『さらば冬のかもめ』リンクレイターから『ホールドオーバーズ』まで、受け継がれるDNA

『さらば冬のかもめ』あらすじ

ノーフォークの海軍基地。海軍のベテラン将校・バダスキーとマルホールが命じられた任務は、窃盗で8年の刑を宣告された若い水兵メドウズの護送。2人はさっさと任務を片付けようと考えていたが、次第に彼が悪人には思えなくなってくる。最後のひと時を過ごさせてやろうと各地で列車を途中下車し、珍道中を繰り広げる。

アカデミー賞を賑わせた『ホールドオーバーズ』への多大な影響


2024年3月の第96回アカデミー賞で5部門ノミネート、そのうち助演女優賞を受賞したアレクサンダー・ペイン監督の新作『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』(23)は、いわゆるニューシネマ時代――1970年前後のアメリカ映画のタッチを繊細に再現していることに何より驚かされる。しかもフィルム撮影ではなく、デジタルのカラリングでフィルム調の質感に寄せていったらしい。まるで洋服のヴィンテージ加工のように“よく似せている”のだ。そしてこの映画の、おそらく80%程はイメージソースになっていると断言できるのが、ハル・アシュビー監督の『さらば冬のかもめ』(73)だ。ペインは米ネブラスカ州オマハの芸術団体、Film Streamのウェブサイトの企画で、自身のオールタイムベスト映画の10本の中にこれを挙げている。※アレクサンダーペインプレゼンツ(2007)|フィルムストリーム (filmstreams.org)

ホールドオーバーズ』の舞台は1970年の年末、ボストン近郊にある全寮制の名門私立高校バートン・アカデミー。クリスマスと新年を過ごすために誰もが家に帰る中、寮に残ったのは気難しい古代史のベテラン教師ポール(ポール・ジアマッティ)、問題児の生徒アンガス(ドミニク・セッサ)、ヴェトナム戦争で息子を失ったアフリカ系の料理長の女性メアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ/アカデミー賞助演女優賞受賞)の3人だけ。孤独な彼らは奇妙な疑似家族のように共に過ごす中で少しずつ心を通わせ、クリスマスのあと、車に乗りボストンの街まで遊びに出掛ける。

『さらば冬のかもめ』予告

『さらば冬のかもめ』もまた、同じく海の向こうでべトナム戦争が起こっている時代、冬の雪景色を背景に3人の交流を描いた映画だ。原作は作家ダリル・ポニクサンが1970年に発表したデビュー作の小説『The Last Detail』(最後の任務)で、映画の原題もこれ。米バージニア州のノーフォーク基地に勤務する海軍の下士官――荒くれ男の白人バダスキー(ジャック・ニコルソン)と、アフリカ系のマルホール(オーティス・ヤング)が、罪を犯した新兵メドウズ(ランディ・クエイド)を護送する任務を請け負う。行き先はニューハンプシャー州を越えてメイン州に入ったポーツマス海軍刑務所。東海岸を北上していく一週間ほどの旅で、道中では目的地の近くであるボストンも通過する。

伝説の天才映画監督、ハル・アシュビーの“地味な凄さ”


アメリカン・ニューシネマの中でも後期に当たる『さらば冬のかもめ』は、例えば『俺たちに明日はない』(67/監督:アーサー・ペン)や『イージー・ライダー』(69/監督:デニス・ホッパー)、『いちご白書』(70/監督:スチュアート・ハグマン)のような、わかりやすい反逆のエネルギーにあふれた作品ではない。“Badass”(バッドアス)の異名を取るバダスキーにしろ、自由人気質の不良ではあるが、「軍服が好きだ」とも嘯く体制の一員だ。冷静な現実主義者のマルホールはべトナム帰還兵で脚を負傷しているが(それが本当にさりげなく示される)、黒人としての自分が生き抜くために海軍に所属している。そして高校を出たばかりの新兵メドウズは、情緒に不安定なところがあり、盗癖が身についていた。そんな彼は海軍の司令官夫人が設置した募金箱からわずか40ドルを盗もうとしただけで(「手を掛けたところで捕まった」らしい)、なんと懲役8年もの罪を言い渡される。囚人として青春の大切な時期を刑務所で過ごさねばならないのだ。

『さらば冬のかもめ』(c)Photofest / Getty Images

理不尽な体制からの抑圧で若さを棒に振ろうとしている18歳のメドウズを、SPマークを軍服につけたバダスキーとマルホールは護送しながら、悲哀を覚えて情に流され、やがて親密な絆が芽生えていく。もちろんシステムの管理下では無力なままだ。それでも彼らはギリギリの抵抗を旅の中で精一杯顕わにする。内面の奥までは圧殺されない個人の尊厳や反骨心を、硬質の詩情を湛えたヒューマンドラマとして、弱火でことこと煮るように焦らず描出していく。この絶妙な塩梅が、ハル・アシュビーという稀有な天才監督の“地味な凄さ”である。

