中国の新エネ車販売台数が過去最高に、値下げ合戦にトヨタやベンツを巻き込みデフレ経済を推進か

中国で新エネ車の値下げ合戦が起こっている。

中国の5月の一定規模(年間売上高2000万元)以上の工業企業による付加価値額は前年同月比5.6%増だった。新エネルギー車(EV、プラグインハイブリッド車、燃料電池車)や3Dプリンターが好調だったという。新エネルギー車は販売も好調だが、それは中国経済にとって本当に良いことなのだろうか。実情を見ていこう。

5月の新エネ車販売台数は過去最高

中国乗用車市場信息聯席会によると、中国の2024年5月の乗用車市場は芳しくなく、販売台数は前年同月比3%減の168万5000台だった。しかし新エネルギー車に限れば、過去最高の79万台で、同17%増だった。5万台以上販売したのは4社で、BYDが33万488台、テスラが7万2573台、吉利汽車が5万8673台、長安汽車が5万5800台だった。

テスラを除けば、外資系はフォルクスワーゲン合弁の上汽大衆が1万2393台、一汽大衆が6564台、ゼネラルモーターズ(GM)合弁の上汽通用が5296台、トヨタ合弁の一汽豊田が5242台と微々たるものだ。

確かに販売台数は過去最高を記録したが、在庫はさばけていない。ちょうど1年前の6月の記事に「23年第1四半期(1~3月)の新エネルギー車の販売台数は148万台だが、自動車保険契約を締結し、実際に世に出た車は122万3000台で、残りの25万7000台は在庫となった。そして23年6月には106万台に積み上がった。これらは各社の公開情報であり、実際の台数はそれ以上であることが多い」とある。そしてこれ以来、在庫に関する新しいデータは出ていない。24年6月の直近の記事でも、この106万台を最新の統計として利用している。同記事は、政府補助金が段階的に打ち切られるにつれ、ユーザーにとって新エネルギー車の魅力は減少したが、それより過剰生産の問題の方が大きいと指摘する。政府支援と需要増加期待によるセールス見通しが楽観的すぎた。伸び率は期待に届かず、大量の在庫車が倉庫に滞留した。解消には値下げしか方法はない。

テスラが値下げ競争を開始

価格戦はテスラに始まった。23年1月1日に期間限定で「Model 3」「Model Y」の購入者に対し、6000元(約12万円)の値引きに加え、4000元(約8万円)の自動車保険補助を付けた。さらにその1週間後に3万6000~4万8000元(約72万~96万円)と定価の13.5%もの値引きを行った。同年11月からは次の大幅値下げに備え、小幅な値上げを繰り返す。そして24年1月1日に保険補助6000元に加え、低利融資などの金融支援で最高2万3000元(約46万円)の優遇措置を実施。その2週後に1万1500~1万5500元(約23万~31万円)の値引きを発表し、前年のパターンを踏襲した。

さらに、4月21日に全車種を1万4000元(約28万円)値下げした。これは消費者に刺さり、5月の販売台数は前年同月比30%増の5万5000台となった。1~5月の累計でも0.5%減とほぼ前年並みに戻した。

BYDは値下げ余力に富む

BYDは春節(旧正月)後に「電気は石油より安い」というスローガンを掲げ、価格競争に挑んだ。まず新型プラグインハイブリッド車「秦PLUS栄耀版」「駆逐艦05栄耀版」を発売したが、前モデルより平均2万元(約40万円)安かった。これで秦PLUSハイブリッドモデルが7万9800元(約160万円)から、EVモデルが10万9800元(約220万円)からと、手の届く価格になった。テスラにはない大衆向けモデルの大幅値下げだ。長安、哪吒、五菱など他の国内ブランドもすぐ追随した。

メディアはBYDの値下げ理由として、原材料コストの削減、販売規模拡大効果、旧モデル生産ラインのコスト回収とその後の柔軟な調整、競争激化に伴う戦略的調整、事業戦略と生産能力計画などを挙げた。つまり値下げ余力があったという主張だ。

BYDの5月の販売台数は前年同月比38.1%増の33万1800台で、1~5月の累計では前年同期比26.8%増の127万1300台だった。他に、ファーウェイ(華為技術)系の鴻蒙智行のほか、シャオミ(小米)、蔚雷、小鵬、理想などの新勢力も好調だった。新エネルギー車市場の回復は明らかだと報じられたが、過剰生産と在庫については触れていない。

値下げの波はトヨタやベンツにも波及

新エネルギー車の値下げ合戦はマーケティング戦略変更などのきれいごとではなく、在庫圧力から始まった。補助金の打ち切りとその波及効果だ。それが外国ブランドにも影響を及ぼし、トヨタやベンツが大幅値下げに踏み切ったことがメディアをにぎわせている。

ベンツは数年前にエントリーモデルを発売した。7人乗りコンパクトSUVのGLBシリーズだ。当初は31万1900~36万7900元(約624万~736万円)だったが、現在は販売店によっては17万9000元(約360万円)まで下がっているという。もともとベンツにしては中途半端なポジションの車で、価格競争に飲みこまれやすかった。

トヨタは看板車種のカムリを値下げした。これまで17万1800~20万6800元(約344万~414万円)だったのを、新型ではガソリン仕様を13万9800元(約280万円)から、ハイブリッドを14万9800元(約300万円)からに変更した。チップ構成をグレードアップし、運転サポート機能も強化されていた。この値下げは大きな波紋を呼んだ。「もうメーカーによる独占的な価格設定は通用しない」「傲慢なトヨタの鼻はへし折られた」などと報じられた。

新エネ車がデフレ経済のけん引車に

中国の工業生産をリードしてきた新エネルギー車だが、実際は過剰生産に伴う在庫過多から値下げを余儀なくされている。今年に入り、内燃エンジン車にも波及し、自動車業界全体がデフレスパイラルに入った。欧米には追加関税を課せられ、輸出もままならない。公称106万台のままの在庫も気になる。このままでは産業としての付加価値を棄損するばかりだ。工業生産ではなく、デフレ経済のけん引車になってしまった。減産は避けられそうにない。

■筆者プロフィール:高野悠介

1956年生まれ、早稲田大学教育学部卒。ユニー株(現パンパシフィック)青島事務所長、上海事務所長を歴任、中国貿易の経験は四半世紀以上。現在は中国人妻と愛知県駐在。最先端のOMO、共同購入、ライブEコマースなど、中国最新のB2Cビジネスと中国人家族について、ディ-プな情報を提供。

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