独身男性に「パイプカット」は許されない? 手術の前に立ちはだかる“法律”のカベ【弁護士解説】

パイプカット手術は日帰りで受けることも可能だ(mits / PIXTA)

精管結紮術(せいかんけっさつじゅつ)、通称「パイプカット」は男性が行える避妊法。

5月、韓国の男性が「背の低さを子供に引き継がせたくないので、パイプカットを受けようかと考えている」とネットに投稿したことが物議をかもした。

アメリカでは2022年に連邦最高裁判所が「妊娠中絶は女性の権利だ」と定めた過去の判決を覆したことが原因で、女性の望まぬ妊娠を避けるためにパイプカットを行う男性が増えているという。

日本でも、6月からWEBサイト上で評論家の荻上チキ氏が自身のパイプカット経験について綴るエッセイ「管を断つ」の連載が始まり話題となっている。

「パイプカット」とはどんな手術?

精管結紮術とは、男性の生殖器系に含まれている「精管」を切り、切断箇所を縛ることで、精子が精液に含まれないようにする手術。

「パイプカット」は和製英語であり、正式な英語名称は英語ではバセクトミー(vasectomy)。泌尿器科などで施術され、主に不可逆的な避妊を目的とする。

パイプカット手術は泌尿器科や形成外科などで受けることができる。入院の必要がない日帰り手術も可能だ。

多くの病院の公式サイトでは、パイプカットは確実性の高い避妊方法であること、避妊具が不要となること、女性を妊娠させる不安から解放されることなどがメリットとして挙げられている。

一方で、一度切断した精管を再縫合することは基本的にできないことがデメリットとなる。

パイプカットは「母体保護法」で規制されている

今後子どもを作るつもりがない男性にとっては、パイプカットはメリットが大きいように見える。だが、精管結紮術は、男性ならだれでも受けられるわけではない。

手術を受けるためには、原則として、以下の条件を満たす必要がある。

・結婚していること

・子どもが2人以上いること

・配偶者の同意があること

これらの要件は、母体保護法第2章第3条に基づくものだ。

なぜ、男性の精管に関する手術が、“母体”保護法によって規制されているのだろうか。性別が関わる法律問題に詳しい、杉山大介弁護士に聞いた。

「そもそも、母体保護法とは、1996年に“優生保護法”から名称を改めたものです。

改正の際に“不良な子孫の出生を防止する”という目的や優生手術に関する規定等は削除されましたが、その他の大まかな条文は変更されておりません。

不妊手術は母体保護法によって規制されます。そして、母体保護法施行規則で定義される”不妊手術”に精管切除も含まれているため、パイプカットも母体保護法で規制されているのです」(杉山弁護士)

母体保護法3条では、不妊手術について「妊娠や分娩が母体の生命に危険を及ぼす場合」や「すでに数人の子どもを持っている場合」などの要件が定められている。これらの要件が男性に対する精管結紮術にも適用される、という形式である。

なお、法律上、患者から同意書での意思表示を受けなければ、医師は不妊手術を行うことができない。外科手術は刑法上の「傷害」行為である以上、「正当な医療行為」と認められて違法性が阻却されなければ(刑法35条)、傷害罪に問われる可能性があるためだ。

国により要件が定められていることは「自由の侵害」か?

母体保護法によりパイプカットに要件が定められている事実は「男性の性的行為の自由や身体の自由が、国によって不当に侵害されている」と捉えることもできる。

杉山弁護士も「他の身体への浸食を伴う手術と同列にパイプカットを扱えない理由は、どうも見当たらない気がします」と語る。

「中絶手術の場合には、手術を行う女性のほかにも、“胎児”という他者の命が関わるため、規制にも理由があります。もっとも、胎児を生命と呼ぶかどうかも議論の対象となるのですが。

しかし、精管切除は男性本人の身体のみが関わる問題です」(杉山弁護士)

現在、パイプカットの要件に関する訴訟は起こっていない。しかし「具体的な事件が発生して、国の責任を問う憲法訴訟を起こせば、法律的な争点が成立する問題だと思います」と杉山弁護士は述べた。

将来的には、母体保護法による要件も問い直されることになるかもしれない。

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