家族のため、自分のため、高い給与を得るために多くの人が試みる「転職」。しかし、残念なことにうまくいくケースばかりではない。ある夫婦の例から、実情を探る。
受けたことのあるパワハラ「暴言・侮辱」78.5%
パワハラ、セクハラ、カスハラ…。近年では、ハラスメントへの意識が高まり、過去のような「横暴な言動」を見かけることは格段に減った。しかし、目に止まりづらくなっているだけで、いまも根深い問題としてくすぶっているようだ。
なかでも、主に職場で行われるパワハラは、就労者のやる気や意欲をそぐだけでなく、パワハラが原因の離職に至れば、就労者は人生設計の変更を余儀なくされ、また会社側も、人材が流出することで大きな損失となってしまう。
株式会社ワークポートは、全国の20代~40代の男女を対象に行った『パワハラ被害の実態についてのアンケート調査』を実施している。これによると「現在の勤務先(または直近の勤務先)で、パワハラを受けたことがあるか」の問いに対して、実に65.5%が「ある」と回答している。内容の最多は「暴言・侮辱(言葉の攻撃)」で78.5%だった。
◆受けたことのあるパワハラ…上位7
1位 「暴言・侮辱(言葉の攻撃)」78.5%
2位 「能力の過小評価・成果を認めない」44.3%
3位 「過剰・過酷な業務の強制」:37.2%
4位 「無視・仲間外れ」31.2%
5位 「業務をさせない・与えない」26.6%
6位 「労働者の権利侵害」25.6%
7位 「プライベートの介入」25.2%
※複数回答
また「パワハラを受けたときどうしたか」の問いには、「誰にも相談せず我慢」が最多で46.4%。ほかには、上司や家族・友人、同僚などに相談をしている。しかし「パワハラ対処後」について聞いたところ、「解決しなかった」が59.1%、「誰にも相談せずに我慢した」が28.9%。結局「解決した」はわずか12.0%に過ぎなかった。
さらに「勤務先(または直近の勤務先)でパワハラ防止に関する取り組みが行われているか」と聞いたところ、「はい」は44.3%と、半数以下だった。
この結果から、いまだにパワハラで悩んでいる人は少なくないと推察される。
うなされるほどのパワハラ…ある日、泥まみれで帰宅して
40代の専業主婦の女性は、頭を抱える。
「今年に入ってから、夫の様子が少しおかしいと思っていたんです…」
女性は同い年の夫と、小学校高学年の男児の3人家族。夫は子どもの教育費の確保とマイホーム購入を実現するため、2年前に転職し、数百万円の年収アップを果たしていた。
「夫の仕事は営業で、給料が高いだけあって深夜残業もあるなど、かなりハードでした。でも、これまでは〈疲れた〉ということはあっても、気分の落ち込みなどは見られなかったのですが…」
夫はだんだんふさぎ込むようになり、叫ぶような激しい寝言が増えてきたという。驚いた女性が夫を起こすと、目を見開き、おびえたように室内を見渡すようなそぶりを見せた。
「〈うなされてたわよ、大丈夫?〉といっても、黙り込むだけで…」
そのうち夫は、食欲が落ち、痩せてきた。日曜日の夜には、飲めないアルコールを無理やり飲むなど、これまでにない変化が出てきたという。
「心配して〈お願い、仕事を少し休んで〉といったら、〈うるさい、休めるわけないだろう!〉と怒鳴られてしまって…。夫はすごく温厚なタイプで、大声を出すことなんてこれまで一度もなかったのに」
それから数週間後、ほとんどアルコールが飲めない夫が、明け方近くに酩酊した状態で帰宅した。足元はおぼつかず、どこかで転んだのか、コートは泥まみれだった。
「玄関先でコートと靴を脱がせていたら、突然大声で夫が泣き出してしまったんです」
女性は驚きのあまり、言葉を失った。そして、夫をリビングまでどうにか誘導し、ソファに寝かせた。
「明るくなってから目覚めた夫はまた、声をあげて泣き始めて。新しい上司の下に配属されれからずっと、激しいパワハラを受けていて、精神的にもう限界だ、退職したいと。様子を見てきた私も、もうこれは退職しかないと思いまして…」
ブラック企業に新卒で入社した就職氷河期世代のなかには、この例の女性の夫同様、激しいパワハラ被害に遭った人もいるようだ。下記は、この例とは別の就職氷河期世代の男性が語った、就職先の金融会社で受けたパワハラの一部だというが、これはかなりすさまじい。
●電話をかける手が止まると、上司が灰皿やゴミ箱、傘を投げつける
●契約が取れないと、イスや机を蹴り飛ばされる
●さらに一定期間以上契約が取れないと、全従業員の前で土下座、罵倒される
転職により給与が減少した人、3割
厚生労働省『令和5年上半期雇用動向調査』によると、転職によって給与が増加したのは38.6%。1割以上の増加は27.2%だった。一方で転職により給与が減少したのは33.2%で、1割以上の減少は25.8%だった。
年齢別では、転職による給与アップは年齢が上がるにつれて減少傾向にあることがわかる。一方、「転職による給与減」の割合は30代後半をピークにした減少するも、定年間近の50代後半では再び上昇する。
◆年齢別「転職による給与増減」の割合
20代前半:54.0% / 19.3%
20代後半:47.7% / 22.3%
30代前半:47.4% / 32.6%
30代後半:40.8% / 31.4%
40代前半:43.9% / 26.1%
40代後半:38.0% / 28.1%
50代前半:25.3% / 38.1%
50代後半:30.2% / 35.8%
※数字の左が給与増・右が給与減
その後、女性の夫は会社を退職し、しばらく休養期間を経て、いまはまた別の会社で働いている。転職によって、給与は50万円から3割ほどダウンしたというが、女性もパートに出るなどして、家計を補っている。
「子どもの受験も、マイホームもいまは保留中です。夫が元気でいてくれるのがいちばんなので…」
給与アップを目指して転職しても、人生そのものを損なう結果になっては元も子もない。長い目で見た場合、給与額だけで転職の成功・失敗は語れないのではないだろうか。
[参考資料]