互いの違いを認めて対話し、協働する学校現場へ――教員と企業が議論

Day2 ESD Teacher’s camp

未来を担う子どもたちのために、教育現場はどう変わっていけばよいのか――。サステナブル・ブランド国際会議では、日本発の教育理念「ESD(持続可能な開発のための教育)」を推進する小中高の教員らが全国から集い、国内外のサステナビリティの動向を知り、教員同士、そして企業関係者らとのネットワークを広げる「ESD Teacher’s Camp」を毎年開き、今年で5年目となった。恒例のプログラム、「教員と企業が囲むCamp Fire」には今年も約50人が参加。企業と大学の発表を踏まえて、じっくりと意見を交わし、互いの違いを認めて対話し、「協働する力」に変える重要性などを学んだ。(眞崎裕史)

ファシリテーター
住田昌治・学校法人湘南学園 学園長
スピーカー
勝浦寿美・東京工科大学 教養学環 副学長/教授
庄子寛之・ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター 研究員
田中和子・PwC Japan合同会社 マーケット部ソーシャルインパクト シニアマネージャー
山口恵佑・ネスレ日本 コーポレートアフェアーズ統括部 サステナビリティ&ステークホルダーリレーションズ室 室長

住田氏

冒頭、ファシリテーターの住田昌治氏が「日本の組織はコミュニケーションが圧倒的に足りないと言われている。違う価値観を持っている者同士、相互理解を深めてつながりを持とう」と話し、参加者に積極的な交流を求めた。名刺交換などアイスブレイクの後、ベネッセ教育研究所、ネスレ日本、東京工科大学、PwC Japan合同会社から4氏が登壇。サステナビリティ教育や教材開発など、それぞれの取り組みを紹介した。
なお本プログラムは、これら協賛企業の支援で毎年、全国の教員を会議に招待する形で行われている。

庄子氏

ベネッセ教育研究所の庄子寛之氏は、昨年度まで東京都の公立小学校の教員だった経験を踏まえ、「子どものウェルビーイングは教師のウェルビーイングから」と題して講演。教師の1週間の平均労働時間は、OECD(経済協力開発機構)の中で日本がトップ、教員不足で担任不在のクラスが全国各地で発生している――。そういった教員をめぐる現状に触れる一方、庄子氏は人口減少に伴う社会構造の変化を指摘。「人を増やしてくれ」との現場の思いに理解を示しつつ、「社会は変わり続けているので、やはり学校も変わらなくてはいけない」と強調した。

その上で「一つの提案」と切り出し、「児童・生徒の幸福感について」と題するスライドを見せた。それは2023年度の全国学力・学習状況調査を基にしたグラフで、「授業では、課題の解決に向けて、自分で考え、自分から取り組んでいましたか」との質問に「当てはまる」と答えた子どもは、小学生・中学生のいずれでも、圧倒的多数が「自分には良いところがある」と考えていることを示していた。この結果から庄子氏は、授業の方法について「(教師が知識を教え込むのではなく)子どもたちが楽しく課題解決したいと思って勉強することが大切ではないか」と力説。教員が子どもたちと対話し続け、子どもたちのために使える時間をつくっていける社会へと、ベネッセ教育研究所としても、個人としても挑戦していくと話した。

山口氏

1866年創業のネスレは、約27万人の従業員を抱える世界最大の食品メーカーだ。ネスレ日本の山口恵佑氏は、ネスレの価値観を「一言で言うと、リスペクト(敬意)」と紹介。具体的には「自分自身に対する敬意」「他者に対する敬意」「多様性に対する敬意」、そしてサステナビリティに深く関わる「未来に対する敬意」の4つを大切にしており、代表的な商品であるコーヒーやチョコレートに関しては、農家や環境に配慮し、プラスチック使用料を削減している、と説明した。

同社はこうした取り組みを子どもたちや消費者に伝えようと、日本各地の学校へ「出前授業」の形で社員を派遣してきたが、小中学校の総合学習に続き、高校でも探究学習が学習指導要領に加わったことなどを背景に、ニーズに対応しきれないほど依頼が増えたという。そこで開発したのが、オンライン探究学習教材「ネスレ サステナビリティ プログラム」だ。約20分の映像教材のほか、教員用の活用ガイドや学習指導案、生徒用のワークシートがセットとなっており、同社のウェブサイトから無料で申し込みできる。

