『アンメット』はいかにして成功作となったのか 米田孝Pが語る杉咲花×若葉竜也らとの共闘

6月24日に最終回を迎える『アンメット ある脳外科医の日記』(カンテレ・フジテレビ系/以下、『アンメット』)。放送されるたびに大反響を呼び、多くの視聴者を魅了した本作を生み出したカンテレの米田孝プロデューサーに、ドラマ化に込めた思い、キャスティング秘話、最終回にまつわるエピソードなどをたっぷり語ってもらった。

ーーまずは、子鹿ゆずるさんと大槻閑人さんによるコミック『アンメット -ある脳外科医の日記-』をドラマ化しようと思ったきっかけを教えてください。

米田孝(以下、米田):よく本屋に行って企画探しをするんですけど、その時たまたま『アンメット』が平積みになっていたのを見つけたんです。帯に「脳外科医 記憶障害」と書いてあったのが気になって、読み始めました。脳の病気というのは、後遺症がつきもので回復が不完全。それを追っていく話だと知ったときに、すごく面白いなぁ、と。

ーー医療ドラマを作ろうと思ったわけではなく?

米田:それまでも、医療ものをやってみたいという気持ちはあったんです。でも、「命が危ないです! 助かりました! めでたしめでたし!」って、世の中ってそんなに簡単なものじゃないよなぁと思っていて。ただ、『アンメット』の場合は、「めでたしめでたし」ではまとめられない部分もしっかり描くことができる。そこに惹かれました。

ーーたしかに、どの患者さんも、めでたしめでたしではないけれど、希望の種を探しながら退院されていますよね。

米田:そうなんです。あと、『アンメット』を見つけて、企画をスタートさせようとしたとき、母が脳腫瘍を患ったことも大きかったです。昨年の1月に亡くなったんですけど、たまたま自分が当事者の家族になってしまって。近くで症状が進んでいく様子とかを見ていたので、脚本の篠﨑(絵里子)さんがプロットに書いてくれた「今日が明日につながる」というのが、自分のなかですごく合致したんです。第10話の題材となった病気なんかは、まるっきりうちの母親が患ったものだったので、実体験をもとにアレンジさせてもらいました。

ーーそういった経験をされていたからこそ、米田さんの『アンメット』にかける思いもひとしおだったのですね。杉咲花さんもインタビューでおっしゃっていました。

米田:杉咲さんに関しては、キャスティングが決まる前に本人にお会いして。そういうやり方は自分としても初めての経験だったんですけど、すごくありがたい時間だったなと思います。そういうのもあって、『アンメット』は始まる前から温度感が高かったのかもしれません。

ーー杉咲さんとは、どのようなお話をされたのでしょうか?

米田:なぜこの企画をやろうと思ったのか、主演にはこういうことを背負ってもらいたいとか。逆に、どう思っているかも聞かせてもらいました。2時間くらいしゃべったのかな。「さすがやな、杉咲花」と思うところがたくさん見つかりました。

ーー若葉(竜也)さんとも、キャスティングが決まる前にお会いされたとお聞きしました。

米田:はい。カフェでお会いしたんですけど、椅子に座るか座らないかくらいのタイミングで、「なんで米田さんはこの作品をドラマにしようと思ったんですか?」って言ってきて。「若葉竜也やな~!」と(笑)。ただ、僕はそういう人と仕事をするのが好きなんですよね。いろんな意見をガンガン言ってくれるほうが、作品が良くなっていくと思っているので。

ーー杉咲さんと若葉さん以外のキャスティングも、みなさん本当に“ハマり役”というか。

米田:うまく歯車が噛み合ったんだと思います。キャスティングもそうですが、与えられた役柄をみなさん本当に魅力的に育ててくれている。あと、現場で杉咲さんと若葉くんとたくさんディスカッションを交わしているのを見ていたからか、ほかのキャストさんたちの作品の向き合い方もどんどん変わっていった気がします。岡山(天音)くんに「4話の相談なんですけど……」と言われたかと思えば、生田(絵梨花)さんから「麻衣のことで3ついいですか?」と質問をされたり。いい意味で、みんなが杉咲さんと若葉くんの取り組み方に引きずられていった感じがありました。

ーーディスカッションというのは、具体的にどのようなことを話されているんですか?

