“普通の女の子”20歳のケンジーが、父親の不在や内面の苦悩を放つエモーショナルな肉声

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SNSの総フォロワー数は驚異の4,300万人超え、20歳の新星シンガー・ソングライターのケンジ―(kenzie)。2023年、音楽配信サービスで注目の新人アーティストとしてピックアップされ、恋愛や家庭環境など自身の想いを赤裸々に綴った等身大の音楽性が多くのZ世代から共感を集め、いま全米のティーンズたちから人気を誇っている。

そんな彼女が新曲「bad 4 u」を2024年6月21日にリリース、さらに、デビュー・アルバム『biting my tongue』を7月26日に発売することが決定している。日本のインタビューに応じてくれた彼女の言葉を交えながら、楽曲に込めた想いについて、音楽ライターの村上ひさしさんに寄稿頂きました。

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マディ・ジーグラーを姉にもつ“普通の女の子”

ケンジー(kenzie)と聞いてピンと来る人は、まだそれほど多くないかもしれないが、姉のマディ・ジーグラーを知っている人は少なくないだろう。シーアの「Chandelier」や「The Greatest」など数々のミュージック・ビデオにフィーチャーされ、アバンギャルドなダンスを披露しているマディ。

そのマディの2歳年下の妹ケンジーが本稿の主役であり、本国アメリカでは姉のマディと共によく知られる存在だ。6歳からリアリティ番組に出演し、人々の注目を浴びてきた。

本名マッケンジー・ジーグラー。縮めてケンジーは、2004年生まれ。先日20歳になったばかりのZ世代。姉マディと共に、ダンスを競うリアリティTV番組『Dance Moms』に出演したのをきっかけに人気を博し、ダンサー、シンガー、モデル、インフルエンサーとして広く活動する。

そのケンジーがこの度、本格的にシンガーとしての活動をスタート。と同時に彼女の歌う赤裸々な告白調の楽曲が世間をざわつかせ、そして同世代を中心に圧倒的支持と共感を集めている。いわゆる陽気で楽しいポップソングというのとは一線を画しているのだが、逆にそれが彼女の独自のスタイルを早くも確立することに。自身のソングライティングについて、彼女はこう語る。

「ありのままの自身を表現しているだけ。具体的にどんなことがあり、何を考えているのかを世の中に知られるのは怖くもあるけれど、私はみんなに共感してもらいたくて、素直に表現しています。幼い頃からずっと使ってきたSNSやネット上でありのままでいるのは、ごく自然にできること。でも、それを歌の中でも実践し、正直でいたいと思っています。私はごく普通のどこにでもいる女の子。そして他のみんなが経験している普通のことを歌っています。多くの人に共感してもらいたいと願っています」

 

ずっと不在の父に対する怒りを歌う

彼女の楽曲が俄然注目を集めるようになったのは、昨年7月に発表されたシングル「anatomy」がきっかけだ。実の父親が不在という環境で育った彼女が、その苦悩を初めて明かす。それも父親に対して直接歌いかける。

「18歳になってセラピーを受けるまで、父について冗談っぽくは話しても、そんなに深く悩んでいるとは自分では思ってもみませんでした。でもセラピーを受けて、たくさん話しをしているうちに自覚したんです。そのセラピストに“じゃ、彼に手紙を書いて。その手紙は送らなくてもいいから…捨ててもいいから、とにかく手紙を書いて”と言われたんです」

さすがにすぐには手紙を書けなかったが、代わりに曲として思いをしたためた。怒りが渦巻く「anatomy」(解剖学)と題された楽曲中で、彼女は父親に向かって“あなたは私の半分なの それだけよ それでも私のことを何もわかってない”と歌われる。当初は発表するつもりはなかったが、友人たちに聴かせると「絶対世に出すべき」と説得されることに。

「そんなの絶対ムリと最初は思っていました。でもじっくり考えて、結局出してみようと決心しました。すごく嬉しかったのは、素敵なメッセージをたくさんもらったこと。“共感した”、“助けられた”という声が、いろんな人から届き始めたんです。それぞれが自身の体験を告白してくれて。おかげで私自身も、とても気持ちが楽になりました。小さなコミュニティが誕生したかのようで、普通とは違った家族、普通ではない関係でも大丈夫なんだ、どんな親がいたって平気なんだってことを知りました。私は自身に正直な音楽を作っていくのだと思いを新たにしました」

ミュージック・ビデオには姉のマディも参加し、振付けを担当した。

「初めて曲を掛けたときに、姉が泣き崩れてしまって…その後は話もしないで、ただただ涙を流していました。私たち2人は、一緒に育った姉妹。同じ経験をしてきたわけで、彼女にも是非この曲に参加してほしいと考えました。姉は、どんなときでも私を全面的に支えてきてくれた人だから。ビデオの中にダンスをフィーチャーしたいと思ったのは、私たちの育った子どもの頃を振り返ったとき、ダンスがやはり大きな位置を占めていたからです」

 

