岩陰から飛び出した巨大な黒い影! 雨後の大イワナを狙ってフライフィッシング

わずかに残雪が見られる白馬の爽快な眺め、透き通るような水の流れ。ですが、悲しいほどに水量が減っています(撮影:杉村航)

梅雨入りが遅れていた関東甲信越ですが、長野県、とくに北側ほど降水量が少なく、日に日に水位が減っていく流れを見ていると切なくなります。一週間ぶりに少しまとまった雨が降りました。

「雨で魚が動く」この言葉を信じ、白馬エリアの渓流へフライフィッシングに出かけてきました。

※梅雨入り宣言前の釣行です。

■白馬、小谷は天然イワナの宝庫

青白い水の色が特徴の渓。本来であれば真夏でも冷たくて水に入るのを躊躇うときもあるのですが、すでに水浴びしたいほどでした……

長野県北西部、白馬村から小谷村にかけては、本州屈指のスキーリゾートが連なります。その“HAKUBA VALLEY”を貫くように流れるのが姫川本流です。北アルプスや頸城(くびき)山塊の清冽な水を集めながら北上、日本海へと向かいます。入り組んだ東西の谷間それぞれに特色ある支流が数多く流れるフィールドです。管轄する姫川上流漁協による渓流魚の放流もされているのですが、渓によっては天然魚と出会えるチャンスが多いのも魅力でしょう。

しかし、今年は積雪の少なさから雪代が落ち着くのも早く、春先から続く少雨のため、本来なら滔々とした水勢がある渓も水温が上がってしまっています。毎日のように渓に入っていると、森や川から生気を感じるものですが、逆に元気のない様子も感じてしまいます。

■まだまだ水が足りない雨後の渓

この日まず訪れたのは小谷村の山奥にある某沢。しかし、上部で取水されているために前日の降水量(12.5mm)程度では渇水したままでした。続いて目指したのは白馬村の渓。同じく姫川水系の支流です。こちらも上流にある取水施設によって発電用に水を取られてしまっていますが、元々水量が多い場所なのに加えて前日の降水量も24mmあったので、状況は少しばかりマシのようでした。

本来この時期の平水であれば渡渉点も限られる流れなのですが、水はすっかり落ち着いています。右岸から左岸へ、そしてまた右岸へ。自由自在に流れを横切ることができるのは快感ですし、フライを流しやすい位置に立てますが、その分魚たちの警戒が強そうです。

水温は10.6℃。釣り開始早々、岩陰に魚が潜んでいるのを確信して5度ほど同じ筋をゆっくりとフライを流すと、勢いよくイワナが飛び出しました。なかなかの良型に気が緩んだ瞬間、ポロリとフライが魚の口元から外れました。痛恨のスタート直後のバラし……。往々にしてあることですが、後が続きません。そのまま釣り上がりますが、魚信は得られませんでした。

■潤いある支流に期待、想定外の黒い大きな影がゆらめく!

少し迷いましたが、途中で合流している支流へ入ることにしました。こちらも上流には取水堰堤があるものの、老朽化で機能しておらず、ちょうどよい具合に雨の恵みがもたらされたようでした。

前日の雨で少し潤いを取り戻した山あいの小渓流。鬱蒼とした森は生命感に溢れています

合流点こそ(伏流して)細い流れとなっており、さらに薮が濃く川面が木々に覆われて鬱蒼としているので入渓する釣り人は少ないようですが、実はある程度遡行すると開けて水量も増えてくる渓です。

雨の影響か、小気味よく魚たちが顔を出してくれます。サイズこそ20cm前後ですが、テンポよく釣り上がる感覚は小渓流ならではの歯切れの良さがあります。しかし、そこに油断がありました……。