米田:例えば、ゲストを誰にするかとか……。

ーーそんなことまで!

米田:たとえば、第9話のゲストに出てくださった池脇(千鶴)さんは、杉咲さんと若葉さんと3人で昼食をとっていたときに、「池脇さんダメなんですか?」と言われて。最初は「この役で出てくれるかなぁ……」なんて言っていたんですけど、ものは試しでってことで、聞いてみたんです。彼らから言われていなかったら、手を伸ばしていなかったかもしれません。今泉(力哉)さんも、若葉さんからの声掛けで2度に渡って出演していただけて。

ーー原作者の子鹿ゆずるさんと大槻閑人さんとの関係も、すごく良好だとお聞きしました。

米田:企画段階で、篠﨑さんと一緒に作った最終回までのプロットをお渡ししていて、その後も何度もやり取りをさせてもらっています。ドラマ化させていただく上で最も重要なのは、“この作品が大切にしていることは何なのか”を自分たちが理解することだと思っています。そこがスタート。そして、根幹を揺るぎなくさせながら、枝葉の部分でどう違いを出していくのか。子鹿(ゆずる)先生と、大槻(閑人)先生からは「原作漫画に込められたメッセージと医療的なリアリティをしっかり守ってほしい。それ以外はお任せします」と言っていただいたので、お二人の懐の深さに甘えさせてもらいながら。ドラマ化する上で必要なアレンジに関しては、基本的には受け入れていただけています。本当にありがたかったです。

ーー大きな反響は、米田さんのもとにも届いていますか?

米田:すごい反響をいただいて、ビックリしています。届いてほしいことがちゃんと届いているという実感がありますね。

ーー“届いてほしいこと”というのは?

米田:例えば第10話でいうと、成増先生(野呂佳代)が、ひとりでガトーショコラを買いに行くくだりがありましたよね? ああいう想像力が必要なシーンを入れるのって、ちょっと勇気がいるんです。でも、X(旧Twitter)を見ていたら「成増先生は、亡くなったパートナーと一緒にガトーショコラを半分こしていたのかな?」とか想像してくれている方がたくさんいて。成増先生のパートナーというのは、実際に登場するわけではないのに、「ちゃんと届いてくれてる!」とうれしくなりました。

ーー『アンメット』は、どこまでが計算されていて、どこからが自然発生的に生まれたものなのか、境界線がわからなくなる瞬間もあったりして。

米田:自分たちもやっていてわからなくなる瞬間があります(笑)。ただ、若葉くんもよく言っていますが、意外とアドリブじゃなかったりするんです。杉咲さんと若葉くんに関しては、“役作り”というワードがなんかしっくりこないんですよね。役を作っているというよりは、役を染み込ませていっている感覚というか。本人たちも、現場で実際に芝居を始めてみないと自分の感情がどう動くのかわからないだろうし。話題になった第9話のラストシーンなんかも、変わった脚本の作り方をしたんです。

ーー変わった脚本の作り方とは?

米田:三瓶(若葉竜也)がお兄ちゃんのことを話し始めるまでのストロークとして、それまでにどういう時間がそこにあったらいいのかというのを、杉咲さんと若葉くんと話し合いながら練っていきました。これは僕のなかでは新しい挑戦だったんですけど、台詞を決め切るのではなく、脚本の篠﨑さんに三瓶の子ども時代のストーリーをA4用紙1枚くらいにまとめてもらって。それを、若葉くんに預けていたんですよ。

ーーその紙にはどのようなことが書かれていたんですか?

米田:お兄ちゃんとどういうふうに過ごしてきたかとか。それこそ、アリを眺めていたエピソードも、その紙に書いてありました。そのなかから、若葉くんが話したいことを選んで、お兄ちゃんの話をしたいと思うようになるところまで持っていくという感じで。

ーー杉咲さんもその紙は見ていたんですか?

