「天災は想定を超えて起こるもん」 70年前の大規模水害体験者が記者を引き留め伝えた教訓

1953年の宇治川決壊で浸水したエリア(2023年9月、久御山町林・京都新聞印刷久御山工場上空から北側を望む)=ドローンから

 月明かりの下、大量の水が白波を立てて集落へと流れ込んでいく―。近畿地方に甚大な被害をもたらした1953(昭和28)年の台風13号水害から、昨秋で70年を迎えた。京都府南部は宇治川の堤防が決壊し、約3千ヘクタールが浸水した。その後に天ケ瀬ダム(宇治市)が建造されるなど治水対策は進んできたが、取材で聞いた体験者の証言からは、今も学ぶことが多いと感じる。

 その一つが、市区町村を越えた「広域避難」の重要性だ。東日本大震災で居住自治体を出ての避難が相次ぎ、2012年に災害対策基本法に盛り込まれた避難の在り方だ。気候変動などで大規模災害が多発する中、近年は三大都市圏の海抜ゼロメートル地帯などで、水害に備えた広域避難体制が協議されてきた。

 京都府久御山町は台風13号による水害で全域が浸水し、隣接する地域への避難を余儀なくされた住民もいた。家の2階から舟で京都市伏見区に向かったり、牛を連れ宇治市の高台まで歩いたりしたという。水が引くまでに最長1カ月かかった場所もあり、市町村境を越えた避難先でしばらく生活したとの話もあった。

 同町は宇治川と木津川に挟まれた平地にある。豪雨で氾濫が起きれば、今もほぼ全域で浸水が想定される。高台など町内に安全な逃げ場を確保することも重要だが、浸水で電気や水道が止まり、交通がまひする中では2次被害の恐れもあるだろう。町が17年から府に要望を続けているように、町外への安定した避難先確保といった広域避難体制構築は欠かせない課題だ。

 国は21年、水害時の広域避難体制実現に向けた基本指針を示した。ただ、それより先に検討を進めてきた大都市でも、避難先や移動手段を巡り議論は停滞している。

 円滑な広域避難実施には、「災害の恐れのある段階」といった早期からの対応が重要という。全国では一定の降雨量が予測された場合などに、発生の1~3日前に関係機関での協議や住民への避難情報発信をすると決めた地域もあるが、判断基準は一律でない。移動手段や経路、要支援者の対応…と考慮すべき問題も多い。地域特性に合わせた計画策定は容易でないだろう。

 府は流域ごとでの広域避難計画づくりを進めており、まずは府北中部の由良川下流域で想定避難者数を割り出した。今後は関係市町と避難先の協議を進めるというが「自分のまちだけでも避難所設営は大変であり、受け入れ先の調整は難しいだろう」(災害対策課)とみる。

 課題は多いが、地域の災害史を教訓に、未来への備えとなる議論を深めてほしい。宇治川堤防決壊の約1カ月前には、集中豪雨で336人の死者・行方不明者を出した南山城水害もあり、昨年は高齢の体験者を幾人も取材して回った。

 ある人は、去り際の私を引き留めてこう言った。「今からは信じられへんような水害が昔あった。天災は想定を超えて起こるもん。後世に伝えといてくれや、頼むで」

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