かつて荒井由実や赤い鳥、YMOなどを輩出した名門レーベル “アルファレコード” 。その権利は現在ソニーが管理しており、昨今のシティポップのリバイバルなども後押しとなって、過去の名盤の再発売や新作のリリースを掲げてここにアルファが再始動する。

そのお披露目の場で発表された2024年のリリースラインナップに、ハイ・ファイ・セットのシングル「スカイレストラン / 土曜の夜は羽田に来るの」があった。ご存じの通り、赤い鳥のメンバーだった山本潤子、山本俊彦夫妻と大川茂の3人が結成したこのコーラスグループは「フィーリング」を大ヒットさせ、同じくアルファからデビューしたサーカスとともに上質な音楽をお茶の間に送りこんできたアルファの代表的なアーティスト。

レコードで再発される作品は基本的に中古市場で高値がついて入手困難になるような、いわゆるマニアックな盤が優先して選ばれるため、今回のラインナップに「スカイレストラン」があったことには少々意外な印象を受けた。

「スカイレストラン」のイントロがJ. コールの楽曲に使用

しかし、その疑問はすぐに氷解した。この曲のイントロが、オバマ元大統領もお気に入りに挙げるラップスター、J.コールの楽曲「January 28th」に使用されていたのだ。一体どこで見つけてきたのか? その経路はまったくもって不可解なのだが、近年でも大橋純子の「テレフォン・ナンバー」をサンプリングした楽曲がTikTokとInstagramで大流行しており、「January 28th」は2014年の発表なので、そうした流れのなかではかなり早い時期のものに当たる。

おまけにこの曲を冒頭に据えたアルバム『2014 Forest Hills Drive』は翌年のグラミー賞の最優秀ラップアルバムに選ばれている。あの艶やかな山本潤子のスキャットをフィーチャーしてグラミー賞とは… 10年前にそんな痛快な出来事があったなんて。

サンプリングソースになにを選ぶか?

ヒップホップの文化のなかで日本の歌謡曲やシティポップのレコードは宝の山だと思われているらしく、まったく知らないアーティストを聴いていたのに突然おなじみのフレーズが飛び出してきて仰天、というケースは1度や2度のことではない。

古いカセットテープのようなこもったサウンドの上にビートやラップを乗せていく近年流行のスタイル “ローファイ・ヒップホップ” というジャンルにおいては “サンプリングソースになにを選ぶか?” という点もクリエイターのセンスを評価する基準になっているようで、どんな曲がどんなふうに再構築されるのか、個人的にはそんな驚きを求めてサブスクでこのジャンルを聴き漁っている面は確かにある。

ある日、Instagramのストーリーに時折挟まれる動画広告で知ったSwuM & Jinsangというビートメイカーによる「She’s Got Soul」という楽曲を再生した瞬間に腰が抜けた。赤い鳥「赤い花白い花」のイントロがループされていたからだ。これもまたサウンドの要は山本潤子の歌声である。

ヒップホップ界隈のスラングから一般化した、”Chill(くつろぐ、リラックスする)” と呼ばれるムードを持った声の主として、あらゆる文脈を飛び越えて現代のクリエイターを惹きつけているのだろう。サンプリングソースとしての再評価。そういうことが積み重なったうえで、今回のアナログ・リイシューとなったわけだ。

「北の国から」に登場したハイ・ファイ・セット

ちょっと新しめの話をしすぎてしまったので最後に懐かしい話題をひとつ。

ドラマ『北の国から』のある回に、なんとハイ・ファイ・セットが実名で登場する。いしだあゆみ演じる令子が大好きだった曲という設定で、「フィーリング」と「雨のステイション」が流れるのだが、片や、さだまさしの牧歌的なテーマ曲が流れる富良野の場面と、美しくも汚れた都会的な場面の対比がなんとも言えない効果をもたらしていた。

クリアライトブルーのカラーヴァイナル仕様で新しくリイシューされる「スカイレストラン」のレコードを買い求めようとする層(特に海外のリスナー)はおそらくそんなこと知る由もないだろう。ノーコンテクスト(文脈抜き)ですぐれた音楽が耳に飛び込み、引用が繰り返されるのが当たり前になったグローバルな時代だ。だからこそ、再発売によってオリジナルがここにあることをアピールし、歌い手の名前とその歌声を改めて結びつけることが重要になってくる。

ハイ・ファイ・セットが好きになったなら『北の国から』も観ろとまでは言わないが、荒井由実がブレイクするきっかけになった「あの日にかえりたい」のイントロもまた彼女のスキャットである… などといった有名なエピソードとともに、アルファのアーティストがいかに時代を先取りした作品を作っていたか。これからはそういった重要な背景を踏まえた聴かれ方でも世界に広がって欲しいと思う。

カタリベ: 真鍋新一

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