口に出せないことでも歌なら歌える

「word vomit」と題された曲では、元カレの浮気について歌われる。

「3年間付き合っていたけれど、その終わりの方で見なければよかったメッセージを私は見てしまったんです。それがこの曲のテーマ。長い間一緒にいたけれど、最後の方はその人のことがよく分からなくなってしまって。変な感じでした。彼とはそれ以来、話してないけれど、この曲で自分のことが歌われているのはきっと分かっているはず(苦笑)」

「face to face」では、「面と向かって相手に言えない」自分の臆病な性格について歌われる。

「友人との別れがテーマです。お互いに言いたいことがあっても、直接会うと何事もなかったかのように振る舞ってしまう。携帯やスマホの画面越しなら言えるのに、直接会うと、なぜか目を見て話せない。とても奇妙だし、大変な経験でした」

言いたいことをはっきり言ったり、反対意見を言い出せないのが、自分の欠点だと認める彼女。だが、歌にすることで、素直に気持ちを表現することができるという。7月にリリースされるデビュー・アルバムには『biting my tongue』というタイトルに付けられている。“口を閉ざす”という意味で、アルバムのオープニングを飾るのも同名の楽曲だ。

「私はずっと長い間、口を閉ざしていたからです。すべてに関してそうでした。“どうせ私の意見なんて…”と思ったり、人前で自信をもてなかったり、対立を恐れたり。いまでは友人と意見が違っても、もっと深い対話をすればいいってことを知りました。もっと正直に話していいのだと学びました。歌では、それがもっと自然にできるのです。私が心の奥底で考えていること、他人には言えないようなことでも歌えます」

 

Z世代の本音が凝縮されたデビュー・アルバム

10代始めから曲を書き始め、10代半ばでレーベル契約。2018年にはジョニー・オーランドとのデュエット「What If (I Told You I Like You)が大ヒットとなり、いまではSpotifyで1.8億超えの再生数を誇っている。だが、当時はリアリティ番組のスターとして「与えられた曲を歌っていただけだった」と振り返る。

転機は、コロナ禍に訪れた。ロックダウン中の作曲セッションで、レニー(Lenii)というシンガー・ソングライターと出会ったことで、自身の体験を基にした現在の音楽スタイルで曲を書き始めることに。アルバム中の大半の曲をレニーと共作し、レニーがプロデュースを手掛けている。

「彼女はとても才能豊かなアーティスト。彼女の音楽が大好きなんです。音楽プロデューサーの世界は、圧倒的に男性社会。そのなかで、彼女が女性として活躍している点にも刺激を受けています」

彼女もレニーも20代。その他、彼女が影響を受けてきたアーティストとして挙げるのは、フィービー・ブリジャーズやグレイシー・エイブラムス、サブリナ・カーペンターなど、同世代の女性アーティストたちが多い。なかでも特に尊敬しているのがジュリア・マイケルズ(セレーナ・ゴメス、ジャスティン・ビーバーほかに曲提供)だという。もちろん家族ぐるみの付き合いのシーアに関しても「声も曲も信じられないほど素晴らしい」と絶賛。数年前に「Exhale」という曲で2人は共演も果たしている。

アルバム『biting my tongue」には、墓を意味する「6 feet under」、元カレの新しい恋人に対する嫉妬を歌う「paper」をはじめ、赤裸々でちょっぴりシニカルなダークポップが並んでいる。

そんな中、異色とも言えるドリーミーなラブソング「close to you」では、同世代の新進シンガー、ASTN(オースティン)とのデュエットを披露。Pink Sweat$も制作で参加する。

「ポジティブな曲を書くのが私は苦手。いつもポジティブな曲を書きたいと思っているけれど、なかなか上手く書けないんです。相手のせいで困ったこと、意地悪な曲を書く方がスラスラと書けてしまって(笑)。でも、楽しい曲を書くのだから完璧なラブソングにしようと思って作ったのがこの曲です。みんなが結婚式で掛けたくなるような、そんなラブソングにしたいと思って作りました。ASTNが参加してくれたのも嬉しくて、彼とは一緒にチルに時間を過ごせる友人です」

「bad 4 u」では、自身を含めた女の子の恋愛願望について歌われる。正直に、だが皮肉をたっぷり込めて。

「女の子っていつもバッドボーイにワクワクするでしょ?その奇妙な傾向について歌っています。“これはきっと良くない”と分かっていても、ワクワクしてしまう。悪いことほど楽しいんですよね。その瞬間は“Good 4 u”(自分に良いこと)、でも、きっと後から“Bad 4 u”(自分に悪いこと)になるという。たまたま弾みでキスしちやった相手について書いた曲だったと思います(笑)」

話していると、本当にどこにでもいそうな20歳の女の子。陽気で人当たりが良くて、それによく笑う。TikTokで2,360万超え、インスタグラムで1,470万超えのフォロワーをもつインフルエンサーは、さすがに好感度が半端ない。だが、一旦歌を歌えば、内に秘めたエモーションが一気に噴出。尋常でない洞察力を発揮する。そのギャップに驚かされると同時に魅力的でもあり、“普通の女の子”でありながら、“その内面をしっかり捉えて歌える”彼女は、やはりスペシャルな存在なのだ。

Written by 村上ひさし

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