米田:いや、杉咲さんには見せていなかったんです。なので、「言われたことに対して、好きにリアクションをしてみて」と。それ以降は、基本的に脚本にある台詞どおりなんですけど。

ーー話を聞く限り、脚本の篠﨑さんとのやりとりが一番長いわけですよね。篠﨑さんとはどのようなやり取りをされていたんですか?

米田:篠﨑さんが書いてくれた準備稿を受けて、杉咲さんと若葉さんと3人でアイデアを出し合う。そして、それを篠﨑さんにフィードバックするという流れでした。篠﨑さんは、役者の温度や感情で生まれたものの力をわかってくれている方なので、「現場で生まれたものを優先してください」と言ってくださって。『アンメット』って、非常に複雑な物語だと思うんですけど、1話ごとの起承転結をつけながら構成する力が、本当に素晴らしかったです。

ーーみなさんの作品にかける情熱が、『アンメット』を成功に導いたのですね。

米田:わらしべ長者みたいにつながりを頼って、ミラクルを起こしながら(笑)。スタッフに関しては、普通はありえないスケジュール感なのに、「杉咲花とやってみたい」と参加を決めてくださる方もいました。第9話のラストシーンなんかは、ワンカット長回しであの重たいカメラを持ちながら、どう動くか分からない役者を追いかけていく。美術セットを避けながらアングルを狙って回し続けるのってかなり大変なことだと思いますし。それなのに、誰ひとり嫌な顔をしないんですよ。

ーー米田さん自身が最も感動したシーンを教えてください。

米田:いろいろと語り尽くしてしまった第9話のラストシーン以外だと、第2話のラストから第3話にかけてですかね。三瓶が「僕たちは婚約していました」という話をするんですけど、若葉くんの芝居の温度感にちょっとビックリしました。三瓶って何を考えているのかわからないキャラクターだけど、「このあたりで三瓶の人間味を見たい」とリクエストしたんです。すると、ちょっと涙が出かけていて、声もかすれているような芝居を持ってきて。「うわ、すごいな」と感動していたのに、途中で街灯の明かりが消えちゃったんですよ。そしたら、若葉くんが「もう一回やります」って言ってくれて。回してみたら、測ったように同じところで涙を溜めて、声を掠らせて。「この人すごいわ……」と鳥肌が立ちました。

ーー第5話で星前役の千葉雄大さんが台詞を噛んだシーンをそのまま放送したこともSNSで話題になっていましたが、米田さん的にはいかがでしたか?

米田:実はあのシーンは僕らの間では何の話題にもなっていなかったんです。「ああ、噛んでる」と思ったけど、芝居が良かったし。実際、こんな深い話をしていたら噛むこともあるよなぁと思ったので、触れもせず。「ここを使おう」みたいな議論すらしてなくて。説明台詞で噛んじゃったりしたときは、分かりづらくなるので使わないけれど、感情が溢れて言葉に詰まるというのは人間としてすごく当たり前のこと。もしかすると、『アンメット』スタッフがちょっと変なのかもしれませんが(笑)。

ーー米田さんが思う『アンメット』が成功した最大の要因を教えてください。

米田:難しいですけど、やっぱりキャストとスタッフが同じ方向を向いていたことですかね。だからこそ、面倒くさいことを、面倒くさがらずにとことん追求できた。それが、ちゃんと視聴者に届いてくれた。作品を観てくれている方も、同じ方向を向いている感じがありました。

ーー原作コミックの連載が続いているだけに、ドラマの結末も気になるところです。

米田:ドラマの結末は2年半くらい前には決まっていたと思います。こういうふうに終わろうという話は、篠崎さんとの間でだいぶ早い段階で話していたので。『アンメット』がどういう終わり方を迎えるのか、ぜひ楽しみにしていただけたらと思います!

(取材=宮川翔/構成=菜本かな)

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