「ちょっと(距離が狙いのポイントに)足りなかったかな?」 キャストしてからそう思った瞬間、大きな岩の下から目を疑うような黒い影が姿を現したかと思うとフライの方へ! しかし、身を翻して戻ってしまいました。一瞬の出来事でしたが、40cmくらいはありそうな大イワナです。渓流ではなかなか出会えないサイズの魚にすっかり舞い上がってしまいました。完全に想定外の大きさです。

ひと呼吸おいてもう一度フライを流しますが、流れは静まりかえったままです。震える指先でフライを交換します。「今日の残りはここで費やしてもいい」 そう思って時間をかけて何度も試しますが、反応がありません。あの一瞬でフライを見切った大物は、きっと筆者の姿も確認したのでしょう。当分は顔を出してくれないと思って先へと進むことにしました。

■通い慣れた渓のいつもの場所、壺の反転流から飛び出すイワナにひと安心

滝壺の反転流に定位していたイワナ

魚留めとなる2段の滝、その壺はそれほど浅くないながらもイワナを釣り上げている場所です。這うようにポイントに近づき、わずかに上体を起こしてそっとフライを反転流に落としました。ティペット(ハリス)の弛みを十分につけておいたので、じわじわと流れに乗ってフライが奥に漂っていきます。泡の浮いた倒木の陰に差し掛かった瞬間、水面が割れました。狙い通りのポイント、プレゼンテーションで釣れたのは嬉しいですが、どうしても先ほどの黒い影と比べてしまいます。

沢沿いに残るわずかな獣道(けものみち)を歩いて下り、件の場所へ。かなり慎重にアプローチしてフライを流しましたが、まったく魚信がありませんでした。先ほどの黒い影は幻だったのでしょうか……。あれほど大きく育った老練イワナです。“石橋を叩いても渡らない”くらいの慎重さをもっているに違いありません。少なくともこの日中には、おいそれとは出て来ないでしょう。

■やはり狙いは反転流! ついに釣れた良型イワナ

支流から再び本流に戻り、岸際や岩裏、その中でも水深があるところをメインに探っていきます。水温は11.7℃で、先ほどより上がっています。河原が広く日当たりが良く、見通しのいい場所ですので、極力岩陰に身を隠しながらアプローチします。丹念に時間をかけてフライを見せると、勢いよくイワナが顔を出しました。

やがて両岸から斜面が迫り、流れが集約してきました。水勢ある流れ込み脇に発生した反転流。その水の動き沿わせるようにフライを漂わせ、もう一度流れ込み部分に合流しようとした瞬間、ぱっくりと大きく口を開いた顔が飛び出しました! しかし、その迫力にびっくりして合わせが早かったのでしょう、フライだけが宙を舞っていました。

少し間をおいて状況を整理し直します。とにかく、フライを見切られた訳でも、ハリ掛かりした訳でもありません。もう一度、フライを変えずにまったく同じコースを復習するように流していくと……。二度目のチャンスがやってきました。今度はしっかりとフライを咥えて反転するのを見届けてから合わせたので、しっかりとフッキングしています。細いティペット(本当は太くしたかったのですが、立ち位置を迂闊に変えられない以上、先ほどのリグがベストだと判断)が悲鳴を上げ、今にも切れそうです。岩下に入られないようプレッシャーを与えつつ、ハラハラしながらも徐々に手元に寄せて無事にネットの中へ導くことができました。

惚れ惚れするほどに発達した筋肉質でヒレの発達したイワナ

わずかに尺には届きませんでしたが、なんとも形容し難い渓そのものを映したような色合い。いかつい顔つきと筋肉質な魚体、泳力をアピールするかのような尾ビレの大きさもさることながら、背ビレの発達も顕著で惚れ惚れと見入ってしまいます。すっかり満足したので事実上の納竿です。退渓場所までは余韻に浸りながら、思い出したかのようにロッドを振るのみ。最後まで悪あがきすることが多い筆者にしては珍しい、至福のひとときでした。

翌日から再び雨予報が出ていました。降り方次第で災害にも恵みにもなる雨。山にも人にも潤いが必要ですね。

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