バトンタッチする紙幣の顔

 7月3日に発行される新しい紙幣のうち、千円札に描かれるのは熊本県小国町出身で日本近代医学の父、北里柴三郎。九州生まれでは福沢諭吉に次ぐ紙幣の顔となる。同時代の2人は深い縁で結ばれている。
 明治半ば、ドイツ留学中に破傷風の治療法を開発した北里は途方に暮れていた。各国からの招きを断り帰国したが、伝染病研究所の設立が国の予算不足や医学界のねたみから実現せず、力を発揮できなかったからだ。そこに救いの手を差し伸べたのが福沢だった。
 福沢が老後やりたいことの一つが「資金を投じた高尚な学理の研究」。伝染病研究所のほか、研究費用をつくるため病院も建てて経理のプロを送り込むなど、物心両面で支援。後に福沢が創設した慶応義塾の医学科科長に推された北里は、恩義から無給で引き受けている。
 「予防医学こそ医学の本道」。ノーベル賞候補になった破傷風だけでなくペストの流行予防にも尽力し、感染症を防ぐ手洗いや消毒などを国民に勧めた。世界的な研究者を数多く育て、ドンネル(ドイツ語で雷)先生と呼ばれるほど厳しく、かつ慕われた。今の千円札の顔野口英世も弟子の一人だ。
 北里の生まれ育った小国町。記念館からの眺めは、棚田も見られる日本の原風景のような静かな里山。北里の深い郷土愛は終生変わらず、司書も配して寄贈した図書館が残る。古里が観光客でにぎわう様子に、ドンネル先生も天国で頬を緩めている気がする。

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