初期宇宙には “色付きブラックホール” が存在した? 暗黒物質探索の思わぬ副産物

重力を通してのみその存在を知ることができる「暗黒物質(ダークマター)」の正体は今でもよく分かっていません。候補の1つとして誕生直後の宇宙で生成されたとされる「原始ブラックホール(Primordial black hole)」があげられているものの、その生成過程はよく分かっていません。

マサチューセッツ工科大学のElba Alonso-Monsalve氏とDavid I. Kaiser氏の研究チームは、初期宇宙で原始ブラックホールが生成される過程を調査しました。その研究の副産物として、理論的には提唱されていたものの生成ルートが判明していない “異色” の存在であった、いわば「色荷ブラックホール」とでも表現できるような存在に辿り着きました。色荷ブラックホールはあまりにも小さすぎるため、現在の宇宙には残っていないと考えられていますが、それでも初期宇宙の歴史に無視できない影響を与えた可能性があります。

【▲ 図1: 誕生直後の宇宙におけるクォーク・グルーオン・プラズマの “色荷の海” の中で誕生した色荷ブラックホールの想像図。(Credit: Kaća Bradonjić)】

■暗黒物質の候補の1つ「原始ブラックホール」

私たちの宇宙には恒星や惑星などの様々な物質があり、自ら光を放つか、もしくは反射した光を通して観察することができます。しかし、これらの “見える物質” の量で計算すると、理論と実態に食い違いが生じます。例えば、銀河は理論の上では回転が速すぎて分解してしまうはずです。銀河が形を保つためには “見える物質” による重力だけでは不十分であり、光が一切反応しない “見えない物質” の重力で繋ぎ止められていないといけなくなります。これは「銀河の回転曲線問題」と呼ばれています。

1930年代から提唱されて1970年代にはほぼ確定したこの問題を初めとして、宇宙には “見える物質” による重力だけでは説明のつかない構造が多数見つかっています。この “見えない物質” は、重力による影響ではその存在を知ることができるものの、光とはほとんど、あるいは全く反応しないことから「暗黒物質」と呼ばれています。

暗黒物質の正体は大きな謎であり、現在でもその手掛かりすらつかめていません。未知の素粒子や平行宇宙の影響といった現在の物理学の枠組みを大幅に超えた存在を仮定する説もありますが、これとは逆に、あまり突飛な存在を仮定せず、現状の理論でも存在を説明できる物質に頼る説もあります。その中の1つが「原始ブラックホール」です。

現在の宇宙で観察されているブラックホールは、重い恒星の中心部が重力崩壊して生まれたものか、それらのブラックホールが合体して巨大化したかのどちらかであると考えられています。この生成ルートの場合、ブラックホールはどんなに軽くても太陽の数倍程度の質量となり、その総数や総質量はおおよそ計算可能であるため、暗黒物質とはなり得ません。

その一方で、原始ブラックホールはまず生成ルートから異質な存在です。誕生直後の宇宙は非常に高エネルギーな場であるだけでなく、わずかながらも重大な影響を及ぼす密度の揺らぎがあったと考えられています。もしも密度が極めて高い領域がある場合、その場所は局所的に重力崩壊を起こして極小のブラックホールを生成するでしょう。これが原始ブラックホールです。

軽すぎる原始ブラックホールはホーキング放射(※1)と呼ばれるプロセスで蒸発して消えてしまい、重すぎる原始ブラックホールは暗黒物質となり得るほど大量には存在しないことが分かっています。しかしそれでも、1000億~1京t(10の17乗~22乗g)の原始ブラックホールは現在の宇宙でもかなりの数が存在し、暗黒物質の一部または全部を占めているという予測があります。

※1…ブラックホールの表面の近くで発生する量子力学的現象によって、ブラックホールが少しずつ質量を失う現象。最終的な運命は不明なものの、一般的には蒸発(消滅)すると考えられています。重いブラックホールでは遅く進行しますが、非常に軽い原始ブラックホールの場合は現在進行形で現象が進行しており、蒸発直前の激しい放射を観測できるのではないかという予測もあります。

ただし、誕生直後の宇宙は実験室でも生み出せないほどの超高温・超高圧の世界であるため、実測はおろかシミュレーション研究もあまり進んでいません。このため、原始ブラックホールが生成される過程は大きな謎でした。

■思わぬ副産物「色荷ブラックホール」の発見

【▲ 図2: クォーク・グルーオン・プラズマは、非常に温度や圧力が高い環境で陽子や中性子が “融けて” 生じます。(Credit: Brookhaven National Laboratory)】

Alonso-Monsalve氏とKaiser氏の研究チームは、初期宇宙の環境条件を考慮した理論計算を行い、原始ブラックホールが生成される過程を考察しました。

研究チームが注目したのは、宇宙誕生からわずか100京分の1秒後(0.000000000000000001秒後)の時点です。この頃の宇宙には原子はおろか原子核さえ存在しません。原子核を構成する陽子や中性子は「クォーク」および「グルーオン」という2種類の素粒子で作られていますが、2兆℃を超えると陽子や中性子という “固体” の状態から、クォークとグルーオンが混ざりあった、ある種の “液体” の状態となります(※2)。これを「クォーク・グルーオン・プラズマ」と呼びます。

※2…固体から液体という表現は、本記事においては相変化に例えた表現ではありますが、別の文脈ではクォーク・グルーオン・プラズマ自体が “液体” と表現されることもあります。これは、素粒子同士の相互作用が強い流体であるためです。