昨年5月の提供開始から7カ月で、北海道から沖縄まで300校以上から申し込みがあり、実際に授業で使った教師や生徒からは「ワークシートはやることが明確で分かりやすかった」「映像教材をヒントに、自分の課題について楽しみながら考え、互いの思いを共有した」などの感想が寄せられている。教員が工夫して、社会科や理科、家庭科で活用する例もあるといい、山口氏は「この教材で、いつでも、どこでも、何回でも授業ができる」と利用を呼びかけた。

「文化」とは、「理解する」とはどういうことか

勝浦氏

東京工科大学の勝浦寿美氏は、異文化コミュニケーションを軸に、対話を通じた他者理解について話を展開した。「実学主義教育」を掲げる同大学は、海外プログラムにも力を入れている。5日間で集中的に英語を学ぶプログラムから、約4週間のインターンシップ研修まで、4パターンのプログラムを用意。留学先は米英や韓国、ベトナム、フィリピンなどさまざまだ。

「文化」とは何か、「理解する」とはどういうことか。出発前の事前授業ではグループディスカッションを通じて、「当たり前すぎて普段は意識しない」ことや「常識」にも考えを巡らす。異文化コミュニケーションとは「文化や背景が異なる人々と相互理解を深めること」であり、同じ言語を持った日本人同士でも、性別や年齢、職業などが違えば異文化コミュニケーションは存在するからだ。勝浦氏は、「分からないから、と相手を否定してはいけない。理解することを諦めてもいけない。対話を通してコミュニケーションを続けることで、必ず何かが見えてくる」と強調し、敬意と継続性が他者理解につながることを訴えた。

田中氏

監査法人を母体に、コンサルティングや税理士法人など世界各国にプロフェッショナルを抱えるPwC グループ。「New world. New skills.(新たな世界。新たなスキル)」をグローバルで掲げ、デジタル社会で必要なスキルを誰もが見つけられるように取り組む中、PwC Japanは2019年から「『未来のしごと』ワークショップ」を始めた。課題解決や新商品開発のプロセスとして企業が取り入れている「デザイン思考」をベースに、「今ある仕事」にテクノロジーが加わることで、未来の仕事はどのように変化するかを子どもたちと一緒に考えるプログラムだ。

同社の田中和子氏によると、取り組みの背景には、日本の子どもたちの特徴とされる自己肯定感の低さや、将来に対して明るい希望を持てない、といった課題がある。ワークショップを通じて、自分の意見を否定されることなく自由に述べたり、解のないことを考え新しい答えをつくることで、多様な価値観に気づき、自分への満足感や未来への期待感を刺激する狙いがあるという。

教材化したコンテンツを2023年10月から、教育関係者に無償で提供。教職員向け指導ガイドブックや映像などがセットとなっており、子どもたちは警察官など「今ある仕事」や「仕事・社会の困りごと」「新しい技術」がそれぞれ書かれたカードを基に、グループで対話しながら新しいアイデアを創出する。田中氏は、会場の教員に対して「(子どもたちの)冒険ナビゲーターになってもらいたい。正解も不正解もないので、『何でもいいからやろう』というのをどう伝えるかが一番のキーだ。大人が元気をもらえるようなアイデアが出てくる」と笑顔で語り、プログラムの活用を勧めた。

プレゼンテーション後は8グループに分かれ、講師も交えて1時間を超えるディスカッションが行われた。その後の全体質疑では、会場から、「6年をかけてESDに取り組み、教育は変わるべき時だと思うが、先生という職業に対する固定観念もあり、なかなか変えづらい。教員を経験して企業に行かれた庄子先生は、どこから、どう変えていけばよいと思うか」とする質問が上がった。これに対して庄子氏は国、教員、教育委員会など「責任の所在を分けた方がよい」とした上で、「変わらない先生にも、その方々の正義がある。その人たちと対決するのではなく、良いところを認め、学ぶ」姿勢の大切さを指摘した。

最後に住田氏は「持続可能な社会や組織をつくるためには、対話が必要だと共有できた。対話に大事なことは相手へのリスペクトだが、自分以外の人は全て自分の先生だと思えば、おそらく全ての人をリスペクトして対話ができるのではないか」とまとめ、2時間半を超えるセッションを締めくくった。

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