ロードムービーでもある本作はその珍道中で、ニューヨークの日蓮正宗の集会に3人が立ち寄るシーンがある。“Nichiren Shoshu”と書かれた貼り紙のある小さな部屋で、「ご本尊」(Gohonzon)に向けて若者たちが「南無妙法蓮華経」を唱えている。このお経をメドウズが気に入って、何かと口にするのだが、のちにカフェでそれを聞いた信徒の女性ドナ(ルアナ・アンダース)から声を掛けられ、3人は彼らのコミュニティに案内される。信徒の青年のひとりはニクソン批判を熱く語ったりするが、それを映画はクールかつユーモラスな距離感で見つめるのみだ。

今も広がり続ける『さらば冬のかもめ』のDNA


また『さらば冬のかもめ』の傑出としてよく語られるのが、主演トリオのバランスの良さだ。1974年の第27回カンヌ国際映画祭で男優賞に輝いたバダスキー役のジャック・ニコルソン(1937年生まれ、当時36歳)は、まさにニューシネマを象徴するスターのひとり。『イージーライダー』のアル中弁護士ハンソン、『ファイブ・イージ-・ピーセス』(70/監督:ボブ・ラフェルソン)の浮遊する青年ボビーを経て、『さらば冬のかもめ』で体現した「管理システム下での自由な魂」は、精神科病院を舞台にした『カッコーの巣の上で』(75/監督:ミロス・フォアマン)の主人公マクマーフィー役での名演へと繋がっていく。

マルホール役のオーティス・ヤング(1932年生まれ、当時41歳)はブロードウェイで活躍していた俳優で、『さらば冬のかもめ』が映画での出世作となった。メドウズ役のランディ・クエイド(1950年生まれ、当時23歳)は『ラスト・ショー』(71/監督:ピーター・ボグダノヴィッチ)で映画デビューした若手で、同年73年にはやはりボグダノヴィッチ監督の『ペーパームーン』にも出演している。彼にとってもメドウズ役が決定的な当たり役となったが、この役をオーディションで最後まで競ったのが、あのジョン・トラヴォルタであることも有名だ。ちなみにこのトリオは身長のバランスも絶妙で、ニコルソンは177cm、ヤングは188cm、そしてクエイドは196cmの長身である。

『さらば冬のかもめ』(c)Photofest / Getty Images

この3人組の魅力に取り憑かれた監督には、例えばリチャード・リンクレイターがいる。彼はダリル・ポニクサンが2005年に発表した小説『Last Flag Flying』(最後の軍旗掲揚)を、2017年に『30年後の同窓会』として映画化。これは『さらば冬のかもめ』の直接の続編ではないが、イラク戦争が始まった2003年に元海兵隊の仲間が30年ぶりに再会し、ノーフォークからポーツマスまで『さらば冬のかもめ』と同じ旅の行程を辿っていく。実は当初リンクレイターは、ジャック・ニコルソンやランディ・クエイドを出演させて実際に続編を企画していたようだが、オーティス・ヤングが2001年に69歳で死去していることもあり、それは実現しなかった。結局、ブライアン・クランストン、ローレンス・フィッシュバーン、スティーヴ・カレルの3人が別のキャラクターとして起用されたが、フィッシュバーン演じるミューラーがマルホールと同じく脚が悪くて、今では杖をついていたりと、確実に『さらば冬のかもめ』のイメージを随所に引き継いでいる。

そして『さらば冬のかもめ』の「軍隊」を「学校」に替えたのが、アレクサンダー・ペイン監督の『ホールドオーバーズ』という風に言えるわけだ(本当に真似たようなアイススケートのシーンまで出てくるのには笑ってしまった)。またペインは、今作でハル・アシュビーへの敬愛を全面的に押し出しており、『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』(71)で音楽を務めたキャット・スティーヴンスの楽曲も使用している(『ホールドオーバーズ』で流れるのは1971年の名盤『ティーザー・アンド・ファイアキャット』の冒頭を飾る名曲「The Wind」)。

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』予告

1929年生まれのハル・アシュビーはニューシネマ時代の華やかな成功とは裏腹に、私生活の波乱も知られ、後年はキャリアも低迷して心身を壊して引きこもりがちになっていった。1988年に59歳の若さで逝去したが、しかし彼を支持し、多大な影響を受けた後続の映画監督は数多い。ショーン・ペンの初監督作『インディアン・ランナー』(91)も雪景色が印象的な傑作だが、当時亡くなったばかりのジョン・カサヴェテス(1989年没)とアシュビーに捧げられていた。元々ペンはアシュビーに監督してもらおうと自らのオリジナル脚本を持ち込んでいたのだ。そして今回の『ホールドオーバーズ』がまた新たにエッセンスを受け継ぐ。『さらば冬のかもめ』並びにアシュビーの遺したDNAは、現在も世に広がり続けているのである。

文:森直人(もり・なおと)

映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「キネマ旬報」「シネマトゥデイ」「Numero.jp」「Safari Online」などで定期的に執筆中。YouTubeチャンネル「活弁シネマ倶楽部」でMC担当。

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