宇宙誕生から100京分の1秒後の宇宙の温度は、100京から1垓℃という超高温だったため、宇宙はクォーク・グルーオン・プラズマで満たされていました。ここで重要なのは、クォークとグルーオンは電荷に似た「色荷」と呼ばれる性質によって、お互いに引き合っていたという点です。

色荷という名称は、6種類の値で表される性質を光の三原色で表現することに由来しています。実際にはクォークにもグルーオンにも色はついていませんが、色荷はクォークとグルーオンの振る舞いを表現する上で重要な性質です。例えば、陽子や中性子のようにクォークやグルーオンでできた粒子は、色荷の合計が “無色” (または “白色”)となる組み合わせのみが安定であることが分かっています。一方で、2兆℃を超える環境では、クォークやグルーオンの組み合わせは “無色” 以外も許されるため、低温環境とは全く異なる振る舞いを示します。

Alonso-Monsalve氏とKaiser氏は、色荷による粒子の振る舞いを理論的に表現する「量子色力学」を用いて、初期宇宙における素粒子の振る舞いを計算し、原始ブラックホールが生成されるかどうか、生成されるならばどの程度の質量のものが生じるのかを考察しました。その結果、この時点の宇宙においては、色荷によって素粒子が集中しすぎた領域で原始ブラックホールが生成されることが分かりました。原始ブラックホールの典型的なサイズは質量70億t(直径数百mの小惑星程度)であり、直径は原子の数千分の1となります。このサイズならば、ホーキング放射による寿命は宇宙の年齢と同程度の長さであるため、現在の宇宙でも生き残り、暗黒物質としての振る舞いを見せるでしょう。

しかし、今回の研究では予想外の副産物も生まれました。非常に少量ながら、より軽い原始ブラックホールがユニークな性質を示すことが分かったからです。このような軽い原始ブラックホールでは、特定の色荷を持つ素粒子が集中することで、ブラックホールに “色が付く” ことが予測されたのです。ちなみに、今回の研究の主眼である典型的なサイズの原始ブラックホールは “無色” です。

このブラックホールの通常の意味での色はもちろん “黒” ですが、色荷を持つという意味で「色荷ブラックホール」のような名称で呼ぶことができます。このようなブラックホールの存在は数十年前から理論的に予言されていたものの、現実的なプロセスで生成されるとは誰も予測していませんでした。研究の本筋から外れているとはいえ、非常に興味深い発見です。しかも、今回の理論で得られた色荷ブラックホールは、理論的に持ちうる色荷の上限に近い値を取ることが判明しました。この点も興味深いことです。

■一瞬で消えた色荷ブラックホールの影響は?

色荷ブラックホールの質量は20t程度と極めて軽いため、あっという間にホーキング放射で蒸発します。それでも、蒸発が始まるのは宇宙の温度が十分に下がった頃であるため、色荷ブラックホールはクォーク・グルーオン・プラズマが “冷え固まる” 時代を過ぎてもしばらくの間は存在したと考えられます。

Alonso-Monsalve氏とKaiser氏は、色荷ブラックホールは蒸発するまでに陽子と中性子の分布をかき乱したと考えています。すると、陽子と中性子が合体して原子核を作るプロセス(ビッグバン元素合成)に影響を与えるため、水素よりも重い元素の豊富さに影響を与えたかもしれません。恒星での核融合反応の進行にも間接的に影響を与えるため、惑星や生命などのより重い元素で構成される全ての物質に影響を与えるでしょう。

また、たとえ過去の一瞬であったとしても、色荷ブラックホールが存在したということ自体も興味深い話です。色荷ブラックホールは従来の理論でよく検討されてきたブラックホールにはないパラメーターを持つことから、ブラックホールにまつわる重要な要素である「ブラックホール無毛定理(または脱毛定理)」(※3)と「宇宙検閲官仮説」(※4)に影響を与える可能性があるためです。量子力学では、ブラックホール無毛定理からは導けない4番目の “毛” (性質)が現れるかもしれず、それによって宇宙検閲官仮説をすり抜ける新たな抜け穴が生じるかもしれないからです。

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今回の研究では、暗黒物質の正体を探る理論計算から思わぬ発見が得られました。原始ブラックホールはごく初期の宇宙だけでなく、現在の宇宙にまで影響を与えているのかもしれません。

※3…ブラックホールは質量・電荷(帯びている電気の符号と量)・角運動量(自転の性質)の3つの性質しか持たないという考え。無毛定理とは、通常の物質が持つ無数の性質と比べればブラックホールの性質が極端に少ないことを「毛が(3本しか)ない」と例えたことに由来します。今回の研究のように、量子力学に基づけばブラックホールに4本目やそれ以上の “毛” が存在する可能性があります。

※4…ブラックホールには、内側から外側へと情報が出てこない境である「事象の地平面」と、現代物理学が破綻する「特異点」が存在します。特異点からの情報が出てくるのは現代物理学の上では不都合であるため、特異点は常に事象の地平面に囲まれていなければならない(裸の特異点は存在しない)という仮説が「宇宙検閲官仮説」です。事象の地平面が消えてしまうことは現状の理論の枠組みの中でもあり得ますが、ブラックホールに新たな性質が加われば、ごく簡単な方法で事象の地平面が消えてしまう “抜け穴” となってしまうかもしれません。

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文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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